2002/10
No.78
1. 異常診断 -音の達人たち- 2. inter・noise 2002 3. 圧電材料を応用した遮音構造および防振構造 4. 補聴器コレクション 5. 第17,18回ピエゾサロン 6. 軌跡振動計 VM-90
      
 異常診断
― 音の達人たち ―

騒音振動第三研究室室長 加 来 治 郎

 山陽新幹線のトンネル内の崩落事故によってコンクリート構造物の安全性に関する信頼度が低下し、その結果として構造物内部の異常個所を検知する手法に関心が高まってきている。トンネルにおけるいわゆる異常診断の方法としては、超音波の伝搬特性を利用した方法、あるいは赤外線を照射して表面の温度分布から判定する方法などが開発されており、後者については一部のトンネルで採用されている。しかしながら、未だに多くのトンネルでハンマーによる打音検査が行われていることからも明らかなように、信頼性、経済性などの面からもこの種の診断技術が確立されているとはいい難い。

 当研究所においてもコンクリート中の異常個所を検出する手法の研究を行っているが、何しろコンクリート中を伝わる音の速さは空気中の10倍以上も速いために従来の計測器では追いつけぬところもあり、まずはアクチュエータやセンサといった道具の開発から始めたところである。長年にわたって蓄積してきた音響計測や信号処理の技術を活用して何とかものにしたいと考えており、近い将来の成果報告を期待していただきたい。

 ところで、ハンマーによる異常診断では、ハンマーが発する打音とハンマーを通した打感の二つから検査員は異常の有無を判定するそうである。この打音と打感については我々の日常生活でも利用されており、例えばスイカの熟れ具合を調べたり壁にものを吊るす場所を探したりする際にコンコンとたたいて材料の中身を推し量ることはよく行われる。いうまでもなく立派な打音検査である。間柱の有無くらいであれば我々でも容易に判定することはできるが、世の中には微妙な打音や打感の違いから信じられないくらいの診断を行う人がいる。そのような音の達人たちを幾人か紹介しよう。

○150年余りの歴史を有するアメリカズ・カップは、海のF1とも呼ばれる世界最高峰のヨットレースである。使用されるヨットの船体は軽くて強度のあるカーボンハニカム構造が採用され、セールにもカーボン繊維がふんだんに使われている。船体やキールの設計には、スーパーコンピュータを用いた流体力学の方面からの解析と風洞や水槽を用いた実験的な検討が平行して行われる。まさに最新のテクノロジーの塊であり、1艘のヨットの製作には数億から数十億円の資金が必要といわれている。特に横転防止のために海面下に設置されるキールの形状は秘中の秘で、レースの終了後は厳重に監視された囲いの中で保守点検が行われる。ところが、わがニッポンチャレンジ艇では人が寝静まったころに囲いの中からコンコンという音が毎夜聞こえてきたそうである。何のことはない、ハニカム構造の船体の微妙な異常を若い技術者が小さなハンマーで調べていたのである。テレビのインタヴューにこの技術者は、「船体の各部位の打音を前日に聞いた打音と比較することで異常の有無を判断している」と答えていた。その場での音の比較ならまだしも、前日に聞いた音をどのように記憶して今日の音と比較するのか信じられない気もするが、ハイテクの塊であるヨットの安全が若い技術者の小さなハンマー1本に託されていることがなんとも面白い。

○昔から筆記用具として親しまれてきた毛筆も、昨今では他の筆記具やワープロにすっかり取って代わられたのではと思いきや、わが国では1年間に約3,000万本の毛筆が作られているそうで(「筆の里」として知られる広島県熊野町の報告による)、書道としての文化がしっかり根付いていることを実感する。毛筆は穂首と軸からなり、もちろんその命は動物の毛から作られる穂首であるが、ここでは穂首ではなく軸に使用される竹の選別方法についてお話をする。筆の軸には一般に矢竹と呼ばれる比較的細めの竹が使用され、山から切り出した竹を天日でしばらく乾燥させて形を整えたものが軸の材料となる。筆の軸として長い年月の使用に耐えるためには亀裂や虫食いのないことが条件となるが、見た目からはその判定がなかなか難しい。ここで登場するのがかなりお歳を召した女性の方々で、うず高く積まれた材料のそばに陣取って選別作業が行われる。その内容は手のひらに4,5本の竹をのせて絶えずカラカラとリズミカルに回転させながら、選別前の1本を加えては中から1本を別の山に放り出すという作業である。このカラカラポンという数秒単位の作業の繰り返しの中で、ごくまれに別に置かれたダンボールの中に飛んでいく竹がある。どうやらこれが問題の竹らしく、おばさんたちはカラカラという音の微妙な変化から新しく加わった竹の異常の有無を診断しているらしい。かなりのご高齢でありながら、しかも周りで別の人が同じような音を出している環境の中で微妙な音の変化を聞き分けることのできる聴力に驚くとともに、手元を見ることもなく横の人とおしゃべりをしながら問題の竹を弾き出す手先の器用さに、これぞ年季のなせる技と感服する。

