1996/1
No.51
1. 謹賀新年 2. 音と振動を科学する−研究活動のあり方と課題 3. 公害振動の評価と研究の動向 4. 環境にやさしい鉄道であり続けるために

5. 道路交通騒音の予測と対策に関する研究の課題と方向

6. 音響材料試験に関わる測定精度の追求
7. ダンピング試験と制振材料 8. 航空機騒音問題の歴史(1)

 航空機騒音問題の歴史(1)

名誉顧問 五 十 嵐 寿 一

はしがき
 ここでは、昭和初期から現在にいたる航空機騒音に関する経緯について、次のような項目についてシリーズで解説することにする。
 −1955年(昭和30年)頃迄  基地騒音
 −民間空港にジェット機導入
 
−ICAOの航空機騒音特別会議
 
−大阪空港の騒音対策
 
−関西新国際空港の計画と開港までの経緯
 
−ICAOのソニックブーム委員会
 
−航空機騒音に係る環境規準
 
−新東京国際空港:防音林、エンジンテストセル
 
−特殊空港周辺地域の騒音評価
 
−国内空港、基地における騒音測定
 
−航空機騒音問題の今後の動向

1. 1955年(昭和30年)頃迄
 戦前、航空機が飛行しているときの騒音が社会間題になることはなかったが、市街地に近い飛行機工場において、エンジン(当時は発動機といった)の長時間試運転の際に周辺の住民から苦情が発生し、その対策として吸音材料(麻綿)を用いたテストセルが使用された。これは東大航空研究所の佐藤孝二助教授が開発したことで佐藤式防音運転場といわれた。また飛行機を探知するため空中聴音機が軍用として用いられたこともあったが、飛行機の速度の上昇及び1930年代後半における電波レーダ一の開発によってそれ以上の進展はなかった。戦時中には、各種の軍用機の発生する爆音の録音レコードが作成されて、周波数分析(オッシログラフによる記録)が行われるとともに、このレコードを使った航空機の識別試験が被験者によって実施されている(聴取した音を音符によって記述)。1)戦後は進駐軍によって航空機の研究、開発及び製造も禁止され、駒場にあった航空研究所も理工学研究所として運営されたが、昭和30年頃になって漸く航空の研究が再開され元の航空研究所に戻ることになった。

 基地騒音:飛行場周辺の騒音が最初に苦情の対象となったのは、昭和20年代の朝鮮動乱における米軍基地の周辺で、立川、九州の板付基地(福岡空港)及び大阪の伊丹空港周辺である。関西では当時伊丹空港を米軍が使用して朝鮮に向けてジェット戦闘機が発進していた。このジェット機による騒音を調査するため、大阪都市騒音委員会は、主として空港南側の勝部地区における騒音測定を行っている2)。 航空機から1000mで98〜110dB、2000mで88〜93dB(当時はC特性値)が観測されているが、同時に周辺の住民に対する聞き取り調査も実施している。これが空港周辺における社会調査の最初であろう。関東においては、音響学会が中心になって(委員長平山東大教授)立川基地に近い学校の内外で騒音測定を実施した3)。この学校は滑走路端から南数百mにあり、朝鮮に向けて離陸する大型輸送機の離陸騒音は、直下で115dB(C)にも達していた。これらの結果をもとに、防衛庁と文部省は学校病院に対する防音工事を施工することとし、騒音の程度によって等級が設定された4)。当時はJISの騒音測定方法に従って、航空機騒音は騒音計のC特性を使用することになっていた。

2. 民間空港にジェット機導入
 昭和30年の中頃、民間空港にジェット機が導入されたが、同37年(1962)、日本音響学会の騒音委員会は、羽田東京国際空港周辺の騒音測定を実施している5)。これには大学、国立研究機関及び民間会社等の18の機関が参加してDC8の試験飛行を行い、15の地点において騒音レベル、騒音の時間パターン等の測定を実施した。これが民間機についての最初の測定である。ついで同39年、大阪空港にB滑走路が増設されジェット機が就航したため、急激に周辺地域に苦情が発生した。音響学会関西支部の関西騒音対策委員会(委員長大阪大学熊谷教授)は、昭和40年、空港周辺の騒音調査と平行して社会反応調査を実施し、それぞれ報告書を作成している6-a,b )。この中では航空機騒音暴露の指標として、英国で新しく提案されたNNIを用いて航空機騒音とうるささとの関係を報告している。一方、運輸省航空局も同年、大阪空港の騒音調査を日本電子測器に委託し、大阪大学の北村音一助教授が担当して測定を行っている7)。この測定は空港周辺における騒音の分布状態と学校内の騒音の実態調査、騒音の分析を中心としたもので、対象となった機種は、CV-880(ジェット機), DC-7C , DC-6B , F-27 , VISC , C-46等である。空港周辺におけるNNIコンターも作成されている。

