1996/1
No.51
1. 謹賀新年 2. 音と振動を科学する−研究活動のあり方と課題 3. 公害振動の評価と研究の動向 4. 環境にやさしい鉄道であり続けるために

5. 道路交通騒音の予測と対策に関する研究の課題と方向

6. 音響材料試験に関わる測定精度の追求
7. ダンピング試験と制振材料 8. 航空機騒音問題の歴史(1)
       −特集:21世紀に向けた研究の展望−
 道路交通騒音の予測と対策に関する研究の課題と方向

騒音振動第4研究室 室長 山 本 貢 平

1.はじめに
 自動車は今や我々の生活にとってなくてはならないものである。その自動車が通る道は高度成長期を経て全国津々浦々に整備され、今やライフラインともいえる存在になりつつある。自動車を血液に見立てるならば、それを運ぶ道路は人体の血管ともいえるであろう。近年は自動車保有台数が爆発的に増加してきたので、益々太い血管が必要となっている。道路綱の整備は我々の日常生活に限りない恩恵を与えている反面、道路交通がもたらす負の影響も次第に増加している。とくに騒音問題は深刻であり、社会問題として顕在化してきたのも、かれこれ30年以上も前からであろう。

 道路交通騒音問題の解消に関しては、的確な騒音予測手法の確立と騒音防止対策の開発が必要である。これらの研究の一端に小林理研も長く関わってきたが、ここでは、それを振り返りながら問題点の整理とこれからの課題および展望について述べてみたい。

2.道路騒音の予測手法と課題
[計算機による予測]
 道路交通騒音の予測式として、1975年に発表された、いわゆる日本音響学会式が広く使われてきた。この予測式は道路騒音に関わる道路管理者からの要請に応えて、大学や民間研究機関の研究者らの手によって構築されたものである。小林理研の関わりとして線状音源に対する回折効果に関する研究成果が、予測式に取り入れられたことが挙げられる。

 その後、LAeqによる騒音評価が主流となっている国際的情勢を睨み、かつ従来の日本音響学会式をより汎用性の高いものにするため、新たな予測式の検討が1987年より開始された。その成果は1993年にASJ Model‐1993として取りまとめられた。この予測式はあらゆる道路形式や形状に柔軟に対応できることや、LAeqを第一予測量としていることなど、従来の予測式を大幅に改良したものとなっている。このモデルヘの小林理研の関わりとしては、自動車騒音に対する地表面の影響に関する研究成果が取り入れられたことが挙げられる。

 しかしながら現実の道路は多様であり、道路特殊箇所への予測式の適用には、まだまだ多くの課題が残されている。例えば、掘割・半地下部における騒音の多重反射の取扱い、インターチェンジ部における自動車の挙動や加速・減速にともなう発生音パワーレベルの変化、トンネル坑口からの放射音の取扱い、高架道路複合部における裏面反射の取扱いなどである。いずれも重要な課題との認識を持って検討作業は順次進められている。

[模型実験による予測]
 道路騒音予測に模型実験が用いられるようになったのは、模型実験用の線状音源の開発がきっかけであった。このことは一つの地域全体の騒音予測を可能にした。初期の線音源はカーテンレールの中に小さな鋼球を詰めた単純な構造であったが、その後、改良を重ねて、ジェットノイズを用いた装置に変更し、より広い周波数特性と大きな放射音パワーを得るに至っている。これを使って模型実験を行うとき、まだ見ぬ町が箱庭の如く実験室に出来上がり、ガリバーがみた別世界を眺めることができた。次いで、ジェットノイズを用いた点音源も開発され、予測だけでなく、験音対策施設の要素的実験も容易に行えるようになった。

 しかし、近年は騒音の予測と対策がタイアップすることが多い。この時、実験では音源からの試験音をいかに大きく減衰させるかという努力がなされる。そのために、観測点に到る音は大きく減衰しているので、計測時のS/Nが問題となってしまう。したがって、より大きいパワーをもつ音源を開発することが、実験における安定性の確保と対策検討の自由度を広げることに寄与する。大きな音を出すことと、その音を消すという相反する努力が模型実験に要求されるのは皮肉である。

3.道路騒音の対策手法と課題
 道路交通騒音の対策手法には、騒音発生源の制御、伝搬音の制御、受音点側での制御がある。小林理研が関わってきたものは主として伝搬音対策である。伝搬音対策とは騒音の遮蔽、吸音、遮音に関係した対策手法であり、具体的には防音壁、吸音板、遮音板の研究開発にあたる。また、もう少し範囲を広げれば、道路構造、沿道建物配置などによる騒音対策も含まれることになる。これらのいずれも、解析的には難しい問題を含んでいるため、研究の手法としては主として縮尺模型実験を利用してきた。カーテンレールで作られた22年前の線音源は、防音壁の効果に関する研究だけでなく、騒音対策上好ましい道路構造の検討に大いに役立った。半地下道路という独特の道路が提案されたのも成果の一つである。さらに、高架裏面反射といった問題提起と吸音処理による対策方法の提案も当時、既に行われている。

