1985/3
No.8
1. いろいろな雛型 2. INTER NOISE 84 3. INTER NOISE84 音響インテンシティについて 4. INTER NOISE84 低周波音

5. INTER NOISE84 航空機騒音

6. パイナップル・レイン

7. 低周波音の実態について 8. 防滴型補聴器について 9.振動の基準について
     
 いろいろな雛形

当所理事 磯 部  孝

1. はしがき
 模型といってもいい。モデルといってもいい。雛形といったのは桃の節句があるこの月に因む所以である。
 昔使ったレフレックス・カメラという二眼レフのカメラには、写真機本体のレンズの上にもう一枚、等大のレンズがあって、フィルムの面にできる筈の実像と、大きさまでそっくりの実像がすりガラスにうつり、上から覗けるので、恰もフィルムに映ずる像を見ているつもりで、ピントを合わせ、絵の中の人物と呼吸を合わせてシャッターをきれば、全くその通りのみごとな写真ができ上がる仕掛けになっていた。このファインダーはまさにこの写真機の機能のよくできたモデルといってよく、実物の中に起こるものを、モデルの中に起こるものから知ることができる一例だと考えてよい。
 こういうふうに一つのものの様子から別のものの様子が手に取るようにわかるまた一つの例は、歯を治療するとき使うセメントが、割に早く固まる。治療をしてもらいながら見ていると、セメントの粉を溶剤と一緒に細長いガラス板の上で溶き、へらでこねて、その一部をとって歯に詰めたあと、固まるのを待つ。歯医者さんは固化の進み具合をみるのに歯へ詰めた物へじかにさわるようなことはない。ガラス板の上に溶いたセメントの残りをピンセットの先か何かで触ってみる。化学作用は、同時に溶いたセメントのどの部分でも同じ速さで進行するはずだから、どこへ触っても固化の進み具合は同じはずで、調べやすい部分の固化の様子から、調べにくい部分の固化の様子を知ることができる。これは化学作用の進行の雛形を作製して使ったのだといってわるくない。

2. ブランク・テスト
 この実験操作は何か一つ特定の条件の影響を調べたいとき、他の条件はすべて同じに保っておく。マイケル・ファラデーは、その当時、ガラスが製造後2、3年もするうちに紫色に着色するものがあった、どうも原因は日光に晒されたときの光の作用によるらしいというので、それを確めるための実験をした。着色しそうな種類のガラス板を何枚か選んできて、それのどの板も皆二つに、つまり半分に割って、おのおのの片方は黒い紙に包み日光に当てないようにし、もう一方は包まず太陽の光に晒されるままにした。温度など同じになるように図ったのはいうまでもない。そうして8ヶ月たった後一つづつをつき合わせてみた。結果は太陽の光に晒されないものの方にはほとんど色の変化がないのに、晒したものの方は変化し、これが初めに1枚の板だったかと疑われる程に着色が進行していたという。そういう報告がファラデーの全集の中にある。1枚の板を半分に割った片方は光の作用を受けない元の雛形にしてとってあったのだ。
 定量的な実験でも、影響を与える因子がいくつもあって、どれがどんなふうに効くのか一向にわからなくてもとにかく両方に同時に同じ作用が働くようにしたもの同士を比較して、両の差をとると、影響はいちいちきれいに消去されてしまって、片方にだけ与えてもう一方には与えなかった作用の影響だけが現われてくる、という方法は実験のテクニックとしては巧いといいたい。

3. それそのものこそ最良の雛形
 1920年代に、ランジュヴァンが初めて作った超音波パルス・エコーを利用した海底測深器を例としよう。これには超音波パルスの発信器の振動子として、数万Hzの平面波に近い音波を出すために直径が10pもある大きいものにしたく、同じ厚みに截ったたくさんの水晶片をモザイク状に並べて、それを2枚の厚い鋼の円板の間に挿み、サンドイッチの様に接着したものを用いた。その電気回路は驚くべく簡単であった。その振動子の2枚の円板を両極とし、これに振動子の弾性固有振動数に共振するLC電気回路をパラにつないだだけで、感応コイルに発生する二次高電圧のインパルスを別のコイルに流し、それに結合するこのLのコイルに共振電流を誘起させるものであった。こうして感応コイルの一次電流を切るたびに海中には強力な平面波状の超音波パルスが送り出された。次に海底から反射してくるエコーを捕まえる受信器が必要だが、それには何の用意もないのだ。というのは発信器の振動子と共振回路とがエコー波に完全に同調しているから、最も効率よく受信して電気振動を起こしてくれる。それを増巾し、オシロに導くだけでよい。つまり圧電気に正逆両効果があるのを利用して、発信器、受信器を兼用したわけであった。受信効率がよいことと、装置が著しく簡単化されたことは、それそのものを当の雛形として兼用したことの利であった。
 このごろ広く使われている天秤のさおは片側の腕しか使わない。物体をのせる皿は一つしかない。その代り分銅が初めから全部皿の側にかかっていて、他の腕にしかるべき一定の対重をかけてある。置換法ではかるのだから、左右の腕の長さが違っても少しも差つかえないし、その上感度がはかる物体の重さの大小によらない。これも兼用の利である。

