1999/7
No.65
1. 吸音材について 2. 昭和7年発行の計測器カタログ 3. ISO/TC43/SC1プラハ会議報告 4. 2nd Joint Meeting of ASA and EAA会議報告 5. 寄 り 道 6. 第4回ピエゾサロンの紹介
7. 健康影響に基づいた騒音評価の方法 8. 低周波音レベル計NA-18の概要
        <文献紹介>
 

N.D.Porter, B.F.Berry and I.H.Frindell :
Health effect-based noise assessment method:
A review and feasibility study

  健康影響に基づいた騒音評価の方法(NPL Report CMAM 16, 1998)
   
B.F.Berrry : Inter-Noise 98

 小林理研ニュースの前号(1999/4, No.64)に英国 NPL が発行した首題の報告書についてその概要を速報した。本号ではこの報告書本文と、著者の一人B.F.Berryが、この報告についてInter-Noise 98で紹介した内容について述べる。

1 はしがき
 英国国立物理研究所(NPL)は、サザンプトン大学騒音振動研究所(ISVR)とともに英国環境庁(DETR)からの委託として、環境騒音の健康への影響を評価する方法について調査を行った。

 このプロジェクトの目的は主題に関係する情報を収集し、これから健康影響に基づいた騒音レベルの基準や限度の設定が可能かどうかについてDETRに助言することであった。DETRは騒音による健康影響が、環境における通常の騒音レベルで実際に認められ信頼できる程度に定量できるか、また、騒音以外のどのような要因について考慮が必要であるかについても検討を求めていた。騒音対策の実施には、技術的、経済的また社会的な制約があって、単に目標限度を設定して要求に応じた行動を起こすことではない。予想される対策の効果については、その対価を考慮することも必要であり、一般に使われている評価指標が主観的な“うるささ”であるとこれは非常に困難を伴うことである。もしも現実的でより明白な健康影響を指標とすることができれば、将来の騒音基準として非常に分かりやすい目標を設定することができると思われる。この報告は、DETRの要求に対する作業の内容と、この調査でえられた情報に基づいて、DETRとして将来対処すべき方針を述べたものである。

2 作業計画
Phase 1 : 総括
(1) 環境騒音の影響に関する文献
 最初に環境騒音による影響に関する文献の調査を行った。今回の調査は作業の期日も少ないことから、1994年以後の主要な文献を整理し、重要な内容は今回の報告に様々な形で引用されている。

(2) 現在英国及びEU諸国で用いている騒音評価の基準、限度についてのレビュー
 EU各国が環境騒音の対策に用いている基準や限度を集め、その起源と妥当性について検討した。これに関係して2つの主要な文献がある。1994年、ドイツのGottlobは、各国における騒音規制に関する詳細な調査結果を発表している。また、1995年、NPL は 英国における工場騒音の評価と対策についての調査を完了した。このプロジェクトではEU諸国の専門家に対して、各国で採用している騒音の単位とともに、環境騒音の測定評価方法、騒音基準あるいは限度を設定するにいたった経過とその根拠及び法的な規制の枠組み等について情報の提供を求めていた。

(3)WHOの環境騒音に関する指針のレビュー/その内容の解釈と対処方針
 
ここではWHO(世界保険機構)の環境騒音に関する指針案(1980)と最近Berglandがまとめた改訂案(1995) を紹介するととともに、科学的な根拠だけに基づいて過剰に予防的な騒音限度を設定しても、その達成がいかに困難であるかについて述べる。

Phase 2:フィージビリティスタディ
 騒音の影響を基本とした基準が実際に英国において設定可能か否か、及びDETRが将来目指すべき方策について考察する。ここで基礎になったのは次の項目である。

● 騒音と暴露の関係についてどの程度一般的に認められていて、騒音影響に対する域値を設定する際にこの関係が信頼を持って使用できるかどうか
● 異なった影響が複合するときに、健康影響を決定する際における不確実性の検討
● 実現可能な騒音評価基準を設定するに当たって、騒音暴露レベル以外の社会、経済的因子等の役割

