1999/10
No.66
1. 全身振動の規格 2. レコード盤型録音機[リオノコーダ] 3. 津村節子著 星祭りの町(新潮文庫) 4. 第5回ピエゾサロンの紹介 5. フルデジタル補聴器 デジタリアン HI-D1/HI-D2
       <技術報告>
 フルデジタル補聴器
     デジタリアン HI-D1/HI-D2

リオン株式会社 聴能技術部 成 沢 良 幸

1.はじめに
 近年の補聴器は、内蔵するアナログトリマーでアナログ信号を調整する従来型「アナログ補聴器」から、パソコンなど外部調整ツールでデジタル制御する「プログラマブル補聴器」へ進化し、さらに入力信号自体をデジタル処理する「フルデジタル補聴器」へと、着実にデジタル化への移行を始めている。
 また、聴覚補償の決め手となる増幅特性も、伝音障害に対応するリニア増幅から、感音障害のラウドネスに対応するノンリニア圧縮増幅へと進化している。
 デジタリアンHI-D1/D2は聴覚補償の更なる進歩のために、内耳蝸牛の周波数分析機能に着目して、デジタル化による多チャンネル・コンプレッション構成と、チャンネル毎の増幅特性の制御を実現することで、蝸牛損傷の補正を目指した最新のフルデジタル補聴器である。

2.製品構成
 デジタリアンの製品化はオーダーメイド型の2タイプで構成される。すなわち、外耳道内に装用可能なCICサイズで、適応聴力レベル60dBまでのHI-D1、そして外耳道入口に装用可能なカナールサイズで適応聴力レベル70dBまでのHI-D2である。図1参照。

図1 フルデジタル補聴器 HI-D1/HI-D2
3.ハードウェアの構成
 デジタリアンのハードウェア構成を図2に示す。外耳道内に装用可能なCICサイズを実現するためトランスジューサ以外はDSPハイブリッド内に構成される。
図2 フルデジタル補聴器 ブロック図

 入力音はA/D変換後9チャンネルの周波数帯域に分割され、各チャンネル毎に増幅特性を制御する各パラメータが決定されてAGC増幅される。
 各チャンネルの中心周波数は500Hzから8000Hz間で1/2オクターブ毎に設定され、聴力データの周波数との一致でダイレクトなフィッティングが配慮されている。
 補聴器の増幅処理の多チャンネル化はアナログタイプの2,3チャンネルの限界から、デジタル化により数倍〜十数倍のチャンネル化が実現可能となりつつある。妥当なチャンネル数に関する議論は今後始まると思われる。

4.増幅特性
 デジタリアンは3つの増幅特性でフィッティングの最適化をはかる。すなわち、入力音圧に対して一定の利得となる伝音対応の「リニア増幅」、感音系のラウドネスに対応する「ノンリニア圧縮増幅」、音声レベル以下の入力音圧に対して利得を減少する「エクスパンション(伸長)増幅」の3つの増幅特性である。図3参照。

3 フルデジタル補聴器 増幅 特性

 これらの増幅特性の切換わり点(ニーポイント)では入力レベルと利得のパラメータ、圧縮増幅および伸長増幅では傾きのパラメータ、さらに出力飽和点のパラメータ等いくつものパラメータが各チャンネル毎に割出され、全体の増幅特性が聴力データに対して最適化される。

5.周波数適応型エクスパンション機能
 増幅特性の一つであるエクスパンション増幅は、音声レベル以下の入力音の増幅度を下げて、おもに音声の聞き取りの向上をはかるものである。この場合、利得を下げ始める入力レベルの設定(ニーポイント)が重要となる。デジタリアンでは9チャンネルの周波数毎にニーポイントを設定できるので、音声の周波数スペクトルに合わせたニーポイントの設定が可能となり、エクスパンションの効果を最大限に発揮することができる。

6.フィッティング
 補聴器のフィッティングは、制御パラメータを調整して難聴者個々人の聴力に適合させる作業であるが、前述のように制御パラメータが非常に多くなったため、個々のパラメータ調整はコンピュータ化が必須となる。その結果、デジタリアンでは入力された聴力データから諸特性は自動調整され、自己発信信号による聞こえの確認、問診による微調整でフィッティングは終了する。
 増幅特性を割出すアルゴリズムは、健聴者のラウドネス(小さな音と大きな音の聞こえ)の再現をテーマに、ソフト(小さな音)が、閾値上(ダイナミックレンジの1/3)のレベルになるように「小さな音」の利得を設定し、ラウド(大きな音)が、あらかじめ聴力レベル毎に定めたレベルになるように「大きな音」の利得を設定している。図4参照。

図4 フィッテング・アルゴイズム

7.フィッティング・ツール
 フィッティング・パラメータのプログラマブル化により、補聴器の聴力型への適応性は格段に向上している。ここで重要なのは調整手段となるフィッティング・ツールの機能・操作性である。
 デジタリアンではプログラマブル補聴器を調整する標準システムであるNOAHのフィッティング・モジュール・ソフト「リオネットセレクタ」を適応させ、その機能・操作性を大幅にバージョンアップした。
 さらに、フィッティングの機動性を重視して、携帯型個人情報端末でのフィッティングを実現した。これはいわゆる手のひらサイズの電子手帳(IBMワークパッド)でデジタリアンのフィッティング調整を実現したものである。図5参照。

図5 携帯型フィッテングツール

8. モニター調査結果
 デジタリアンは発売に先立ち、既存のアナログノンリニア補聴器との比較を目的にモニター調査を行なった。
 モニター対象者は、アナログノンリニア補聴器をほぼ満足状態で使用中の感音難聴者27名、聴力レベルの平均値は54.5dBHLである。
 語音明瞭度検査の結果は、装用耳語音明瞭度と裸耳語音明瞭度の差を改善度とし、呈示音圧60dBにおいてデジタリアンは使用補聴器に比べて改善度が9%高く、他のいずれの呈示音圧においてもデジタリアンは使用補聴器に比べて改善度がより高い結果となった。
 雑音負荷時の語音明瞭度検査においても、雑音対語音の各S/N比において総合的にデジタリアンの明瞭度が使用補聴器の明瞭度を上回った。特に雑音が大きい場合に、より明瞭度の差があった。

9. おわりに
 世界の補聴器市場はここ数年来デジタル化が盛んとなり、とりわけ本機のように調整制御のみでなく、入力信号もデジタル化するフルデジタル補聴器は主要メーカの激しい開発競争時代であり、従来のアナログ型に代わりシェアを確実に伸ばしている。
 これまでのところアナログ型に比べての欠点は、製品コストと電源効率であり、聞こえに関する大きな欠点は報告されていないようである。
 入力信号のデジタル処理により補聴器の聴覚補償能力がどのように進歩をするか大きな期待が持たれている。
 
今後、デジタル化による聴覚補償の更なる可能性を具体化する開発に邁進したい。

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