1985/3
No.8
1. いろいろな雛型 2. INTER NOISE 84 3. INTER NOISE84 音響インテンシティについて 4. INTER NOISE84 低周波音

5. INTER NOISE84 航空機騒音

6. パイナップル・レイン

7. 低周波音の実態について 8. 防滴型補聴器について 9.振動の基準について
       <研究紹介>
      ―低周波シリーズ3―

 低周波音の実態について

騒音振動研究室 落 合 博 明

1. はじめに
 近年、産業機械の大型化・高速化に伴い、それらの機械、構造物から発生する低周波音が新たな環境問題として注目されてきております。
 当所では、工場、交通機関、ダム等の主な発生源周辺、および住宅内、ビル内、乗物内、市街地、郊外など日常生活している様々な場所において、低周波音の実態がどのような状況であるかを調査してまいりました。ここではそのなかから、生活環境における低周波音について紹介いたします。

2. 生活空間における低周波音の音圧レベル分布
 発生源周辺および一般生活環境における各種の低周波音を計測し、場所の性格ごとに分類してまとめたのが図1です。建物・乗物の内部と外部に大別し、このうち外部については、市街地、郊外、自然(山、海、川)および発生源周辺として交通機関、工場周辺に分類しました。内部については、建物内、乗物内としました。図中の値は1/3オクターブバンド中心周波数で2〜80Hz(カットオフ周波数で1.8〜90Hz)のオールパス音圧レベルで、動特性SLOW、L50(但し衝撃性のものについてはLMAX)で整理したものです。

図1 生活空間における低周波音の音圧レベルの実態

 市街地では54〜90dB、これら地域の住宅内や病院内では最高80dB程度の音圧レベルが観測されました。また、ビル内部のボイラーや換気口の近傍や乗物内では90〜100dBを超えています。普段生活している空間でこのような音圧レベルの低周波音が存在するにもかかわらず、ほとんどの場合、その場に居る人はその存在すら気づかないようです。
 一方、工場、交通機関、ダム等の発生源周辺のうちの一部の地域で、苦情の発生しているところがあります。これらの場所におけるアンケート調査結果と対比してみますと、苦情の発生し始める音圧レベルはおよそ70dB前後で、一般の市街地や住宅内で観測される音圧レベルと大差ありません。このことは、オールパス音圧レベルとは別に、構成する周波数が大きく影響していると考えられます。

3. 生活空間における低周波音の周波数特性
(1) 家庭内の低周波音
 家庭内で観測される低周波音の発生源のうち、外部からのものをのぞけば、主なものとして換気扇や浴室のボイラーやバーナーなどがあります。図2にこれらの測定例を示しました。この例では、換気扇は1/3オクターブバンドで20Hzに、ガスバーナーは8〜40Hzおよび80Hzの帯域に卓越成分をもっています。このうち浴室のボイラーやバーナーは、型式、取付け状態、設置場所等によっては、周囲の家から苦情が発生することもあるようにきいています。

図2 低周波音の周波数特性:住宅内

(2) ビル等の建物内の低周波音
 ビル等の建物では低周波音の主な発生源として、ボイラー、コンプレッサー、換気口などがあげられます。図3に測定例を示しました。この例のうち、デパート屋上のペットショップでは、換気口からの低周波音によりオールパス音圧レベルが94dBで10Hzの帯域に卓越成分をもつ低周波音が観測され、傍のアルミサッシのガラス面が振動しているのが認められました。また食堂、喫茶店では空調により、食堂では31.5Hzの帯域に、地下街喫茶店では5〜6.3Hzの帯域を中心とした広い帯域に主要成分をもつ低周波音が観測されました。しかし、これらの場所に居る人はほとんどの場合、低周波音の存在に気がつきません。

