2002/10
No.78
1. 異常診断 -音の達人たち- 2. inter・noise 2002 3. 圧電材料を応用した遮音構造および防振構造 4. 補聴器コレクション 5. 第17,18回ピエゾサロン 6. 軌跡振動計 VM-90
       <研究紹介>
 
圧電材料を応用した遮音構造および防振構造

騒音振動第一研究室 大 久 保 朝 直

1.はじめに
 本研究は、圧電性を持つ材料を用いた遮音構造および防振構造の構築を目的とする。負の容量を持つコンデンサを圧電材料に結合すると、材料の弾性率が変化することが伊達らによって発見されている[1]。伊達らは同時に、単体のコンデンサでは実現不可能な負の容量を、電気回路によって等価的に実現できることも示している。本研究ではこれらの原理を応用し、音波および固体振動の伝搬経路に挿入した圧電材料の弾性率を変化させ、遮音性能および防振性能の向上を試みる。

2.圧電材料の弾性率の制御
 圧電材料に外部から圧力や張力を加えると、内部の結晶の原子配列に生じる歪みにより分極が発生し、帯電する。このとき、圧電材料を一対の電極板ではさんでおくと、電極間に電圧が生じ、極板に電荷が現れる。電極にはさまれた圧電材料に電気回路を結合し、弾性率を変化させる原理を図1に示す。ただし、ここでいう弾性率とは、歪みと外力の比をあらわすみかけの弾性率であり、材料の物性自体を変化させるものではない。

 図1(a)に、材料の弾性率を増加させる原理を示す。材料に歪みが生じると、圧電効果により生じた電圧が回路に入力される。ここで、接続されている回路は、正の電圧が印加されると正の電荷を放出する性質を持つものとする。すると、放出された電荷は圧電材料内の分極を減少させ、圧電逆効果により材料の歪みが減少する。よって、外力と歪みの比であるみかけの弾性率は増加し、材料はあたかも硬くなったかのようにふるまう。一方、図1(b)は、弾性率を減少させる原理を示している。この場合は、正電荷の入力に対して負の電圧が出力される回路を用いる。この電圧が材料内の分極を増加させ、材料の歪みが増加する。よって、みかけの弾性率は減少し、材料は軟らかくなったかのようにふるまう。

図1 負性容量回路によるみかけの弾性率の制御

 ここで用いた回路は、負の容量を持つコンデンサと同様の動作をすることから、負性容量回路と呼ばれている[1]。回路構成の詳細は省略するが、オペアンプ、抵抗、コンデンサからなる単純な回路である。回路には2種類あり、以下、材料を硬く(Hard)する回路を回路H、材料を軟らかく(Soft)する回路を回路Sと呼ぶことにする。

3.圧電フィルムによる遮音
 音波の伝搬経路に挿入した圧電フィルムに負性容量回路を結合し、遮音性能の変化について検討する。図2のように、厚さ9μmのポリフッ化ビニリデン(PVDF)を内径43_の音響管内に設置する。フィルムの両面には電極が蒸着され、銅リングを介して負性容量回路Hに接続されている。また、フィルムに曲率を持たせると圧電効果が効率よく現れるため、管の内壁に固定した金網とフィルムの間にウレタンフォーム(騒音計のウィンドスクリーンを約2_厚に切ったもの)を挿入し、反発力によって曲面を保持する。フィルムが音波の入射により駆動されると、フィルムの膜面方向に伸びが生じる。ここでフィルムに回路Hを接続すると、図1に示した原理によりフィルムの伸びが減少する。その結果、フィルムを透過する音波も抑制されることになる。

図2 圧電フィルムを用いた遮音構造

 平面波伝搬を仮定した音響管内で伝達関数法[2]を用い、遮音構造の垂直入射透過損失を測定した結果を図3に示す。回路Hの接続によって、500Hzから1.6kHzの広い周波数帯域で透過損失が10dB程度向上することがわかる。この遮音性能の向上は、弾性率の増加によるものと考えられる。一方、上記の周波数範囲以外では、回路の効果は小さい、あるいは回路により遮音性能が低下するという現象が確認されている。回路の効果の大きさは、回路の実現する負性容量の大きさと材料の容量の大きさの関係によって決まることが明らかになっている。有効な周波数範囲の拡張についてはこれまでにも試みている[3,4]が、いまなお検討中である。また、回路なしの状態でも非常に大きな透過損失が得られているのは、試料の面積が内径43mmときわめて小さいこと、およびフィルムが背面のウレタンフォームで支持されていることによるものである。

図3 負性容量回路による遮音性能の変化

4.圧電セラミックによる防振
 固体振動の伝搬経路に挿入した圧電セラミックに負性容量回路を挿入し、防振性能の変化について検討する。防振構造の構成を図4に示す。面積20mm×20mm、厚さ2mmのPZT(Pb(Zr,Ti)O3)板を、負性容量回路Sへ接続するための銅板をはさみながら、5枚積層する。銅板は両面ともPZTに接していて、上下2枚のPZTに共通の電極となる。さらに、振動体との絶縁を保つため、両端に非圧電性のセラミックを貼付した。最終的に、合計7枚のセラミックを積層した厚さ約15mmの防振構造になる。この構造に振動を加えると、セラミックの厚さ方向に歪みが生じる。ここでセラミックに回路Sを接続すると、図1に示した原理によりセラミックの歪みが増加する。その結果、みかけの弾性率が減少し、振動伝搬が抑制される。ただし、図1は材料の面方向の機械系と厚さ方向の電気系の間(いわゆる3-1方向)に現れる圧電性について説明しているが、ここで用いる厚さ方向の機械系と厚さ方向の電気系の間(1-1方向)に現れる圧電性についても、回路は同様に作用する。

図4 圧電セラミックを用いた防振構造

 加振台にこの防振構造を載せ、さらに3kgの質量を載せる。この状態で正弦加振し、加振台と質量の振動加速度レベルから振動伝達率を算出する。測定結果を図5に示す。回路Sの接続により、1kHz以上の帯域で振動伝達率が約20dB向上することがわかった。この結果については、共振周波数が大きく低下したという表現もできる。しかし、それもすなわち弾性率の減少を意味していることから、いずれにせよ負性容量回路が有効に作用して弾性率を減少させていることを示している。

図5 負性容量回路による防振性能の変化

5.おわりに
 負性容量回路を接続した圧電材料を応用することにより、大きな遮音性能あるいは防振性能が期待できることが明らかになった。現在、主に圧電フィルムによる遮音構造について、試料面積の拡大など実用化に向けた取り組みを行なっている。

参考文献
[1] M. Date et al., J. Appl. Phys. 87, 863-868(2000).
[2] J. Y. Chung et al., J. Acoust. Soc. Am., 68, 909-913 (1980).
[3] 大久保他,日本音響学会講演論文集,799-800(2001. 10).
[4] 大久保他,日本音響学会騒音振動研究会資料,N-2002-19(2002).

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