1996/1
No.51
1. 謹賀新年 2. 音と振動を科学する−研究活動のあり方と課題 3. 公害振動の評価と研究の動向 4. 環境にやさしい鉄道であり続けるために

5. 道路交通騒音の予測と対策に関する研究の課題と方向

6. 音響材料試験に関わる測定精度の追求
7. ダンピング試験と制振材料 8. 航空機騒音問題の歴史(1)
       −特集:21世紀に向けた研究の展望−
 公害振動の評価と研究の動向

騒音振動第2研究室 室長 横 田 明 則

1.はじめに
 人間は、我がままである。地面がわずかに動くことも認めないのである。コペルニクスの「天球の回転について」以前の話である。まして、建物が動くなどとはもってのほかである。しかし、よくよく考えて見るとやはり地面は古来から動いていないのである。地球と同じ慣性系の中にあって、周期24時間の動きなど感じることができないのである。火山の噴火、断層のずれによって地面が大きく揺れ、揺れを感じるときにはそれと同時に周囲にたいへんな事態が発生しており、人間が揺れに対して我がままになる由緑なのである。しかし、この我がままこそが人間が自然とうまく調和してきた理由の一つではないかと考える。
 人は揺れることをすべて忌み嫌うものだろうか。明らかに否である。ゆりかご、ぶらんこの類については揺れを積極的に楽しみ享受しているものである。また、電車、バス、飛行機等の乗り物に乗っても必ずしも揺れを不快としないものである。この様に考えてくると、人間が振動に対して我がままになるのは、本来動くべくもないものが動くときである。
 道路、工場、建設作業に原因するいわゆる公害振動は振動規制法で規制されている。しかし、振動に対する人間の反応は、感覚閾値をわずかにオーバーすると、存在そのものが査定され、時としては苦情として表面化することがある。つまりは、動いては行けないものが動いたのである。
 公害振動の実態調査では、規制基準値をオーバーする事例はほとんどなく、評価方法に問題があるとの指摘もある。特に、攻撃の標的となっているものが道路交通振動に代表される不規則大幅に変動する振動の評価量L10である。騒音振動第二研究室では、実験室での被験者への振動暴露実験による方法でこの問題に取り組んだ。その結果では必ずしもL10は評価量として不適切ではなかった。もし、実験結果に問題があるとすれば、被験者にとっては動いても大して問題とならない場所で振動を暴露させられたことが原因かもしれない。

2.公害振動と地震
 公害振動の制御に関しては、その実態が基準値を上回る事例が少ないことから対策手法に関する研究は必ずしも進展しているとは言い難い。特に、道路交通振動はそうである。公害振動が問題となる多くは木造住宅であるが、公害振動の観点からその構造について考えられることは少ない。一般に、木造住宅の振動特性は地表面の振動を振動レベルで5dB増幅すると考えられている。この振動特性については、20年も前に調べられている結果である。しかし、最近の調査でも同様の結果が得られており、建設時期と振動特性(増幅量)の間にはほとんど相関が見られない。地震による被害を最小限にとどめるために、住宅の診断が行われるようになってきているが、動的な特性の診断ではないようである。地震の恐怖を知らされたのはつい1年前のことであり、公害振動の計測技術をこの種の診断技術へと展開させることは、曳いては環境に存在する振動問題を解決する手段にも成り得る21世紀に向けての課題の一つではないかと考える。
 振動環境から身を守る意味では自己防衛策が必要かもしれない。筆者も休日に自宅のそばを通る車の振動が、ある日を境に全く気にならなくなったことがある。阪神大震災に教訓を得て、家具の転倒防止器具を取り付けたところ家具の揺れに気が付かなくなり、そばを通る車を意に介しなくなったのである。本来揺れてはならないものが揺れなくなったのである。
 地震に関する研究についてはこれまでは小林理研ではほとんど行ってきていない。しかし、家具転倒防止の例を挙げたように、両者に共通する点は多々有ると考えられる。振動計測の面から考えると、両者の最も大きな相違点は揺れの周波数範囲である。公害振動では、下限の周波数が1/3オクターブバンドで1Hzであるのに対して、地震ではもっと低い周波数まで計測されている。昨年の11月には、震度階の決定方法と表示法が35年ぶりに変更されるとの気象庁の発表が報道された。特に、震度階決定がこれまでは主に体感によって行われていたものが、振動の計測量を基に行われるようになることは興味深い。微振動の常時観測は地震予知の問題を含めて、防災にかかわる重要なテーマとされており、今後計測の面から取り組んで行く必要がある重要なテーマと考える。

