2002/10
No.78
1. 異常診断 -音の達人たち- 2. inter・noise 2002 3. 圧電材料を応用した遮音構造および防振構造 4. 補聴器コレクション 5. 第17,18回ピエゾサロン 6. 軌跡振動計 VM-90
       <骨董品シリーズ その45>
 補聴器コレクション

理事長 山 下 充 康

 音響科学博物館の前の廊下にガラスケースを置いて古今東西の補聴器を展示した(写真1)。展示されている補聴器は「補聴器資料保存会」から提供された貴重な機器である。今日では耳の中に隠れるほどの小さな寸法の高性能の補聴器が開発されて広く利用されるようになっているが、電気回路以前のラッパ型の大きなものや、弁当箱に真空管と電池を組み込んだような補聴器など、損なわれた聴力を助けるために音響研究者たちが様々な苦心を積み重ねてきた工夫の歴史を観ることができる。

写真1 音響科学博物館前の補聴器資料展示スペース

 小林理研ニュースの21号(1988年7月)でラッパ型の補聴器について紹介したことがあった(骨董品シリーズその3)のでこのシリーズに補聴器を取り上げるのは二度目である。ガラスケースの中に展示されている補聴器は小林理学研究所で試作されたもの(小林理研製作所の名前で世に送り出されていた)、リオン株式会社で市販され始めた初期の製品、欧米から輸入された補聴器などラッパ型から耳穴挿入型まで、その数50点に及んでいる。実際に使用されていた補聴器が多いのでガラスケースの扉を開けると異様な臭気に悩まされるが(古い耳垢によるものであろう)、耳鼻科のドクターをはじめ聴覚関係の方々には興味尽きないものがあるように感じる。

 説明用にパネルも展示した。

 その一つに江戸の絵師「司馬江漢」の引札(チラシ広告)、「耳鏡引札」がある(写真2)。江漢は発明家でもあったようで、蘭学の書物「ボイス」の図版をヒントにラッパ型の耳あて補聴器を製作して販売したらしい。「耳鏡引札」に効能も記述されている。「大声で話すときは音しか聞こえず、わけがわからなくなる。小声で話せ。耳の良く聞こえる者がこれを使って聞くと、遠方の音まで聞こえてしまってかえって悪い。」と言った内容が説明されている。この「引札」に描かれているラッパ型の補聴器と同様のものがケースに展示されているし、実際に耳にあてると江漢の説明にあるように周囲の音がやたらに大きく聞こえる。ここで興味深いのは「耳鏡」という用語である。視力を助けるのが「眼鏡」であることから、聴力を助けるので「耳鏡」と名付けたものであろう。眼鏡を注文する際に検眼をして適切なレンズを選ぶように、補聴器においても厳密な聴力検査を経た上で個人に合った特性の補聴器を選ばなければならないことは周知の事実であろうが、ややもすると音が大きく聞こえるのが補聴器であると誤解されている向きも無いではない。音を大きくしさえすれば良いというのはまさにラッパ型耳鏡である。聴力損失の状態は個人ごとに異なるので適用すべき補聴器も個人レベルのオーダーメイドでなければならない。そこで「フィッティング」という「検眼」に相当する作業工程が重要な意義を持つことになるのである。他人の補聴器を譲り受けたところで聴力の損なわれ方が同じでない限り好ましい状態で音を聴くことはできない。今日では電気回路技術の飛躍的な進歩とマイクロコンピュータの開発普及によって音響信号のディジタル化の応用が個人レベルでの「ナイスフィット」を実現し得た(補聴器に係る新技術に関してはこのニュースの紙面でもリオン株式会社の担当者によって「技術報告」として度々紹介されてきたところである)。

写真2 司馬江漢作のラッパ型補聴器「耳鏡」引札

 もう一つの展示パネル、「世界で一番大きな補聴器(The Largest Hearing Aid in the World)」は補聴器の傑作であろう(写真3)。国際会議のおり山本所長がリバプールの町で見かけた補聴器販売店のウィンドウを撮ってきてくれた写真で、看板の説明によるとポルトガルの豪族が愛用していたものらしい。豪華な椅子に見えるが椅子全体が補聴器になっている。肘掛の先が獅子の頭に造形されていて、獅子は大きく口を開けている。肘掛が空洞になっていて獅子の口からの音は背もたれの頭の部分に導かれて椅子に座す人の耳元に届けられるという仕組みらしい。しもべか客人か、おそらく座する人に敬意を払うような立場の者は椅子の前に跪いて獅子の口に大声で用件を怒鳴り込んだことであったものであろう。説明看板に隠れて見えないが背もたれの頭の位置に音を放射する仕掛けか耳あて用のチューブが仕込まれているものと推測する。

写真3 世界最大の補聴器"THE ACOUSTIC CHAIR"

 今日の補聴器に比べると電気の助けを借りずに音を増幅しようとした古人の工夫と知恵には大変な驚嘆を覚える。性能は期待できそうもないがラッパ型器具を耳穴に入れ込もうとした小型の補聴器(写真4)も珍品の一つである。ここには外観を紹介するにとどめる。

写真4 小型補聴器「イヤーインサート」
(1920年代米国製)

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