3 騒音と健康
3.1 健康影響の定義
 WHOは健康について次のように定義している。“健康とは肉体的、精神的また社会的に健全であることで、単に病気や病弱ということではない”。また“健康と幸福 (well being)には、クリーンで調和した環境が保たれて、肉体的、生理的、社会的に好ましい条件が充分に与えられていることが必要である”。しかし、WHOはwell beingについてはっきりした定義をしてはいない。またMorrellは健康について、“人々は自分がこうありたくないと思うまでは健康である。健康の程度は、他の人々との相対的な宿命、不健全さや病的な状態によってきめられる”。一方、オランダの健康に関する委員会は、“健康とは人の生物体としての動的な状態である。人は個人の年齢、性別、また個人が属する集団の一般的な状態や現在の科学技術、さらにそれらに関連した健康保持と公衆衛生及び社会の信頼度と文化的パターンに応じて、適度にかつ精神的に機能する”。

 このように健全な健康は一義的でないことは明白である。ある個人の健康の状態は、期待や文化的要求によって変動する。この期待や要望も個人の状態、また彼等が属している社会の環境やその中における信頼度によって変化する。相対的な健康の障害は、ある特定の条件における期待と要望に対する客観的な尺度で比較することによってのみ決定することができる。  

 政策担当者は騒音とその影響のあいだにはしばしば著しい不確実性のあることに直面する。第一は客観的に計測できるどのような影響についても不確実な点がみとめられること、第二に文献のなかにはこれらの影響の定義についてさえ混乱のあることである。

 現在ある基準や規制はうるささに重点をおいている。これは恐らく望ましくない環境における騒音の結果が苦情となって表面化するからであろう。しかし、うるささや睡眠の妨害は心臓や精神的な障害が起こる可能性にくらべればはるかに深刻ではない。一方、一般の人々は騒音が健康にどのような影響をおよぼすのか知るすべをもたない。これは人々の中に騒音によって病的な人の割合が増加しているか否かを観測してみないと分からない。うるささという主観的な影響よりも騒音以外の他の公害のように生理的に深刻な影響の可能性が認められるならば、将来の政策決定のために明白な基礎を与えることになろう。

3.2 健康に対する影響の可能性
 Shawは騒音の健康に対する影響を良く理解することが、騒音暴露を効果的に制御できるために重要であることを強調している。この騒音の影響はうるささといった心理、社会的影響とその他の一般的な好ましい人生や生命の質に関する主観的な評価、精神的な健康、睡眠に対する影響、肉体的な聴力損失、さらに日常の行動や肉体または生理的なストレスに関係している。

うるささ “うるささ” は 騒音によって生じた不快の感覚と定義され(WHO 80)、 騒音が人々の思考や精神状態に進入して日常活動のじゃまになるときに起こる恨み、不快、不安、いらいら等の感覚である。これは騒音について最も普通にまたよく研究されていて、騒音を聞いたときにたまたま不自然であると感じた時にうるさいという感覚を持つもので、それは主感的にのみ計ることができる。騒音のうるささは人の主観的概念なので、それぞれの調査で異なった言葉や数字的な指標を使った場合、相互の調査の比較はあまりうまくいかないことがある。またうるささの程度は、明らかに騒音の大きさの外に、その騒音に対する個人的な関係、態度やその時の事情といった音響以外の要因によっても影響を受けるが、その根底にある因果関係については明白になっていない。

会話妨害 日常生活における会話が騒音によってマスクされると、人間活動の支障になることがある。会話妨害の程度は、主感的な評価、または言葉あるいは文章が正確に取得された割合を客観的に測定して行われる。環境騒音、特に変動的あるいは間欠的な騒音は、会話を必要とする活動を妨害するが、人には騒音レベルに応じて発声を調節する機能もあって、様々な状態においてどの程度の会話妨害がどの程度のストレスになるかについては、現在まだ十分には解明されていない。

聴力損失 高い騒音レベル(85dB,LAeq 以上) の職場で長い期間仕事に従事した場合、最初に4kHz以上の聴覚が損傷を受け、次第に低周波数領域に及ぶということは報告されているが、通常の生活環境における騒音暴露によって聴力に損傷を生ずる可能性は極めて少ないとされている。聴力損失は加齢、病気、遺伝、中耳の炎症等多くの原因による場合もあることが分かっている。