3.公書振動評価
 振動規制法が施工されて20年になる。この法律は公害振動の大きさ程度では、物的な影響は生じにくいということで、人間への振動影響を考慮して制定されたものである。夜間における睡眠への影響と日常的な感覚影響が考慮されている。このように、人間への影響を考えて振動を評価するためには、変位・速度・加速度等の純粋な物理量ではなく、人間が振動をどの様に受け止めるかを知ることが重要である。1970年に、現在の振動レベルの根拠となっている国際規格ISO2631が発表された。振動レベルは、この規格に定義されている周波数補正曲線を感覚補正曲線として取り扱って定義されている量である。
 この国際規格ISO2631も20年経った今日、全面改訂が計画されており、現在DIS2631としての投票が終わった段階である。改訂内容の特徴は、周波数補正曲線(感覚曲線)の変更である。水平方向の補正曲線は現在の特性とほとんど同じであるが、垂直方向については振動を最も感じるとされている周波数範囲4Hz〜8Hzが4Hz〜12.5Hzに変更されようとしている。公害振動評価においても、この改訂内容が採用される方向になれば、より厳しく評価されて行くことになる。周波数補正曲線の変更に関しては、色々と議論があったようだが、残念ながらISO会議には日本から積極的な意見を提出することはできていない。特に、公害振動の分野では、法律的に問題となる振動がほとんどなかったことが理由の一つに考えらる。
 振動問題では、本来動いてはいけないものが動くときであり、それが感覚的に捉えられたときである。この様に考えると、振動の評価方法には実際に使われている方法、ISO規格で提案されている方法などがあるが、人間の振動に対する感覚をより正しく把握して環境保全を図るためには、感覚と整合した評価方法を従来の評価方法を含めて検討して行くこともこれからの課題と考える。

4.振動計測
 振動計測に関しても、その精度が言及され始めたのは10数年以前からである。今日的な振動計測器は機械的な振動を検出して電気信号に変換する方式が主流である。この変換器が正しく機能しているか否かを調べることを校正と称しているが、この校正に関しても国際的なチェックが行われて、その手法が規格化されたのが、1987年のことである。
 人体にかかわる振動の計測器としての振動レベル計は20年ほど前に、日本で初めて考え出されたものであるが、1990年にはISOでも人体にかかわる振動の計測器に関する規格が出された。JISC1510「振動レベル計」の改訂も国際規格と整合をとるために1995年7月に改訂され、測定器の面からも振動計測精度の重要性が改めて議論される時期に来ているのではないかと考える。
 振動レベル計のピックアップを被測定体に設置するときには原則的には堅い表面の上でないと共振現象によって正しい計測値が得られないことがある。柔らかい地表面での計測では踏み固めたり、コンクリートブロックを使用するなどの工夫が必要とされる。対処の方法があるものについては問題は少ないが、時として人間が実際に接している場所、例えば量やじゅうたんの上、での振動計測が要求されることもある。このような状況下での振動計測に対しては、現在の段階では十分に信用できる測定方法があるとは言えない。振動計測に用いられているピックアップの多くはサイズモ系と呼ばれる計測原理に基づいて構成されている。このサイズモ系に基づくピックアップを用いて振動を計測するには、ピックアップを被測定体と強固に結合させることが重要であるが、軟らかいものが振動体表面にある場合には単純にピックアップを置いただけではこの条件を満足することは困難である。しかし、公害振動は人体への影響を考慮して計測されるべき性質のものであり、ピックアップ設置面の特性に左右されない計測方法の開発は21世紀に向けての重要な研究課題の一つである。  公害振動の規制は20年前から始められたが、住環境の周囲に存在して日々の生活と密に関わっている振動は公害振動を始めとして環境振動として取り扱われるようになってきている。環境問題といえば、オゾン層破壊といった地球規模での問題が昨今メディアに登場するが、地球環境規模での問題ではないにしろ、日々の生活環境の質をより向上させるためには、人と振動の関わり・振動の計測手法についてのよりきめ細かな問題について議論するときが訪れようとしているのではないかと考える。

5.むすび
 小林理研では、多くの先達が早くから環境振動の計測、制御、評価の問題に取り組んで来た。これから21世紀に向けて考えるべきことは、現存する環境振動を人の生活環境と如何に結び付けて制御するかである。このためには、人と振動というテーマで取り組んで来た先達の成果を参考にして、より快適な振動環境実現のための研究を推進することである。さらには、新しい振動計測技術開発の推進と、計測技術の地震分野への応用により人と振動の関わりを解明することである。

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