3. ICAOの航空機騒音会議
3-1. 会議開催に到る経過:ジェット機が民間航空に就航した1950年代後半、欧米各国においても航空機騒音の対策が行われ、英国では1960年Committee on the Problem of Noiseを設定し、騒音全般、特にロンドンヒースロー空港周辺の航空機騒音に関する調査を行なって、"Wilson Report"(1963,1971)8)をまとめている。第1報では、空港周辺における騒音暴露量として、K.D.Kryterの提案によるPNL尺度を採用したNNI指標がはじめて提案され、ロンドンヒースロー空港周辺について、NNIによる騒音コンターが作成されている。第2報では、NNIにおける航空機の運航回数Nの寄与として、その対数の係数を15としているが、その妥当性について検討が行われた結果、航空機の運航状態によってこの係数が、4から24までも変化するということを報告している。米国においては、NASA , FAA及びNational Aircraft Abatement Councilが中心になって"Jet Aircraft Noise Panel"を設定し、"Allivation of Jet Aircraft Noise near Airport"を1966年に出版している。一方、国際民間航空連盟(ICAO)はジェット機の騒音が大きな社会間題になり、将来の航空交通の発展に大きな障害になることを憂慮し、まず1961年にはISOに対して航空機騒音の測定評価方法と測定単位について審議を依頼した。ISOは1962年から審議を開始し1966年"Procedure for describing Aircraft Noise around an Airport"をISOR No.879として発行した。これは後にISO R 1960 , 1961としてICAOに提出されたが、Second EditionではISO R 507(1970)となっている。一方ICAOは、1962年のロンドン会議において、航空機騒音問題について検討を行っているが、1966年に英国政府はロンドンで航空機騒音の国際会議を召集した。日本からも運輸省航空局国際課長寺井久美氏と森氏が出席して会議の報告9)をまとめている。この会議では航空機騒音の測定単位、騒音証明等について自由な討論が行われている。ついで1967年のICAO第5回航空会議においても引き続いて航空機騒音問題に対する対策が検討され、測定評価方法、Total Noise Exposureと土地利用、航空機の騒音軽減運航方式、航空機の騒音証明制度について審議を行い、1968年のICAOの総会においてこれらに関する騒音特別会議を1969年に開催することを決定した。一方フランスは航空機騒音証明制度を立案し、生産国である米英仏3ケ国で検討したうえ、1969年7月、日本を含む8ケ国がロンドンにおいて非公式の検討を加えている。これらの経緯については、日本航空、花輪氏の解説がある10)。ISOの音響に関する文書は、音響学会が審議を担当していたので、昭和42年、航空機航法委員会(委員長東大岡田教授)から筆者に対して、ISOの航空機騒音測定方法の説明を求められた。このような経過と筆者は航空審議会の臨時委員であった関係から、航空局の要請によってICAOの特別会議に出席することになった。

3-2. ICAO航空機験音特別会議の概要:会議は1969年11月から12月の22日間にわたりカナダのモントリオールにおいて世界29ケ国を召集して行われた。日本からは、東京航空局長寺井久美氏が政府代表、筆者が代表代理、航空局、石野康太郎氏、日本航空、川田和良氏が出席した。会議における討議項目は次の通りである。

 1.航空機騒音の表現と測定法
 2.飛行場周辺における航空機騒音に対する人の受忍限度
 3.騒音証明制度の確立
 4.航空機騒音軽減運航方式の設定基準
 5.土地利用計画
 6.地上試運転における騒音の低減

