1999/10
No.66
1. 全身振動の規格 2. レコード盤型録音機[リオノコーダ] 3. 津村節子著 星祭りの町(新潮文庫) 4. 第5回ピエゾサロンの紹介 5. フルデジタル補聴器 デジタリアン HI-D1/HI-D2
       <骨董品シリーズ その35>
 レコード盤型録音機[リオノコーダ]

理事長 山 下 充 康

 1907年に製造されたエジソンの蝋管式蓄音機(1990年1月号、No.27)、磁気録音機の元祖「ワイヤーレコーダ(1999年4月号、No.64)に続く録音機シリーズの一つとして、大変ユニークなレコード盤型録音機を紹介させていただく。

 小林理学研究所が戦前から手がけてきた特徴的な研究の一つにロッシェル塩の単結晶作成とその圧電効果の研究がある。ロッシェル塩結晶はクリスタルピックアップ、クリスタルスピーカ、クリスタルマイクロホンなど、音響関連機器の素子として広く利用された。しかし昭和35年頃からセラミック圧電素子が開発されるとともにマグネチック型の各種センサーが普及したため性能の安定性や高機能性に不十分な部分が残されていたクリスタル製品は市場から次第に姿を消していった。クリスタルからマグネチック型に移行しようという時期の昭和37年(1962年)、クリスタルピックアップを利用したレコード盤型録音機がリオン株式会社から発売された。国産の360CC軽自動車が走り回り、LPやEP(ドーナッツ盤)等のステレオレコードのハイファイ再生装置が家庭の床の間や応接間の一角にデーンと据えられていたような時代である。

 この数十年、録音再生の技術に見る進歩はめざましいものがある。蝋管がレコード音盤に変わり、次に普及したのが磁気録音でそれもオープンリールのテープからカセットテープ、マイクロカセットテープ、さらにディジタル技術を利用したDATからMD、そして最近ではモータや回転リールなどの機械的な部分の全く無いIC録音機が登場した。

図1は大英博物館で手に入れた蓄音機の歴史をまとめたリーフレットに紹介されている1878年の録音機、[Tinfoil Phonograph]である。錫箔で表面が覆われたドラムを片手で回転させながら音声の波形を機械的に刻み込むタイプのもので、これが後にエジソンの蝋管式蓄音機に進化して行く。

  図1 大英博物館リーフレットから
    錫箔フォノグラフ (1878年)

 さて、図2はリオン株式会社が「リオノコーダ」の商品名で世に送り出したレコード盤型の録音再生機である。原理は前述の錫箔蓄音機と類似であるが、記録媒体はポリカーボネートの円盤(図3参照)でこの表面にクリスタルピックアップと特殊なカッター針を使って音の波形を刻むものである。入力端子はマイクロホン用とその他の電気信号用の二つが備えられている。トランジスタが普及する以前であるから電気回路部分には真空管が使われている。可搬型とはいえ本体は堅牢な木製キャビネットに組み込まれていてかなりの重量である。

図2 リオノコーダ RR-01(1962年)
図3 リオノコーダ用録音シート(ポリカーボネード)

 ターンテーブルに録音用のポリカーボネートの円盤を固定、回転する円盤の上にクリスタルカッターが音溝と音波形を刻む。クリスタルカッターは再生ピックアップとしても機能するが、録音されたディスクは普通のレコード盤と同様に取り扱うことが出来るので実際には一般のオーディオセットのレコード再生装置が使われることが多かったらしい。

 テープレコーダが今日のように普及する前、家庭で音声メッセージを吹き込んでレコード盤を作れること、これを郵便で送り届けることができるといったことが人気を呼んで「リオノコーダ」は当時かなり注目されたらしい。

 薄いプラスティックの円盤に音溝を刻んだ「ソノシート」が雑誌の付録に付いていたり、「ソノラマ」の名で廉価な音楽ソフトが書店で売られたのもこの時代である。 音溝が印刷されたように刻まれたペラペラのプラスティックシートだから音質は粗末なものだったが観光絵はがきや商品の広告宣伝用の印刷物などに広く応用されたことであった。

 「リオノコーダ」の開発に当たっては音溝の切り込みの際に削り粉を出さない工夫や、音溝を刻むカッターを回転盤の中心に向かって渦状少しずつ送るためのメカニズムなどに苦労が多かったと聞く。音盤の回転速度として、LP(33回転)、EP(45回転)、SP(78回転)の三種類を選ぶことができる。各々の回転数に対応して三種類のカッターのカートリッジが附属している(図4参照)。

図4 リオノコーダのカッター用カートリッジ

 この時代、一般家庭にあるオーディオセットで再生のできるレコード盤を手作りするという「リオノコーダ」は極めてユニークな製品であった。この数年後にカセット式テープレコーダが開発され、それが急速に普及したことから約二年で「リオノコーダ」の販売が打ち切られた。短命ではあったが、このレコード盤型録音機は蓄音機の歴史の中にあって貴重な存在ではなかろうか。取扱説明書を探したが残念ながら手に入れることが出来なかった。

 「リオノコーダ」と時期を同じくしてナショナルは円盤型磁気録音機、キャノンはシート磁気録音機などを市場に送り出したが、カセット式テープレコーダに押されていずれも普及するに至らず姿を消して行った。

 ここに紹介させていただいた「リオノコーダRR‐01型」はリオン株式会社の元取締役大矢正治氏が私的に購入、保管されていたもので、音響計測機アンティークコレクションに提供していただいた。ワイヤーレコーダに並べて展示してある。この場をかりて御礼申し上げます。

音響計測機器の小さな博物館

 このニュースに連載してきた「骨董品シリーズ」も35回となった。60年に及ぶ小林理学研究所の歴史を物語る計測機器や実験機器を紹介してきたが、これらの品々を整理して「音響計測機器の博物館」を開設しようと計画した。有難いことにニュースの記事を目にされた方々から興味深い数々のアイテムが届けられ、次第に収蔵品が増えてきた。それらの品々はいずれも今日では入手が困難な貴重な宝物である。

 この度、小林理研の本館の並びに計測機器管理室、大会議室などを含む建物(東館)を増築したのを機会に、二階の一部屋を宝物展示室に当てることとした。

 これまでよりも広い部屋なのでパネルなどの説明資料とともに収蔵品を展示することができる。整備を進めているところであるが「音響計測機器の博物館」に立ち寄っていただければ幸いである。


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