 その後、道路交通騒音対策技術の一つとして自動車道吸音ルーバーの提案を1984年頃に行っている。これも縮尺模型実験による研究成果の一つである。その実用化に当たってはフルスケールモデルの実験まで行っており、現在建設中の道路箇所を合めて4箇所で採用されている。

 防音壁に関しては1987年頃より特殊防音壁の実用化の研究に関わってきた。この研究は防音壁の先端に吸音体を取り付けることによって、滅音効果が増すという研究報告(1976年)が発端となっている。その実用化は既に進んでおり、現在幾つかの高速道路で採用されている。この特殊防音壁に関しては、さらに景観、日照、排気ガスなどにも配慮できる構造を目指して研究を進めている。吸音による騒音対策としては防音壁や裏面吸音板として優れた吸音性能をもつ構造の研究を行ってきた。そのために、斜め入射吸音率の測定技法や道路騒音に対する吸音性能の評価方法の検討も1989年頃から開始している。吸音率の測定方法については周波数範囲や入射角度の拡張をめざした研究を行っている。

4.今後の研究方向
 道路周辺の沿道環境は21世紀になってもまだまだ厳しい状況であろうことが予想される。そして沿道環境を科学的見地から事前に予測し、必要ある場合は対策することはいうまでもなく重要である。今後、予測や対策にコンピュータが駆使されることは間違いない。そして、次世代のコンピュータは現在以上に性能が高くなることが予想され、複雑な計算も容易に実施することが可能となる。しかし、コンピュータによる計算には、理論的に裏付けがあり且つ十分に検証がなされたソフトウェア(予測計算方法)が必要である。信頼できるソフトウェアを開発し、検証を行うためにも縮尺模型実験を含む音響実験は21世紀になってもまだまだ必要不可欠である。したがって、実験技術を常に高いレベルで維持することが極めて重要である。

 今後、予測や対策方法の研究に対して取り組むべき課題と展望について述べる。

(1)境界要素法の応用に関する研究
 半地下道路、高架道路の複合箇所など断面形状が複雑で、音の反射、回折、吸音の特性も単純でない場合の音場を予測する一つの方法として境界要素法がある。今後、その有効性や適用の限界を明らかにすることで、実験等に代わり得る有力な手段の一つとなるであろう。

(2)境界面の音響インピーダンスの推定モデルに関する研究
 境界要素法の入力条件として境界面の音響インピーダンスを設定する必要がある。境界面の音響インピーダンスは計測によっても得ることは可能であるが、物性値や構造によってインピーダンスを推定することで、騒音予測はいっそう幅広いものとなる。

(3)道路用音響施設の吸音・遮音特性の現場測定技術に関する研究
 防音壁、吸音板・遮音板、低騒音型舗装面など、現場施工状態における音響性能の測定方法を確立することによって、騒音対策効果の検証が容易になるであろう。

(4)吸音ルーバーの遮音効果に関する理論的研究
 自動車道吸音ルーバーの遮音効果は実験的に確認されてきた。今後、その遮音メカニズムを理論的に解析しておくことによって、より高い遮音性能の高いルーバーの設計が可能になるであろう。

 このほか、予測技術に関する課題として、多重解析効果の予測方法、沿道建物群による反射・回折・遮蔽効果の予測方法、有限大反射面による反射音の予測方法、騒音伝搬に対する回折・地表面・気象の影響の予測方法などの研究がある。

 さらに、計測技術に関しては模型実験技術の改良(信号処理技術の応用)、長期騒音モニタリング装置の開発・応用がある。

 我々は現在いかに音を伝えないかという研究を行っているが、将来はいかに遠くへ音を伝えるかといった研究も必要になるのではなかろうか。防災に関連して、災害時の情報伝達手段として音による情報の伝達は重要である。例えばトンネル坑内での災害発生時における拡声器による車両誘導や、地震・津波発生時の拡声器による避難誘導(ヘリコプター)などが考えられる。

5.おわりに
 21世紀も今世紀同様に、環境問題が人類にとって重要な課題となるであろうか?もし、その問題が解消されたとすれば人類の知恵の勝利と考えられる。しかし、人類が快適な環境を追求すればするほど、自然環境は悪化するのではないかと思う。次世代へ負の財産を残さないためにも真の環境保全に知恵を絞る必要があろう。

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