ストレスに関係した影響 過剰な騒音によって発生したストレスに関係して、恐怖、欝病、欲求不満、いらいら、怒り、悲しみ、失望等の精神的な影響を受ける可能性のあることが文献にある。ストレスは人体の生理的な作用に直接または間接的な影響を及ぼすことがあり、血圧の変化、心電図の不整、虚血性心臓疾患の発生、免疫系の異常等の報告はあるが、これらが騒音によるストレスであるとはっきり確認はされていない。

睡眠妨害 睡眠の状態は個人によって異なり、睡眠妨害は各種の原因によって発生する。実験室における騒音による睡眠妨害の測定は、刺激を十分コントロールすることができるが、被検者が実験室に慣れるために相当の時間が必要で、自宅で行なった測定と比較すると極端な相違を生ずることがある。しかし、家庭における測定は計測の方法に困難があり、また測定を行なう夜における騒音刺激を十分コントロールすることがむずかしい。その上騒音による睡眠妨害が医学的に、また社会的に及ぼす影響については未だよく分かっていない。

3.3 健康に対する実際の影響
 騒音暴露による多くの潜在的なまた仮説的な影響に関して多くの研究が行なわれているが、これらの多くは騒音暴露とその影響についての統計的な検討で、影響の原因については確認していない場合が多い。もしも環境における騒音が実際の生活に対して、単にうるささ、会話、睡眠または仕事にたいする妨害以外に実際の影響があるとするならば、それは非常に複雑で一つ以上の因果関係があるように思われる。例えば個人は種々のストレスに対して異なった反応を示すことはよく知られているが、騒音による影響にしても個人によって大きな違いがあって、それ等のどの影響についても、条件を適当にコントロ−ルして研究を実施しようとする計画は殆んどない。反応を変動させる要因としては、特殊な健康影響に対する遺伝的傾向、各個人の食物や通常は許容していない環境が発生したときに、そのストレスに順応しようとする生活様式やいろいろな個人的な偏見の可能性等もあるとされている。従って、疫学研究でもこれらの因果関係を発見することは不可能かもしれない。その理由は、それらの要因のなかには異なった環境状態にあると、全く逆の方向に作用する可能性があると考えられている。このように従来の研究は、環境騒音と長年にわたる健康影響との関係について、その因果関係を未だ明確には証明していない。しかし一方では、過剰な騒音は長年の間には健康に影響を及ぼすことの可能性をもっともらしくしている研究もあって、騒音問題が一般社会の関心事になっているわけである。

 これまでの研究で明らかになった主要な点は次のようになる。

● 環境騒音に対する暴露については、主として標準的な人々におけるうるささの反応として報告されているが、うるささの反応はその時の音源及び受音者の状態によって一様ではない。
● 騒音による睡眠妨害は実際の現象であるが、住民は騒音に慣れることができるという証拠があり、実際長期にわたり騒音のためにどの程度の妨害を受けるか、またどの程度の睡眠不足が健康に影響があるかについてもはっきりしていないが、過度の睡眠障害かどうかは、人が健康であると考える状態とのバランスとしてとらえる必要があろう。
● 環境騒音によって、心臓狭窄症を起こすという病的な実際の影響は現時点では信用されていないが、激しい騒音に暴露されているごく少数の人には起こりうる危険性があることかもしれない。
● 騒音の健康影響に関係のある文献のなかには、大きな矛盾を含むものもある。一般に著しい影響があるとする結果は、その研究計画とその実施において極めてお粗末なものがある。しかし、最も音に敏感な人に対する影響については、科学的にはありうることとして留意しておく必要はあろう。

4 実用的な騒音評価
4.1 望ましい騒音レベルと許容レベルとのバランス
 一般に実用的な騒音レベルの目標は、望ましいと許容できる、あるいは困らないという判断の妥協であると考えられる。生活環境としてできるだけ静かなことが望ましいのは論をまたないが、人は活動することによって音を発生する。従って騒音の限度をきめるに当たっては、どの程度の音ならば人の生活の産物として許容できるかということを考慮する必要がある。