4. 模型実験
 ときに、次のような演習問題を学生達に出したことがある。
「少年がまり投げをしている。これを毎秒72駒の高速撮影をして、そのフィルムを普通の映写速度毎秒24駒で、つまりの駒数で映写した。スクリーン上の映像で見るボールの運動は重力加速度が本当のgの何倍になったときの運動に見えるか」と。
 正解はである。映像の中での心理的な長さのスケールは、少年の背の高さを物差にして測るから、実の世界と変りはない。変るのは時間のスケールで、それが3倍に引伸ばされている。したがってずいぶんスローモーションに見え、見掛けの重力加速度もかなり小さくみえる。
 この問題を解く1人の学生は、と書いて、1秒に4.9m、その時間が3秒に引伸ばされて映るから、、と代数的において、、故にという答を手際よく出した。この学生は頭の中で、ボールをある高さから落下させてみるモデル実験をしたのに違いない。
 月表面上の重力加速度は地球上でのgの約である。したがって上の答のよりわずかに大きいくらいで、きっかり毎秒駒の高速撮影を地球上で行うと、月世界での拠物体の運動のフィルムを作ることができるかもしれない。
 何といっても、模型実験が本当に有効で且面白いのは、大きさの小さい模型についての実験から、大きい実物についての未知の事柄が知れてくることである。まだ航空工学発達の初期(1909年)、レイリー卿は英航空諮間委員会のレポートに動力学的相似則を適用することをすすめる、主な点は次のような覚書を寄せている。 「流体の流れの中に垂直におかれた平板に作用する圧力が、(板の寸法、流体の密度、速度、動粘度に関係するとして、幾何学的に形状の相似な板については)次元から見てという形になる。という1変数の関数で、この形を決めるのが実験である。ところではおよそに比例し、にほぼ関係のないことが既に知れている。もし本当にそうならは本当に一定でに無関係である。広範囲の実験の結果から、の関係を示す曲線をえがくがいい」というそんな趣旨の簡単なものであった。
 われわれにとってまことに幸いだったことは、がある程度以上大きくなると、流れの中で物体に働く抵抗、その他の力が本当にに比例することで、そのために風洞での模型実験が大きい成果をおさめたのであった。また工業で流量測定に使う構造が簡単なオリフィス流量計がかくも広く実用されるのは、レイノルズ数がある値以上に大きくなると流量係数が全く一定になってしまって、圧力差が流量の二乗に比例する関係が成立するためであった。
 我田引水のおそれあり恐縮であるが、戦時中にわれわれが行った、やはり流体の実験で、空気中から水中へ投擲したたまが水面で反跳する運動のメカニズムを、大学の実験室で小さな小銃弾を使って子細にしらべ、水面に対して角度僅か1度30分で投入しても反跳せず直真ぐ水中に侵入するたまの形が見つかったが、これと全く幾何学的に相似形で、寸法が15倍と22.5倍の砲弾を作って海岸べりで実射してもらった。それにまさしく同じ事実が観測され、自分の目を疑うような思いをしたことがあった。たまの直径を寸法の目安としたレイノルズ数にして106乃至107の範囲での現象であった。この辺では正確に抵抗や力のモーメントがに比例するらしい。
 こういう研究で大きい実物そのものを初めから用いて、すべてをそれでおし通そうとするなら、研究費用も、研究に要する時間も、研究者の労力も、実物と模型との寸法比の2乗とか3乗とかに比例する程かかるに違いなく、それではすまないで、実施が不可能なことの方がむしろ多いのではないかと思う。

5. 結び
 去年のこと、本研究所の研究室で音響伝播の模型実験の様子を大変興味深く見せていただいた。今回一文を草することになってそもそも模型とかモデルとかいうものにどんな効用があるかと思って綴っているうちにこんな一文になってしまった。雛形にはずいぶんいろいろな役に立つものがあるらしい。

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