図3 低周波音の周波数特性:ビル内等

(3) 乗物内の低周波音
 乗物内では、比較的高い音圧レベルの低周波音が観測されています。図4に測定例を示しました。

図4 低周波音の周波数特性:乗物内

 走行中の新幹線車内では8Hzの帯域に卓越成分をもつ低周波音が観測されました。バス車内の低周波音はディーゼルエンジンによるもので、20Hzの帯域に卓越成分をもっています。また、高速走行時の乗用車内では窓をやや開けた状態で車内が共鳴箱のような状態になることにより、16Hzの帯域に卓越成分をもつオールパス音圧レベルで116dBの低周波音が発生しています。

(4) 屋多の低周波音
 高架橋、クーリングタワー等、発生源近傍をのぞけば、市街地、郊外とも低周波数域に主要成分をもつものはあまりありませんでした。図5に市街地における測定例を示しました。

図5 低周波音の周波数特性:市街地(商業系)

(5) 苦情発生地域の低周波音
 低周波音による苦情の主な発生源としては、工場、道路橋、新幹線、航空機、ダム等があります。図6にそれら苦情発生源周辺の民家前における低周波音の測定例を示しました。周波数特性は低域に卓越成分をもつもの、中域にもつもの、中高域にもつものと様々で、低周波音の存在すら気づかない乗物内やビル内の発生源近傍における低周波音の周波数特性と顕著に変ったところはみられません。

図6 低周波音の周波数特性:苦情発生地域 (民家前)

4. 我国の低周波音問題の特徴
 諸外国においては、低周波音の問題は作業環境に関するものが主で、周波数範囲は20Hz以下で音圧レベルも100dBを超えるものを対象とした論議に限られているようです。一方、我国における低周波音問題を取扱っているレポートでは、周波数範囲も2〜80Hzで一般生活環境を対象としたものが少なくありません。したがって我国における低周波問題は、音圧レベルが諸外国に比べかなり低いところで論じられています。しかし、実際生活空間における低周波音の音圧レベル分布を調査してみると、屋外や乗物内、ビル内部などにおいて100dBを超えるような音圧レベルの低周波音が発生している場所において、その場所に居る人は低周波音の存在に気づかない場合がほとんどです。一例として同じ16Hzの帯域に卓越成分をもつ乗用車内(図4)と苦情発生地区C(図6)を比べてみると、乗用車内では110dBを超える音圧レベルが発生していても気にならないのに対し、苦情の発生しているC地区では80dB程度の音圧レベルで苦情が発生しているという数値的には説明しにくい課題が生じています。
 発生源周辺のアンケート調査結果によると、低周波音に関する苦情のうち、窓ガラスや戸、襖などのがたつきに関する苦情が圧倒的に多く、頭痛、吐き気、睡眠妨害、圧迫感といった苦情は少ないといった結果が得られています。また、これらの生理的、心理的苦情は、がたつきに関する苦情を伴うことが多いようです。従って、116dBの乗用車内ではその存在に気づかず、民家前で80dBの家屋内で苦情が発生している原因は、この「がたつき」にあるのではないかとも考えられます。
 低周波音による建具のがたつきに関する苦情は、我国特有のものといえます。我国では、構造上建具がゆれ易く、比較的低い音圧レベルの低周波音でもがたつきが発生し、それが苦情に結びつくケースも多いようです。また、発生源と民家が近接している場合も多いことも理由のひとつでしょう。低周波音による苦情は、建具のがたつきを止めることによって減少させることができるものと考えられます。

5. おわりに
 低周波音に関する環境問題を明確に把握するには、もっと多角的な調査・研究が必要であろうと考えます。騒音のひどいところでは、高い音圧レベルの低周波音の存在があったとしても、それに気付くことがない場合もあります。風もないのに建具が徴振動していることでそれが低周波音の存在を認識させて、間接的に影響を与える場合が少なくないようです。幸いにして人間の聴覚は低周波数領域ではきわめて鈍いので、世の中がこの程度のやかましさで済んでいるのでしょう。低周波領域まで人間の可聴能力が騒音と同じようであったとしたら、生活空間がさぞかしさわがしいことだと思います。

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