1999/10
No.66
1. 全身振動の規格 2. レコード盤型録音機[リオノコーダ] 3. 津村節子著 星祭りの町(新潮文庫) 4. 第5回ピエゾサロンの紹介 5. フルデジタル補聴器 デジタリアン HI-D1/HI-D2

 全身振動の規格
騒音振動第二研究室 室長 横 田 明 則
1.はじめに
 1972年に小林理研に入所した当時の振動レベル計は、振動レベルと振動速度を計測できる機能を併せ持っていました。今では、デシベルという言葉がすっかり身についてしまっていますが、振動レベルのデシベルとは一体何だろうと思ったりしていたものです。学生時代に聞いた振動の話の中にはデシベルという言葉はなく、これには何とも戸惑ったものでした。今日では、公害振動は振動規制法によってその大きさが振動レベルで規制されていますが、当時は法律によって公害振動を規制する制度はなく、地方自治体の条例により主に工場振動を対象に振動が規制されていた時代です。自治体の多くは振動量として速度の計測を行っていましたが、2,3の自治体ではすでに振動レベルを計測しているところもありました。したがって、振動レベル計も複数の振動量を計測できる機能を有していました。この当時、当所時田保夫監事を始め、多くの振動専門家によって、公害振動の影響と評価手法についての検討が行われており、公害振動の人体に対する影響を評価するために振動レベルの導入が検討されていました。多くの先達の研究成果に基づいて、1976年6月に振動規制法が制定されて、その年の12月に施行されてからは、公害振動の計測は振動レベルで行われるようになりました。振動レベルが公害振動の計量単位となったのは、公害振動が物的な影響を及ぼすよりも、人体への感覚的な影響を及ぼすことのほうが生活環境を保全するためには重要と考えられたからのようです。

2.振動レベル
 人体への振動影響を考える場合には、振動に対する感覚特性がどのようになっているかを知る必要があります。労働省産業衛生研究所に勤務されていた三輪俊介博士は、正弦振動を用いた被験者実験によって、振動に対する人間の感覚特性を明らかにしました。その結果は、1974年に出版された国際規格であるISO 2631"全身振動の計測・評価"の中に、人体への振動暴露限界の周波数補正曲線として取り入れられました。その翌年の1975年には、ISO 2631の周波数補正曲線を基に、鉛直方向振動についての振動レベルが計量単位として計量法の中に取り入れられることになりました。振動の基本量には、変位、速度および加速度がありますが、周波数補正とは感じやすい周波数の振動は大きく、感じにくい周波数の振動は小さく評価するように加速度に対して周波数毎に感覚補正のための重み付けを行うことです。結果得られる曲線は、音のフレッチャーマンソンの等ラウドネス曲線に基づく騒音レベルの周波数補正特性に相当するものです。ただし、音と異なる点は、振動の場合には水平と垂直の2方向の振動成分を考慮する必要があることです。計量法では、鉛直方向だけが考慮されることになりましたが、1976年に出版された日本工業規格JIS C 1510"振動レベル計"では、水平方向の振動レベルについても定義されました。振動レベルとは、このように加速度に対して人間の振動に対する感覚補正を施した後に、その実効値の対数演算を行って騒音レベルと同じようにデシベルの値に変換した量のことで、日本で最初に定義された量単位です。

3.国際規格との関わり
 1976年に、振動規制法が施行されるようになってからは、それまで用いられていた振動速度や振動レベルといったまちまちの計測量が振動レベルに統一されました。振動規制法による振動計測は、計量法に定められている振動レベルを計測することになっていますが、前述したように振動レベルは国際規格ISO 2631に定められる周波数補正特性を基準としています。国際規格は定期的に見直されて廃棄されるかまたは存続が必要な場合には改訂版が出版されることになっています。ISO 2631については、ほぼ20年の間字句の修正程度で、初版の内容が継承されていました。しかし、1997年の改定では、従来の直交する3方向の並進振動(X,Y,Z軸方向の振動)に加えて回転振動の評価方法まで取り入れています。公害振動の計測・評価にとって何よりも大きな改定内容は、鉛直方向の周波数補正特性が変更されたことです。1974年のISO 2631以来今日に至るまで、全身振動評価のための規格が他にも新たに出版されてきました。また、国内でもそれらに整合させるように法律や規格が変更されたものもあります。振動レベル計に関する規格JIS C 1510あるいは計量単位としての振動レベルの定義はISO 2631が参考にされたものでしたが、1990年にはJIS C 1510に相当する規格ISO 8041"全身振動の計測器"が出版されました。国内では、国際的な規格との整合が叫ばれていた時期であり、計量法とJIS C 1510の周波数補正特性がこの国際規格を参考に改定されました。この改定では、従来の直線的な周波数補正曲線が電気回路による実現性を考えた曲線的な形で表現された点です。デシベルに変換するときの振動加速度の基準値として日本ではが用いられていますが、これについても国際規格のと整合させることが検討されました。しかし、これまでに蓄積されている振動レベルのデータが膨大であること等を配慮して、独自の基準値が継承されることになりました。また、振動レベル計の動特性の時定数はISO 8041では1秒であり、国内で使用されている0.63秒とは異なった値になっていますが、これについても0.63秒が被験者を用いた振動感覚実験で得られている値であることを理由に従来の値が継承されています。表1に国際規格と国内の法律・規格の変遷の概要を示します。 

