1999/7
No.65
1. 吸音材について 2. 昭和7年発行の計測器カタログ 3. ISO/TC43/SC1プラハ会議報告 4. 2nd Joint Meeting of ASA and EAA会議報告 5. 寄 り 道 6. 第4回ピエゾサロンの紹介
7. 健康影響に基づいた騒音評価の方法 8. 低周波音レベル計NA-18の概要
       <骨董品シリーズ その34>
 昭和7年発行の計測器類カタログ

理事長 山 下 充 康

 骨董市で手に入れた不可解なアイテムを本誌末尾に紹介して読者諸兄のご知見を頼りにそれが何物かを教えていただくことを試みたところ、前号の[謎の円盤]について早速ご連絡を頂戴した。

 件の円盤は金属工作用の重量計算器であるとのこと。これと全く同じ物が図版で掲載されている商品目録を拝借することが出来た。

 目録の説明に曰く「本器は従来の計算尺へ、定数(constant)を極度に応用した円形計算器であります。計算上労力の節減や時間の短縮等の特徴は実に本器の外にはありません。即ち三数の乗算除算乗除算等が一時に行ふことが出来る許りでなく、其用途に随って定数の応用に依って、寸法さへ尺度で計れば、本器に依って其重量が簡単に直に計算できます。(後略)

価格、2円80銭」(原文のまま転記)。

 この商品目録は「玉屋商店」発行の昭和7年版、350ページからなるハードカバーの立派な冊子である。玉屋商店は明治以前から東京銀座で眼鏡店を営んでいたと紹介されている。以降、明治政府の度量衡に係る計量制度の法制化に伴って計測機器の販売と制作を中心に計測機器関連事業を広く展開したのであった。

 当時、玉屋商店は合名会社で「東京市京橋区銀座二丁目」に所在していた。今日の株式会社大阪玉屋の前身である。大阪玉屋にはリオン株式会社が音響計測器など各種製品の代理店としてお世話になっているところである。

 株式会社大阪玉屋の代表取締役会長の和田高明氏が小林理研ニュースの記事に眼を止められ、70年近くを遡った旧い時代の商品目録に記載されている機器に思い至って下さった。この玉屋商店のカタログには当時の文具類や計測機器類が詳細な図版を添えて掲載されている。

 ガラクタ市をひやかしていると書画骨董に紛れて奇妙な品物に出遭うことがある。古めかしい姿をしているくせにどことなく気品とでも言おうか心を惹きつける魅力を感じさせるような、そんな得体の知れない道具類に出遭うとついつい購入せずにはいられなくなる。そんなわけで手元に奇妙な古道具類が集まってしまったが、今回、玉屋商店の目録を見て驚かされた。というのは、買い求めた古道具類の幾つかが、そのままかきわめて近い姿で取り扱い商品として記載されているのである。

 勿論、過去にこのシリーズで紹介した骨董品も掲載されている(例えば、HENRICIの回転ガラス球式波形解析器:1996年1月、計算機械:1996年4月など)。

 昭和7年(1932年)といえば日本ではファシズム連盟結成、5.15事件、満州国の建国など軍事国家への胎動が表面化した年である。この時代、玉屋商店が扱う商品にも軍用機器の雰囲気が感じられるものが少なくない。軍用に限られたものではないが気象観測や地形測量に関係する機器は殊更に豊富である。これらの機器は本質的に屋外での用途を考慮しているから極めて堅牢に造られている。

 図1はロンドンの骨董市で手に入れた「ハテナ?」の一式である。キャップの付いた銀製のデバイダー(キャップにはインチ目盛が刻まれている)、木箱に収められた方位磁石、革ケース入りの傾斜計の三点で、精巧な細工とその姿形が気に入って衝動的にまとめ買いしたものであるが、詳しいことが判らないまましまい込んでいた。

図1 まとめ買いしたアンティーク機器類

 まず「傾斜計」。真鍮とニッケルクローム合金で作られた精巧な細工が施されている(図2)。ビロウドの内張りが施された革の頑丈な箱に収められている。玉屋のカタログに本器を発見したので、掲載されている説明文を転記する。何ぶん昭和の初期の文章なので陳腐に感じられる部分もあるが、骨董品そのままに下手に手をくわえず旧漢字を書き換えた他は原文のまま記載することとした。

図2 傾斜計外観

 「本器は傾斜角度測定用であって、予備測量に使用するものであります。本器の構造は方形管上に、半円の分度儀と其の上にて廻転し得る水準器とを附着し、管内には反射鏡を装置したものであります。管内を通じて目標を見る時は同時に内部の反射鏡に依って気泡の位置を覘視(てんし:うかがい見ること)することが出来ます。垂直分度は傾斜角度を測定するものであって、筒内反射鏡中央の指線に目標を合わせた侭で、水準器を廻転して其の気泡を更に他の指線に合置させますと、目標の傾斜角度が遊標の補助に依って半円分度儀上で読めます。

 接眼鏡の伸縮は気泡の明瞭度を調節するに用ひます。垂直分度は垂直位置を中心として左右に(即ち水準線を基として上下の傾斜に)1度より60度迄の目盛がある、更に遊標で10分迄を読定することが出来る。猶ほ分度の内邊に接して1より10に至る目盛がある。之れは垂直距離を1とした水平距離を顕はしたものであって、遊標側邊の傾斜縁で之れを読むものであります。長さ12糎あって、廓大鏡を附属し背負革紐付袋入であります。」

 つぎは木箱入りの方位磁石(図3)。なぜか小さな水銀温度計が附属している。玉屋カタログにはこれと全く同じものが「Clinometer」として掲載されている(図4)。曰く、「本器は水平垂直の両計量に使用することの出来る器械中で最も簡単なものであって、主に掌上或は測板上で使用するものであります。即ち本器は傾斜角度を測定することが出来る許りでなく、亦た磁石測量にも使用することが出来ます。見透器は磁石盤に対し直角に起立させることが出来るから、目標の見透と磁針の指度検視とが迅速に出来ます。見透器の頂端に二個の懸垂金具が付いて居るから、ハンギングコンパスの代用にもなります。磁針止付。」

図3 木箱入り方位磁石(温度計が添えられている)
図4 同等品が商品目録に掲載されていた

 昭和7年の玉屋の商品目録が手もとに保存していた幾つかの「ハテナ?」の謎を解き明かしてくれて、大いに機嫌を良くしている。膨大な数の機器類が詳細な図版とともに使用方法が説明されているので、見ていて興味尽きない。

 この冊子の巻末に200語ほどの「電報暗語」が記載されている。当時を知る人には懐かしいものがあると思うので数例を紹介ておく。
タツ:鉄道客車便ニテ送ッタ。
タマ:荷物ニ保険ヲ付ケタ。
ヨク:御指定ノ日マデニハ貴所ニ到着デキズ。
ルカ:舶来ナラバアル和製ナシ
ヲツ:検定ナキモノニテモヨキヤ。
ヲソ:イタシ方ナシ貴意ニ随ウ。

 本稿を結ぶにあたって貴重な資料をご提供下さった株式会社大阪玉屋代表取締役会長和田高明氏に厚く御礼申し上げます。

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