4.2 騒音評価のための現存する方法
 環境騒音に対する英国及びEU諸国における規制や限度について調査した結果、現在の基準や限度はある程度これまでの研究結果に基づいている。これらをまとめると次のようになる。

● 各国における騒音暴露の限度は、受音者の場所及び音源の種類によって一様ではない。
● 騒音の限度は一般にうるささに基づいて設定されているが、通常科学的な根拠だけによる指針値よりも大きい。
● 騒音限度や対策の方法は、これまでの研究結果に基づくものの他、社会、経済及び政治的な考慮を加えたもの、他国の基準にならったもの、歴史的な起源によるもの等様々である。
● 新しい研究が計画されてはいるが、欧州のEUメンバー国では、EU委員会における騒音政策の決定を待望している傾向がある。

5 WHOの指針の解釈についての手引き
5.1 はしがき
 DETRは今回の調査の一部として、WHOの指針についてその検討をも要求していた。WHOは1980年、環境における騒音の健康影響評価について報告を発行し、これに示されている指針値はWHOの提案として広く知られ、基準や限度として採用されてきた。この報告は国際的な専門家の合議によるものであるが、その結論はWHOあるいは国連の環境プログラムとしての決定でも政策でもないとその報告書の冒頭に記載してある。最近になって、Berglund 等は1980年以降の研究結果を総合して新しい 改訂案をWHOに提出した。これは1992年にまとめられ各方面の意見を聴取した上で1995年に 公表されている。しかし、提出された修正意見については著者等の判断で調整したもので、未だ WHOあるいはその他の機関において公式に承認されたものではない。

5.2 指針値
 WHOの2つの報告において環境における騒音の指針値が表としてまとめられている。しかし、著しい工場騒音が聴覚に影響のあることはよく知られているが、環境における騒音の本当の影響については現在も論争の的になっている。まずWHOの1980年と1995年の報告の内容にはいくつかの矛盾がある。例えば、会話妨害について了解度が100%になる定常的な背景騒音として、1980年の報告にはLAeq45dBとしているのに対して、1995年には35dB となっていて、15年の間に10dBも変化することは考えにくく、これは測定方法の相異かもしれない。睡眠妨害についても最近の報告では5dB厳しく設定してあるが、人の感覚がこれだけ敏感になったとは考えられない。

5.3 WHO 報告の解釈
 いずれの報告も公式のものでないということが第一にあげられる。ここに示されている指針値は、たまたま招待された専門家の合意によるものとなっているが、このような複雑な分野においては、専門家個人がある程度意見を異にすることは避けられないと思われる。従って、指針値についての確認として、なにらかの形の国際的な投票を行ってもおそらくうまく行かないであろう。このような問題点はあるが、WHOの提案を一応受け入れるとしても、この指針値が将来の基準や限度として設定できるか否かが問題である。まず目標とする限度を日中屋外でLAeq55dB とすれば殆ど影響が認められないことから、これは環境における望ましい限度で理想的な目標値ということができる。しかし、現代の工業化した社会においては、ある程度の騒音は避けることができない。おそらくWHOの報告の欠点は、実際に適用した場合にこれらの指針値を達成できる可能性のないことであろう。最近の英国における測定によれば、人口の56%は日中屋外LAeq55dB 以上の地域に、また人口の65%は夜間屋外LAeq45dB以上の地域に居住している。この夜間45dBは家屋の遮音を15dBとすれば、室内の騒音レベルはWHOの指針値 である夜LAeq30dBになる。従って、WHOの指針値を基準に設定しても、住居周辺の交通機関を思いきって排除しない限り基準の達成は不可能であろう。またこのような理想的とはいえ極端な政策の社会、経済に与える影響は、騒音に暴露されている人口の割合を減少することの利益に比べて比較にならない程大きいと思われる。さらに、ごく少数の人がこのような騒音に暴露されたとしても、日常生活において特別の重荷になることはないであろう。騒音の健康影響から保護するという目的から基準を設定するとしても、評価における不確実性を考慮すれば、WHOの指針値はあまりにも予防的に過ぎると思われる。このような方策は科学的に好ましいとしても、適当な達成の見透しも必要である。あまりにも低レベルの予防的な基準は、他の分野には受け入れられない障害となるであろう。

