1996/1
No.51
1. 謹賀新年 2. 音と振動を科学する−研究活動のあり方と課題 3. 公害振動の評価と研究の動向 4. 環境にやさしい鉄道であり続けるために

5. 道路交通騒音の予測と対策に関する研究の課題と方向

6. 音響材料試験に関わる測定精度の追求
7. ダンピング試験と制振材料 8. 航空機騒音問題の歴史(1)
       −特集:21世紀に向けた研究の展望−
 音響材料試験に関わる測定精度の追及

建築音響研究室 室長 小 川 博 正

 建築音響研究室は、残響室の拡散性など室内音場に関する基礎研究と共に、音響材料の試験機関として歩んできたといえる。基礎研究については、研究所報告、研究所ニュースなどで何度となく報告されているが、音響材料試験について改めて紹介する機会はこれまであまり無かった。そこで、ここではまず試験機関としてのこれまでの歩みを簡単に振り返ってみよう。

 音響材料試験に関する本格的な取組みは、第1残響室が竣工した昭和31年(1956年)、第3〜5残響室が完成した昭和33年(1958年)にさかのぼる。第1残響室を用いた吸音率試験、第3〜5残響室を用いた遮音試験がこの時期にスタートしており、残響室を用いた材料試験の測定方法の規格制定にも大きく寄与している。昭和35年(1960年)には建築音響研究室が発足し、音響材料の委託試験が開始された。また、昭和40年度の終りには第7残響室→第6残響室(3.7×3.0m)を用いた試験が加わり、現在とほぼ同じ体制が整っている。

 次に、試験結果を報告する試験成績書の移り変わりから見てみることにしよう。

 成績書番号の表記法は、当初から変わりなく5ケタの数字が用いられている。成績書番号が解れば直ちに、会社名、試験体名、測定データ、測定年月日、温湿度についても判明できるよう整理されている。この5ケタの数字は次に示す意味を持っている。

 当時の成績書の書式は、トレース用紙の片対数方眼紙に鉛筆で記入したもので、それが成績書番号順に綴られている。この書式は昭和36年まで続き、37年以降は表やグラフが予め印刷された用紙にボールペンによる記入に改められている。ちなみに最初の成績書番号はNo.56001で、昭和31年6月12日に測定された残響室法吸音率である。

 これらの試験データの総数は、成績書番号として登録された数だけで、5787件(平成6年度末現在)、参考データ的意味合いの強い技術資料を含めると優に6000件を越えている。

 年度毎の試験データを個々に整理して眺めてみると、吸音率、透過損失等の測定規格の制定やロックウール、グラスウールの材料規格の制定、住宅公団(現住宅都市整備公団)KJサッシの規格化、道路公団等の防音パネルの規格化など、社会のニ一ズを大きく反映したものとなっている。これらの移り変わりは、中立的立場の試験機関による基礎研究に裏付けされた試験データとして、社会の信頼を得てきたものと考える。

 一方、試験データの多様化の要求については、既存の測定法規格に基づいた材料試験だけでなく、吸音材料の基本特性である「ノーマル音響インピーダンス測定」、「流れ抵抗測定」等について計測システムを改新し、より広範な要求に応えられるよう整備を進めてきた。

材料試験 件数の推移

 近年では、吸音材料が屋外の騒音制御(道路騒音、鉄道騒音等)に使用されるようになり、遮音と吸音性能を兼ね備えるだけでなく、強度や耐候性を有することなど、これまでの音響材料とは異なる機能も要求されている。また吸音性能もこれまでの垂直入射や拡散入射による吸音率に加えて、特定方向からの入射音に対する性能を表す、斜入射吸音率の測定要求も生まれてきている。

 また、遮音材料については、集合住宅等の超高層化、プライバシー保護の要求の高まりなどから、戸境壁や間仕切壁として軽量で且つ遮音性能の高い壁構造の開発が進められている。このため、実験室の測定限界に迫る高い性能の構造や、構成材や工法に複雑な工夫を凝らした構造が増え、測定結果の再現性や不一致に関する解析検討をより難しいものとしている。

 これらの問題究明に対して、当研究室では3つのテーマを挙げて取り組んでいる。以下にその具体的内容について記述する。

(1)測定精度の向上
 実験室の測定限界に迫るような、高い遮音性能を持つ壁構造の試験に際しては、側路伝搬や暗騒音(電気的S/Nも含め)のチェックの他、必要に応じて、試料面や残響室壁面の振動と音圧のモニタリングを行ない、側路伝搬、測定限界の影響を検討し、測定結果の信頼性の確保を心掛けている。また、特に低い周波数領域(音場および試料において周波数帯域当たりのモード密度が粗くなる領域)の測定精度の向上については、複数の音源位置やマルチスピーカによる計測の検討を進めている。

(2)データベースによる性能要因分析
 遮音のメカニズムの解析は、一重壁、二重壁を問わず遮音性能を支配する多くの要因が混在するため、確固たる理論解析の進まない分野である。従って、実験的解析が重要な場合も多く、要因の分析や改善策の検討も経験的な知識の蓄積に負うところも少なくない。当研究室には過去の膨大な試験データがあり、これらを系統的に整理し、相互の比較や要因の抽出が容易に行えるようなシステムの確立を進めている。

(3)測定時間の短縮
 測定時間の短縮は、測定結果の解析、要因分析のための条件変更の測定など、これまで時間的制約から進め難かった系統立った実験も可能となる。このことは、前項(1)の測定精度の向上にも大きく寄与するものと考える。この測定時間の短縮には、多チャンネル同時計測システムを検討している。

 残響時間は、従来の自動計測システムで、空室時2.0時間、試料設置時1〜1.5時間を要し、吸音率測定には3.0〜3.5時間を必要とした。これが、インパルス自乗積分法(Schroeder法)の導入により、空室時30分以下と大幅に短縮したが、これに5チャンネル同時計測が実現できれば、1/5の計測時間で測定が可能となる。

一方、音圧レベルの測定に多チャンネル同時計測システムが導入され、音源室、受音室の10チャンネル同時計測が実現すると、音圧レベル差測定は1/10に短縮される。また、全帯域の音源特性での計測が可能になると、音圧レベル差の測定時間30秒もまんざら夢ではない。測定時間の短縮によって浮いた時間は(2)とリンクした、測定結果の解析・検討、改善策の検討等に有効な活用が期待できる。

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