 会議の詳細は「ICAO航空機騒音特別会議」報告11)およびICAOの"Report of the special meeting on aircraft noise in the vlcinity of aerodromes."(1969)12)である。
 会議にあたっては、前以て各国から数多くのWorking Paperが提出されており、項目ごとにワーキンググループが結成されて審議が行われた。
 航空機騒音の測定方法:騒音証明に用いる単位として、ICAOはISOから提出されたPN dBに基づいたEPNLを提案した。これに賛成する諸国(日本を含む)と、一般騒音と同様にdB(A)にすべきであるというドイツ及び南アフリカとが対立したが、事務局の提案通りEPNLとして国際的に統一することになった。
 騒音証明制度の制定:各国とも証明制度に異論はなく、測定点、騒音の限度については一部修正(例えばフィートをメートルに修正)して採択された。騒音限度は離陸重量によってスライドするもので、試作機等の試験によって将来騒音の低減が可能であると確認されている資料に基づくものであるとされた。この騒音限度は後にPhase 2といわれるもので、1969年1月1日以後対空証明の申請が行われたバイパス比2以上のジェット機に適用されることになった。
 騒音の人体に与える影響:事務局の提案として、現在程度の騒音では人体に害を及ばしていると判断する証拠はないとしていたが、これには多くの反論があり、長期的な調査とWHO(国際保健機構)の結論を待つ必要があるということで合意された。
 航空機の騒音軽減方式、空港周辺の土地利用、地上で試運転する際の騒音低減方式:これらについては、できるだけ資料を集積して"Guidance Materia1"として発行することになった。このなかで土地利用に関する"騒音暴露指標"については、いくつかの国は既に特定の指標を採用しているので、今後新しく採用する国は、できる限りICAOの(W)ECPNLを用いるよう勧告するとともに、これと異なる米国のNEF,英国のNNI等からWECPNLへ変換する方法についても報告に含めることになった。なお土地利用の指標として夜間と日中を区別すべきであるという意見もあったが、夜間には10dBのぺナルティを設けているので、夜間運航するためには日中の運航を制限することとも関係があって、各空港の事情に応じて運用ができるように、一日を通じた指標とすることになった。また時間帯の分類についても各国の事情によって2分類または3分類を選択できるように提案することにした。
 その他、空港周辺の騒音対策として、日本から提出していた防音林に関するワーキングペーパーについては、防音壁の設置等を含めて各国が利用しやすい資料として発行することを事務局に要請することになった。また日本からの提案によって、騒音証明を受けた航空機に関する騒音の基礎資料を、製造国またはメーカーが作成し要求に応じて提供することを勧告することとした。一方、スウェーデンからは、土地利用の指標として、平均的な個人の騒音暴露量にその地域の人口を乗じた指標の提案があったが、空港計画には参考になるとしながらも採用されなかった。ICAOはこの会議の結果に基づいて、"Annex 16,to the Convention of International Civil Aviation"13)(1972)を発行している。
 この騒音会議における議題については、引き続いて結成されたCAN(Committee of Aircraft Noise)として1982年のCAN 7まで続けられたが、その後航空機の騒音に排出ガスも含めて審議する委員会CAEP(Committee on Aircraft Environmental Protection)に引き継がれている。この間、騒音証明の測定方法の改訂(滑走路測方における測定点の位置を滑走路中心より650mから450mに変更)やその後の技術開発に見合った騒音限度の強化を図るため、航空機のエンジンの数毎の新しい騒音限度(Phase3)の設定が行われたほか、プロペラ機、ヘリコプター等の騒音証明についても提案が行われている。

3−3. WECPNLとICAOの対応:ICAOは1969年、土地利用の指標としてWECPNLを提案したが、これは米国のNEFを参考にしたもので、その後米国においては、国内各部局で協議した結果、航空機以外の騒音との整合性をも考慮し、NEFについても夜間10dBの重みを加えた等価騒音レベルLdnに変更することにした14)。またWECPNLを採用した国は日本以外では2〜3ケ国(中国、イタリア等)に過ぎないことがわかった。さらに等価騒音レベルが国際的に採用される方向にあることを考慮してICAOは、土地利用に係る航空機騒音の測定には、航空機1機による騒音暴露LAEを基本とした等価騒音レベルに変更することとして、1985年のICAO Annex(付属書)からWECPNLの条項を削除した。この場合日本で使用しているWECPNLはICAO方式とは異なり、等価騒音レベルに定数13を加えた評価量に相当するので、この変更による支障はないとしている。最近、英国においても長い間使用していた航空機騒音の指標、NNIをLAeqに変更することになった。(1991)

4.参考文献
 1 鉄器並びに陸軍現用機爆音集(円盤)について、
   (小幡、笈田) 日本音響学会誌第5輯10号(1944) 2 伊丹飛行場付近の騒音調査報告
   大阪都市鱗音対策委員会 昭和28年6月
 3 基地騒音と防音(五十嵐)
   音響材料 4(1955) p.15
 4 防音実態調査研究会
   全国防音対策協議会 防音工事研究会
 5 東京国際空港周辺の航空機騒音調査報告
   日本音響学会 昭和37年3月
 6 関西都市騒音対策委員会:
   大阪空港周辺の航空機騒音調査報告書
  (a)第1報 航空機騒音調査(昭利40年5月)
  (b)第2報 空港周辺の社会調査(昭和40年11月)
 7 大阪空港周辺の航空機騒音調査報告
   運輸省航空局 昭和40年8月
 8 Wilson Report:
  (a)Noise(1963)
  (b)Aircraft Noise Annoyance around London Airpoft(1967)
   Her Majesty's Stationary Office
 9 航空機騒音ロンドン会議報告 1966 昭和41年
 10 ジェット旅客機騒音に対する国及び国際機関の活動
  花輪 誠一 昭和43年12月
 11 「ICAO航空機騒音特別会議」報告書 昭和44年
 12 ICAO:Special Meeting on Aircraft Noise in the Vicinity of Aerodromes. ICAO Doc. 8857(1969)
 13 ICAO Annex 16、Aircraft Noise.(1972)
 14 Federal Resisters / Vol.46.No.16 CFR Part 150
    Rules and Regulations  FAA(1981)

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