 欧州の中には、可能性のある健康影響から人々を保護する目的で、将来の基準や規制を設定するにあたって、騒音影響の不確実性に鑑みて用心深い対応を採用する傾向にある。この例として最近発行された1995年のWHOの指針に対するある関係分野の解釈として、過剰に予防的な対応をすることが、自由な旅行の制限やコストの増加を招き、他の分野においては受けいれられない広汎なインパクトを及ぼす可能性もあるとしている。多くの人々はある程度の騒音について、車を運転する個人の自由に対する正当な対価と考えるかもしれない。さもなければ環境騒音レベルを削減するもっとも早い方法は、一挙に車を禁止することになるであろう。(この内容の一部は BerryのInter-NoiseのProceedingsから引用)

5.4 まとめ
 WHOの指針値は、それ以下では特定の影響が無視できる域値とすることが専門家の間で合意を得た見解である。しかし、この指針値を超えたとしても必ずしも著しい騒音障害が発生するとは限らないし、実際にもっと高いレベルでないと著しい障害は起こらないだろう。この際の難しい問題としては、生活の質に関係した全体像として各種の騒音の影響について、本当に考慮すべき重要な点をどこに置くべきかということと、騒音の対策にあたって、人に対する影響以外の生活におけるいろいろな分野においてどのように大きな影響を及ぼす可能性があるかということである。

 以上のことから、WHOの指針を環境評価アセスメントの戦略として使用することは賢明ではないであろう。それは高い騒音暴露レベルの地域が存在する現状を考慮すると、この指針値を設定しても、肝心な広い範囲の環境を改善できる可能性は少なく、実際的にこのような指針値を採用する必要性はほとんどないと思われる。しかし、最も建設的なWHOの指針の利用としては、新しい開発を計画するにあたっての望ましい騒音対策の目標値として、これを超える騒音レベルの地域については充分考慮する必要があるとして使用することは考えられるであろう。この場合、たとえ目標値を超過しても、騒音対策をさらに必要とするわけではなく、相対的な騒音対策の優劣について、バランスをとって評価する必要のあることを明確にすることが重要である。WHOの指針を超過するということは、評価尺度の先端からスタ−トすることを意味するだけである。

6. 騒音影響を基礎にしたアセスメントは設定可能か?
 ここの作業の目的は、DETRに対して健康影響の結果に基づいた騒音基準の設定が可能か否かについて助言することであった。我々は各種資料について検討した結果、現時点で健康影響に基礎をおいたアセスメントの方法を確立することは困難であると結論するにいたった。

その理由は:

● 政策決定者や一般の人々に役に立つ基準を開発するためには、全体的な健康影響を判断することのできる定義と枠組みについてもっと明確な理解が必要である。
● 現在騒音暴露とうるささという影響についての関係が支持されていることと、睡眠や会話に対する生活障害についての証拠はあるが、それ以外に環境における典型的な騒音レベルに対する暴露によって、計測できる他の影響が一体あるのかどうか明確な証拠がない。さらに人々のどれだけの割合が、どの程度の影響をうけているのか良く分かっていない。
● 騒音に対する健康影響について現在極めて多数の科学的研究はあるが、可能性のある全ての影響について暴露と反応に関する明確な因果関係を定義することはできない。
● 健康に対する騒音の全体的な影響を評価するにあたっては不確実性がある。異なった時期における暴露の累積、弱者や敏感な人の取り扱い及びその他の影響因子の役割等については、影響を基礎に評価方法を設定する際には充分理解しておく必要がある。
● 実際的な騒音評価とは、望ましい状態と実現の可能性があることとの均衡を保ったものである。望ましいというのはそれ以下で影響はないとする科学的な根拠に基づいた域値である。一方実現可能とは、その状態を実現するために必要な費用と、それによる便益との均衡をとることを意味している。従って、状況によって異なる均衡の取り方をする必要がある。
● 現在ある基準や規制は、通常ある程度一次的な科学的研究結果に基づいている。しかし、社会、経済、政治的な考慮も必要である。また現在ある多くの騒音限度の中には、はっきりしない歴史的な事実に基づいているものもある。将来新しく騒音影響に基づいた基準や規制を設定するときには、現在ある基準や規制が制定された経過について、これらの社会、経済、政治的なまた歴史的な要因の役割について明確にすることは極めて重要である。そのうえ社会、政治的な要因についての解釈は、騒音暴露と反応の関係が変らなくとも変化することもあり、さらに、基礎となる暴露と影響の関係も大衆の期待の変化によって変わることがあるかもしれない。

