2003/10
No.82
1. 制度と技術力・開発力 2. 鉄道騒音における高周波音の発生 3. 統一型遮音壁

4. euronoise 2003, Naples

5. 第19回ピエゾサロン
6. 第20回ピエゾサロン 7. 2ch小型FFT分析器 SA-78
      
 
第19回ピエゾサロン

顧 問 深 田 栄 一

 平成15年2月7日に小林理研会議室で第19回ピエゾサロンを開催した。東京理科大学理学部の古川猛夫教授による“フッ化ビニリデン共重合体超薄膜の構造と強誘電特性”の講演が行われた。

東京理科大学 古川猛夫教授 講演

ポリフッ化ビニリデン(PVDF)の圧電性
 1969年河合平司博士によりポリフッ化ビニリデン(PVDF)の延伸分極膜に高い圧電性が発見された。この圧電性が、エレクトレットのように空間電荷の分極に起因するのか、永久双極子の回転によるのか議論が分かれた。言い換えると、PVDFは強誘電性をもつのかという疑問であった。1980年に古川教授は-100℃という空間電荷が動くことの出来ない低温度で、電気変位と電界の間にヒステレシスを観測し、双極子が回転していることを証明した。しかし、PVDFでは強誘電体の特徴であるキュリー温度を観測することは出来なかった。

フッ化ビニリデン・三フッ化エチレン(VDF/TrFE)共重合体の強誘電性
 1980年にダイキンの八木俊治博士はフッ化ビニリデン・三フッ化エチレン(VDF/TrFE)共重合体の分極膜の誘電率と圧電率が約80℃で極大値を持つことを観測した。キュリー温度の存在が確認されたのである。VDF/TrFE共重合体の相転移温度と成分比の関係を図に示す。VDF/TrFEの成分比が50/50の場合、低温から温度を上げていくと、約30℃までは強誘電相、30〜70℃では反強誘電相、70〜160℃では常誘電相、それより高温では溶融する。強誘電相から常誘電相に変化する温度がキュリー温度である。TrFEの成分のないPVDFでは強誘電相から直接溶融相に転移するため、キュリー温度が観測されなかったのである。

VDF/TrFE共重合体の相図

高分子強誘電体の誕生
 セルロースやコラーゲンなどの生体高分子の圧電性は、水晶やロッセル塩のように結晶の対称性によるものでそれらは強誘電体ではない。しかしチタン酸バリウム結晶やチタン酸鉛セラミックは圧電性をもつ強誘電体である。強誘電体の特徴は電界によって分極が反転することである。PVDFとその共重合体では分子鎖にあるCF2などの双極子が回転することによって分極反転が起こる。古川教授は、交流電界下でのヒステレシス、スイッチングによる分極反転、キュリー点での誘電異常、非線形誘電スペクトル、転移エントロピーなどの実験と理論によって高分子強誘電体の存在を確立することに成功した。

VDF/TrFE超薄膜
 セラミック強誘電体の重要な応用の1つに薄膜メモリーがある。したがって高分子強誘電体の超薄膜の構造と特性が注目される。VDF/TrFE共重合体をDMFやMEKの有機溶媒にとかした溶液をガラス基板上にスピンコートすると、厚さ10〜500nmの薄膜が得られる。厚さ1μm以上の厚膜と同様に、ヒステレシスや分極反転、キュリー温度などが観測された。誘電温度スペクトルと薄膜の厚さの関係から、電極との界面には約4nmの厚さの表面層が存在することが見出された。この表面層は非強誘電性であり、ガラス温度で弱い誘電緩和を示す。表面層の存在および空間電荷のために、分極反転のスイッチング時間は1μs程度になり厚膜に比べて一桁ほど遅くなる。また疲労試験では2周波電場の印加回数が104サイクルを超えると反転分極量が減少し始める。反転回数が増えるとともに、表面層が成長し内部の不均一化が起こる。原子間力顕微鏡(AFM)を用いて薄膜の表面を観察すると、棒状あるいは粒状の50〜100nmの結晶粒が観察された。表面層の構造は今後の課題であろう。

 古川教授の研究は、周到な実験結果と明確な理論解析の美しさで知られているが、今回の講演もポリフッ化ビニリデンとその共重合体について、基礎的解説と最近の超薄膜の研究についてのよく整理された明確な講演であった。続いて多くの質問や討論があった。

参考文献
 T.Furukawa, Phase Transitions 18, 143 (1989)
 
T.Furukawa, S.Sakai and Y.Takahashi, Mat.Res.Soc.Proc. 698,71(2002)

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