2003/10
No.82
1. 制度と技術力・開発力 2. 鉄道騒音における高周波音の発生 3. 統一型遮音壁

4. euronoise 2003, Naples

5. 第19回ピエゾサロン
6. 第20回ピエゾサロン 7. 2ch小型FFT分析器 SA-78
        
 
第20回ピエゾサロン

顧 問 深 田 栄 一

 平成15年7月16日に小林理研会議室で第20回ピエゾサロンが開催された。広島大学総合科学部の桜井直樹教授“レーザードップラーを用いた果実軟化の物理測定と軟化過程の分子的プロセス”の題で講演された。果実の美味しさはその軟らかさや歯ごたえによるが、果実の粘弾性とその時間変化を音響振動の技術で測定することができるという興味深い講演であった。

広島大学 桜井直樹教授 講演

レーザードップラー振動計 (Laser Doppler Vibrometer, LDV)
 非破壊、非接触で測定を行うことが望ましいので、レーザードップラー振動計(Laser Doppler Vibrometer, LDV)という方法が用いられた。リンゴ、キウイ、トマト、西洋ナシ、メロンなどの果実を加振台の上に載せ、20Hz−3kHzの正弦波振動を与えた。果実表面の振動をレーザー光で測定し、その振動から加振台の振動を差し引いた(図1)。振動強度は振動数に対して5次ぐらいまでの共鳴を示した(図2)。1次の共鳴は下部の一部しか振動していないため、全体の振動に対応する2次の共鳴の振動数を用いて果実の弾性率を計算することができた。また共鳴曲線のひろがりの幅から粘性率を計算することもできた。従来の破壊法で測った弾性率とLDV法で得た弾性率の間には相関係数0.9以上のよい一致があった。

図1 レーザードップラー測定システム
 
図2 リンゴの振動スペクトル

 たとえば、キウイ果実の弾性率は収穫後約1週間で10分の1に減少する。しかし粘性率は2日後に約4割上昇してから減少する。キウイ果実の細胞壁の成分を抽出して分子量の時間変化を測ってみると、ヘミセルロース内のキシログリカンは次第に分解が進むが、ペクチンの分子量は2日後増加してから減少することが見られた。これらの変化が弾性率と粘性率の変化に対応すると推定された。

 山梨特産の西洋ナシ(ラフランス)は収穫後、低温で1ヶ月ほど貯蔵してから室温に戻すと、その後約1週間で果肉がとろけるような肉質に変化し(メルティングと呼ばれる)芳醇な香りとともにもっとも美味しくなる。しかしその時期は外観や手触りではまったく分からない。LDV法による弾性率と粘性率の測定もこのメルティングの推定には役立たなかった。

シャキシャキ感の音響学的測定法 (Acoustic Measurement of Crispness, AMC)
 食物を歯でかむとき、音や振動の感覚がある。これを定量化するひとつの方法として図3のような装置を考案した。ポンプでピストンを動かして、直径3mmのプローブを果実の中に1分間に約35mmの速度で押し込む。ピストンとプローブの間に圧電素子をはさみプローブの受ける音響信号を検出し、コンピューターに入力してフーリエ変換した。その結果は信号強度が0Hzから10kHzにかけて次第に減少する波形の曲線となったが、この曲線とベースライン(−140dB)の間の面積をAMC値と定義した。AMC値は広い振動数範囲の音の強度に対応すると考えられるが、ラフランスの硬度が高い時には、AMC値が大きく、メルティングが進むにつれて減少し最低値で一定になった。果肉の軟化につれて、プローブ貫入に伴う音の強度は減少するのである。

図3 AMC測定装置の概要

食味評価値と非破壊測定
 果実ラフランスの場合、破壊試験であるレオメーターで測った硬度は食味試験と高い相関があった。またやはり破壊試験であるAMC値も、シャキシャキ、硬い、ソフト、メルティング、過熟の5段階の食味評価値とよい相関が得られた。しかし、非破壊試験であるLDVで得られる弾性率は食味試験との相関が低かった。そこで第2共鳴振動数のデータだけでなく、5つの共鳴振動数全部のデータを組み合わせた解析を行うと、AMC値とよく対応する結果が得られた。

 したがって、食味評価値とLDVによる結果との間にもよい相関が得られた。現在、種々の果実で、その食味評価値をLDV法によって表現する可能性について研究が続いている。

 果物の食感のような身近な問題について、高度な測定技術と新しいアイディアで取り組まれた長年の研究成果であった。興味を持たれた多勢の聴衆から活発な質問があり、長時間にわたって議論が続いた。物質の動的粘弾性を音響周波数で非接触的に測定するレーザードップラー法は優れた方法であり新しい発展の可能性をもつ。食感の指標は、単一振動数での弾性率の強度ではなく広い振動数範囲の応答に対応するので、レオロジーでいう緩和スペクトルに対応するのかもしれない。

参考文献
 桜井直樹他、 New Food Industry 36, 67-79(1994)
 
桜井直樹他、日本バイオレオロジー学会誌9, 1-9(1995)

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