7. 将来の方向
 英国における現在の環境騒音に対する枠組は未完成で混乱を招く恐れがある。人々は騒音暴露の影響に関して、その正確な域値について議論をしているが、一方彼等のなすべきことは、騒音暴露の概念と目指している対処方針とのバランスをとることである。

 この作業で我々は、現時点では健康と騒音暴露とに基礎をおいたアセスメントの方法を確立できないと結論してきた。従って、現在の状況を改善するためにDETR が新しく基準を設定するに当たっては、以下のことを考慮する必要がある。

(1) ISOの作業グループにおける英国の代表は、環境騒音の基本となるISO1996の改訂について新しい枠組の制定にあたっている。ここにおける考え方としては、騒音アセスメントが行われようとする地域はそれぞれ異なった状況にあり、異なった考慮が必要であるというバランスを考慮する必要のあることを認識している。ISOの作業については現在DETRによって支持されているので、将来の基準の設定に寄与するものと思われる。

(2) 将来の基準については、一般の人々がこれらの基準の効果と限界を知ることができれば、基準の方向はもっと分かり易いものになるであろう。特に、現在強調されている環境騒音暴露の結果として報告されているうるささはさらに議論の的になるであろう。このことは、提案されている開発に対する便益とそのインパクトに対して、うるささとのバランスあるいは重み付けをすることは困難であるからである。聴覚以外の影響を選択枝の一つとして強調することは、その影響の程度とそれを解明する可能性が現時点において大きな疑問になっているとはいえ、騒音問題の透明性をより増す事になるであろう。

(3) 聴覚以外の健康影響を将来の基準や規制とするためにはさらなる研究が必要である。このためにはその計画と実行について、注意深くかつ実現可能な方針で取り組まなければならない。

(4) 最大の不確実性は、人々の何%がどれだけ影響を受けているかだけではなく、環境騒音の通常の騒音レベルにおいて計測可能な影響があるか否かである。確かに騒音に敏感な少数の人は過度な騒音によって影響を受ける可能性があるので、このようなグループを特定して、一般の人を対象とした観測では測定が困難な健康影響の研究をすることも必要である。その結果、騒音対策のゴールとして騒音に敏感な人を保護することができるとともに、一般の人々も満足する合理的な騒音対策の目標レベルを提供することが可能になるであろう。

(5) もしもこれらの影響が数量化されることになれば直接対策のコストと便益のバランスをとることも可能になる。このためにDETRとしては、影響を基礎にした基準を設定するにあたり、社会、経済、政治的、歴史的等の他の要因の役割を十分に解明する必要がある。

(6) 騒音対策の基準としては、総ての状況を考慮して合意をうる方法を開発する必要がある。例えば、一つ以上の影響、累積した影響そして危険要因や変換要因を考慮して健康に対する全体的な影響に如何に対応するかといった考察が必要である。その解決のためには簡単な問題ではないが、実務者や政策決定者が、継続的、効果的に騒音影響を評価でき、かつ効果のある騒音対策の決定ができるように助言するための枠組を提供することを目的とすべきである。

(7) 以上の結果についてDETRはその重要性を認識するとともに、騒音にたいする聴覚以外の影響についても積極的に研究することになった。これは将来における基準の開発を検討するための賢明な方法であると考える。

(8) 将来の騒音基準の基礎として、現在まだ仮説的段階にあって将来の研究によって現在の混乱した状況をもっと明確にできるまでは、聴覚以外の影響に基づいて基準を設定することは賢明でない。それに代わる方法としては、用心しないと失敗するかもしれないが、予防的な原理に基づくことも可能かもしれない。しかしこのような原理の自由な応用は、他の分野には受け入れられないことになるかもしれないことを十分認識する必要がある。

 (五十嵐 寿一)

-先頭へ戻る-