1986/10
No.14
1. Presentations from JAPAN are hight grade and superior! 2. 障壁上端部付近の熱が回折減衰に与える影響 3. INTER NOISE '86と12th ICA 4. 航空機騒音(インターノイズ'86)

5. 屋外における騒音伝搬

6. 振動に対する生体反応(ICA)

7. ICAのTechnical Tour 8. MITにおける音響研究 9. 聴覚育成と聴能訓練器
       <技術報告>
 聴覚の育成と聴能訓練器

リオン(株)聴能技術部 丸 竹 洋 三

はじめに
 リオンの聴能技術部に、聴能訓練器の研究開発グループが発足して以来、10年余りになる。当初、聴能訓練器専門に取組めば何かできると、期待を持たれてのスタートであったが、今なお、どういうものが聴能教育に役立つかを模索し続けているという現実である。
 この間、我々は、「聴覚障害児教育において、残存聴力の活用は、言語獲得に益することは基より、聴能教育の効果をあげる最も有効な手段である」ことを知った。そして、従来の聴能訓練器といわれるものは、残存聴力を活用するために必要な「音をきく」のに難点があり、また、集団補聴器や個人補聴器の音にも欠点が多く、不充分であることが明らかとなった。
 今回は、聴覚の育成に関連する我々の研究と、新しく開発した、聴能教育訓練に欠かすことのできない、フラットループ式集団補聴器について報告し、聴能教育に興味をいだく方々の御意見を頂き、御指導をあおぐ資料としたい。そして、本来の目的である新しい聴能訓練器の開発と、製品化に役立てたいと考えるものである。

個人補聴器と集団補聴器
 集団補聴器は、聴能訓練器とも呼ばれるが、これは間違いで、最近の集団補聴器は、ろう学校や難聴学級の聴能訓練の際使う補聴器というのが正しい。昔は、集団補聴器も個人補聴器と同じで、日常会話を支障なくできるようにすることを目的に、ただ音を大きくするだけのアンプであった。その後、個人補聴器は、長い歳月を要したが、今日の進歩向上著しいものがあり、ようやく利用者から認められるものとなった。
 だからといって、個人補聴器が、聴能訓練に有効とは限らない。個人補聴器は、話者との距離が少しはなれたり、ちょっと騒々しい所では、明瞭さが低下し、補聴器としての機能を果さなくなるからである。従って、教師と生徒、あるいは母親と子どもが、対面して行うものは別として、一般に、個人補聴器は聴能教育訓練には、あまり役に立たないというわけである。

写真1 ろう学校の幼稚部

聴能教育訓練
 補聴器は補聴力器であって、聴補覚器ではないといわれる。補聴器は、聴力を補うことを目的とする中途失聴の場合には有効であっても、聴覚障害児の、聴能発達にはつながらないという意味で、至極当然なことである。
 聴能教育では、聴力を補うことによって、ただ、きこえるようにするだけでなく、障害児自身が、音というものをはっきりと認識し、更に音を活用できるようになることが重要である。つまり、言語をはじめ、社会音、音楽など、健聴者と同じ様に聴覚を養い、育成しなければならない。
 我々が、全国のろう学校、難聴学級を訪れると、「何か新しい聴能訓練器はできないか」と要望がでる。しかし、今日現在、難聴児教育に対して、真に有効と思われる聴能訓練器は見当らない。
 聴力正常者は、特別な訓練なしに言語が発達し、聴覚が育成されるのに対して、難聴児は、生まれた時から補聴器を装用しても、正常な言語発達をみないことはいうまでもない。理由は、正常耳と難聴耳が得る音声情報の質や量の違いによるものである。
 難聴児は、従来の訓練(器)によって、多くのことばをおぼえることができるかも知れない。しかし、例えば、健聴児なら、「雨が、降ってきた」、「部屋が暗い」といえば、「洗たくものを取込む」、「電灯をつける」ことができるようになるが、難聴児は、そうはいかない。聴覚育成の差である。
 次に音質についていえば、補聴器の音は、明瞭度をあげようと、周波数特性に重点をおいているため、聴覚発達に必要なものが欠けて、弾力性がなく、無味乾燥である。これでは、ことばに不自由しなくとも、海や山の音をききわけ、音楽を楽しむようにならないことは当然である。
 我々は、このようなことを知って、難聴児のための新しい補聴システムの必要性を痛感し、フラットループ式集団補聴器を開発したものである。

新しい補聴システム
 個人補聴器は、きき方として、相手の声をマイクロホンでひろってきく方法と、音声磁波に変えて誘導コイル(テレホンコイル)できく方法があり、このふたつを選択するか、または、同時にきこえるようになっている。しかし、補聴器といえば、通常、マイクロホンの方であり、誘導コイルによってききとることは、従来、テレホンコイルと呼ばれ、電話をかける時のものであったせいか、あまり知られていないし、全く重要視されていなかった。
 しかし、個人補聴器の誘導コイルを利用し、磁気結合によって音声をききとる方法は、簡単で、しかも、ワイヤレスになることから、学校教育の場で見直され、ループ式集団補聴器として全国のろう学校に普及した。そして、難聴児に言葉だけでなく、レコードやテープレコーダのいろいろな音をきかせて、聴能教育に大いに貢献してきた。
 このループ式集団補聴器も、先に述べたような「新しい補聴システム」とするには、大きな欠点があった。「教室どうしの混信」と、きく場所によって、補聴器の音量が大きく変化し、「音が悪い」ことであった。
 これらの欠点を解消し、新しい補聴システムとして利用できるように改良、製品化したものが、フラットループ式集団補聴器である。

フラットループ式集団補聴器
 フラットループ式集団補聴器は、従来のループコイルの部分を改良し、互いに、90度だけ信号電流の位相の異なる一対のループコイルを、教室の床面に敷くことにより、欠点を大幅に解消した。これによって、教室の床面から一定の高さ(個人補聴器の位置で通常0.5〜1m)における、垂直方向の磁界の強さの変動を少くし、実用上、補聴器の音量変化を感じなくした。
 フラットループの特長は、「教室どうしの混信がない」「音がいい」のふたつである。しかし、利用者からみれば当然のはなしで、従来のものがおかしいというべきではなかろうか。
 1979年以後、全国のろう学校の集団補聴器は、順次、フラットループに変わりつつあり、非常な好評を得ている。このようにして、フラットループ式集団補聴器は、難聴児の聴能訓練に欠かすことのできない補聴システムのひとつとなった。

むすび
 フラットループ式集団補聴器によって、聴覚の育成に必要な音を、難聴児に与えることは、容易になった。しかし、どんな音がいいかは、まだわかっていない。これは、我々が、早急に明らかにしなければならない課題である。
 一方、ひとによっては、難聴児に言葉以外の音を理解させるのは無理なはなしで、意味がないとする考えもある。しかし、健聴児と何ら変わらないような聴覚の発達した難聴児をみかける。きいてみると、教師や母親による、幼時期からの熱心な指導(聴能訓練)の賜物である。たまたま成功したのかも知れないが、いずれにせよ、これは、聴能訓練によって、難聴児の聴覚を育成する方法があることを示唆しているものと思われる。
 我々は、今後さらに研究をすすめ、真の聴能訓練器を開発し、製品化を目指すものである。

写真2 フラットループ式集団補聴器

-先頭へ戻る-