○アトランタ、シドニーの両オリンピックの砲丸投げで、入賞選手のほとんどが日本製の砲丸を使用していたことはご存じであろうか。さすが日本のハイテク技術の勝利と思われるかもしれないが、これが一町工場の職人さんの手になるということを聞いて再度びっくりする。砲丸は鋳物を削って球形に成形していくが、鉄が鋳型で固まる際に鉄分中の空気が徐々に上方に移動し底の部分に比べて上のほうが軽くなるため、そのままでは密度の違いによって重心が球の中心からごくわずかではあるがずれてしまう。すなわち、整形する際に軽い部分は少し薄めに重い部分は少し厚めに削る必要がある。このような作業を旋盤の音を頼りに行うのが埼玉県富士見市にお住まいの辻谷さんで、曰く「空気の多い上部の方が底の部分に比べて削るときの音が柔らかい」とのことである。旋盤は前後と左右の送りを別々に操作する必要があるため丸く削るだけでも至難の業であるが、鉄とバイトが発する非常に高い金属音を聞き分けて削る量を微妙に加減しながらバランスのとれた砲丸に仕上げることはまさに神業といえる。ちなみに辻谷さんは1933年生まれで、先のオリンピックに使用された砲丸は60歳代の作品である。なお、旋盤で加工したときに出来る細かい溝が人の指紋と同じくらいになり、選手の手にぴったりとフィットすることも記録に貢献しているとのことである。

○日本独自の石垣用石材として知られる間知(けんち)石は、四角錘の形をして寸法が決まっているために隙間なく整然と積んでいくことができる。福島県田村郡小野町はこの間知石をはじめとする加工用石材の産地として知られ(小野小町の生まれた地としても有名)、30あまりの採石・加工業者が存在する。丁場と呼ばれる採石場では大きな石を運搬可能な大きさに砕石する作業が行われるが、最近ではほとんど発破が主体となっている。ところがここに昔ながらの方法で作業を行う石割りの名人がおられる。この名人が使用するのは鑿(のみ)とハンマーだけで、ここぞと思うところに鑿を打ち込めばどんな大石でも真っ二つとなる。石には目があり、そこに鑿を打ち込めばよいとのことであるが、もとより石の表面のどこを探しても肝心の目を見つけることはできない。ハンマーで大きな石の表面を叩きながら、名人曰く「音が割れ目に沁み込む感覚で石の目を探す」とのことである。早速、研究所の庭石で試してみたが、カツカツと同じような音が聞こえるだけで音が石に沁み込むような感覚はついぞ味わうことができなかった。

 ところで、周辺部を合わせて積んでいく間知積みは、逆にアソビがないために、地震などで重圧が加わると石が下がりやすく、石垣が腹を出すように崩壊すると言われている。これに対して信長の安土城の石垣で有名な自然の石をそのまま積み上げる野面(のづら)積みでは、上の石から下の石にかかる力の作用点を石の表面からわずかに内側にずらすことで崩壊に耐える力を増大させている。この石積みの伝統を受け継ぐ職人さんたちが、近江の国の穴太(あのう)集団である。彼らは、まず用意された石をすべて見て、主要な石の配置を決めてから作業にかかる。その際にそれぞれの石がどこに行きたがっているか、いわゆる「石の声」を聞き取れるかどうかが穴太衆積みの真髄で頭領の腕のみせどころだそうである。最後は瀬崎るみ子氏のレポート(ひととき)から引用した。

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