表1 全身振動に関わる規格・法律
4.振動レベル値の規格による差
 1997年に改定されたISO 2631-1"全身振動の計測・評価-基本事項"の最も大きな変更点は、Z軸方向の振動に対して、従来人体が最も敏感とされていた周波数範囲の4〜8Hzが4〜12.5Hzとされた点です。周波数補正曲線で示すと、図1に示すような違いがあります。それでは、この周波数補正曲線によって振動レベルにどのくらいの差異が出てくるかを発生振動の周波数成分を用いて調べますと、工事設備、建設作業機械、鉄道振動および道路交通振動で平均的に2〜4dB程度となります。つまり、改定された周波数補正曲線を用いると、従来の振動レベルよりも2〜dB大きな値になります。周波数補正特性の影響は、発生する振動の周波数特性に依存しますから、個々4のデータについてみるともっと大きな差になることがあります。振動の場合には、振動の大きさが感覚閾値をわずかに上回ると苦情に結びつくことが多いと考えられています。この感覚閾値の平均値は振動レベルで60dB程度とされていますから、実際の振動源で考えると、従来の規格に定義される周波数補正特性(現行振動レベルの周波数特性)では56〜57dB程度が感覚閾値となります。家屋内で振動が暴露されているとすると、この感覚閾値の地表面での値は、一般に考えられている家屋の振動増幅量である5dBを差し引いて、51〜53dBの振動レベルになります。 
図1 オクターブバンド中心周波数 (Hz)
5.ISOの動向
 国際規格ISO 2631は、もともと一つの規格でしたが、現在では4つのパートに分割されています。Part1は、general requirementと副題がつけられていて、振動の人体への影響を評価するための各種の周波数補正特性や評価手法を述べています。Part2は、建物内における振動評価手法を記述しています。Part3は、1Hz以下の動揺と称されている非常にゆっくりした振動についての規格であり、また、Part4は船舶上での規格となっています。このうちで、公害振動と関係が深いものは、Part1とPart2で、現在Part2(ISO 2631-2)の改定が検討されています。ISOでは、人体に影響する振動を評価するときには、人体の解剖学的な軸(胸-背中:X軸, 右肩-左肩:Y軸, 足-頭Z軸)に対する周波数補正を行うようになっています。ところが、建物内では人間はさまざまな姿勢で生活しており、振動の軸を特定することが困難なために、水平方向と垂直方向の振動影響を同時に評価する必要があるとして、1989年に出されたのがISO 2631-2です。両方向の振動影響を同時に評価するために、この規格では水平と垂直の周波数補正特性を結合した曲線(複合曲線)にしています(図1)。1997年に、ISO 2631-1が改定されたのを受けて、Part2の改定が始められましたが、この規格では垂直方向については4〜8Hzで人体が振動に対して最も敏感であるとする従来の周波数補正特性が継承されようとしています。つまり、複合曲線の形状変更についての検討はされていません。この規格には、建物の用途別および振動の種類別に建物内での振動量の指針値が示されています。ところが、改定案では世界各国で用いられている基準値等には大きなばらつきがあり、現段階では何らかの指針値を与えることは困難であるとの理由で指針値は削除される方向になっています。これに代わって振動影響の調査方法についての記述が新たに追加されることになります。振動影響は、振動の大きさが感覚閾値を僅かに超える位から生じ始めるとされていますが、閾値以下の振動でも振動苦情が発生することがあり振動量と反応の関係を明らかにするためには振動以外の要因も考慮する必要があるとされています。削除された指針値については、この規格に沿った調査データが各国で収集・解析されてから改めて設定するとされています。なお、この規格で振動量以外の要因として、振動の種類、振動が発生している時間帯、家屋内での生活時間、固体伝搬音、空気伝搬音、窓や装飾品のがたつき、5Hz以下での視覚への影響が取り上げられています。しかし、収集されるデータの解析については触れられていません。

 計測器に関する規格には、1990年に出版されたISO 8041があります。この規格には、ISO 2631に規定される人体に関わる振動評価のための計測器仕様が規格化されていますが、規格内容は改定前のISO 2631-1に基づいています。したがって、1997年に改定されたISO 2631-1の周波数補正特性に基づく振動評価のための計測器を規定するために、現在改定作業が進められています。この規格は、日本工業規格JIS C 1510に相当するものですが、この規格の中には周波数補正のためのフィルター特性が与えてあり、全ての周波数補正回路を有する計測器が市販されていない現状では、PC等で周波数補正特性を実現するために有用なものとなっています。

6.課題とむすび
 我が国では公害振動の計測・評価のための法律や規格が他の諸国よりもいち早く整備されて、環境保全のために活用されています。しかし、これらの制度の中には国際規格のISOを参考に作られているものがあります。計測法における鉛直方向の周波数補正特性、振動レベル計のJIS等です。ISO 2631が初めて発表されて20数年を経過した今日、その内容が大きく変化しています。振動レベルの根拠がISO 2631にあるとはいえ、ISOが改定されると直に国内の諸規格等を整合させる必要はないと思いますが、より適切に振動を評価するためには何が必要かについて、十分に検討する必要があります。振動規制法が施行されると計測量が振動レベルに統一されて、振動速度による計測がなくなったものの、全国的な規模で振動レベルを低減させる効果をもたらしました。今後、更に振動環境を保全していくためには、ここ数年で立て続けに行われているISOの内容を検討して、先達が行ったと同様の検討と英断が求められている時期に来ているのではないかと思います。

-先頭へ戻る-