1986/10
No.14
1. Presentations from JAPAN are hight grade and superior! 2. 障壁上端部付近の熱が回折減衰に与える影響 3. INTER NOISE '86と12th ICA 4. 航空機騒音(インターノイズ'86)

5. 屋外における騒音伝搬

6. 振動に対する生体反応(ICA)

7. ICAのTechnical Tour 8. MITにおける音響研究 9. 聴覚育成と聴能訓練器
       <研究紹介>
 障壁上端部付近の熱勾配が音の回折減衰に与える影響

建築音響研究室 金 沢 純 一

1. はじめに
 工場騒音や道路交通騒音の対策によく防音塀が用いられますが、障壁の防音効果については、これまでに多くの研究報告があり、各種の回折減衰値の予測方法が提案されています。このうち、取扱いが比較的容易で、実用的に広い範囲で予測値と実際の値がよく一致するものとして、神戸大学の前川先生による減衰値(図1)が多く使用されています。道路交通騒音の予測における回折減衰値αdや、代表周波数を用いた回折減衰値などもこの実験値が元になっています。これらの減衰値は、均質で流れのない媒質内での回折減衰を対象にしたものですが、実際の障壁の減音効果は、障壁近傍の気流の状態や温度分布などにも関係して変化すると考えられます。今回の実験は、障壁の先端付近に大きな温度勾配がある場合、これが障壁の回折減衰にどのような影響を与えるかをとらえようとして行ったものです。
 ここで記述する内容は、先日、神戸市の神戸国際会議場で行われた、日本騒音制御工学会技術発表会で発表したものの一部です。

図-1 障壁の回折減衰値(騒音振動対策ハンドブック)
2. 実験の方法
 実験は図2に示すような簡単な装置を使用して行いました。不規則性の音を発生する点音源からの音をコンデンサマイクロホンで検出し、実時間周波数分析器で1/3オクターブバンド周波数分析しています。音源と受音点の中間に、薄い障壁を設置し、この上端に熱勾配を生じさせるために、内部に岩綿を敷いた細いアルミチャネルを取り付けました。このままの状態だと、障壁の減音効果は、アルミチャネルの幅が多少は影響するものの、図1における薄い塀の回折減衰値と同程度と考えられます。ただし、回折角φが大きくなると、この図の回折減衰値が実験と合わなくなるので、90°以内とする必要があります。今回の実験では、これに音源の指向性(図3)の影響も関係するため、回折角は±6°以内としました。
図-2 測定系列
 
図-3 点音源の放射特性[無響室内、音源から200cm離れた地点の音圧]

 使用した実験室は半無響室の床を吸音性にしたもので、1KHz以上の周波数、音源から1.5m以内の距離で、ほぼ自由音場に近似できる距離減衰特性を得ることができます。
 アルミチャネル内に均一にアセトン等の有機溶媒を撤き、火をつけると、短時間ですが、薄く高さがほぼ一定した炎を得ることができます。(写真1)20ccのアセトンを使用したときの温度変化と温度分布は図4、5のようになります。着火後15〜17秒後から炎が急に大きくなり、高さ20〜25cmの状態が20秒くらい続きますが、このときの障壁先端部付近の温度勾配は、1cm当り300℃以上と非常に大きく、また、最大温度が100℃になる領域は、チャネル上約60cm、幅は1cmと、かなり細長い形になっています。

写真1 アルミチャンネルとアセトン
燃焼時の炎(着火後30秒)
 
図-4 着火後の温度変化
 
図-5 最大温度の分布
[単位:℃, 室温:29〜31℃]

 音源から音を発生させた状態で着火した場合、図6のように、着火直後から、受音点の音圧レベルが激しく変動し、着火前より平均的なレベルが上昇したり、下降したりします。この場合、音圧を高くしすぎると、炎が乱されて図7のように、音圧による実験結果の違いが生じるので、注意する必要があります。ここでは音圧の違いによる偏差があまり問題にならない値として、障壁上端で97dBの音圧を用いました。

図-6 レベル記録[1/3オクターブバンド音圧レベル,
音源位置S=(-40,30cm)]
[障壁はアルミ板のみ]

 
図-7 入射音圧が変化したときの着火前後の音圧レベル差の違い
3. 実験の結果
 図8は、障壁のないとき、及び障壁の吸音状態をいくつか変えて、着火前後の1/3オクターブバンド音圧レベル(時定数10秒で分析)を求めたものですが、8KHz以下の周波数領域では、ほとんど着火前後の違いが見られないのに対し、10KHz以上では周波数が高くなるとともに大きな変化が生じています。この変化を音圧レベルの差で表したものが図9です。低い周波数より高い周波数の変化が大きいことや、障壁の吸音状態によって多少の違いがあることは図8と同様ですが、音源が障壁の影になるような地点では、ほとんどの場合着火前より音圧レベルが上昇し、音源が見通せるような地点では、多くの場合音圧レベルが低下しています。また、図には示してありませんが、回折角の大きさが小さくなるほど、この変化が小さくなる傾向がみられます。このことから、障壁上部の熱勾配の影響についても、障壁の回折減衰量の場合と同様に、フレネル数と音圧レベル差の関係で、結果を整理する方法が考えられます。図10に一例を示しましたが、着火前は図1に示した薄い塀の回折減音量(図10の実線)とよく合うのに対し、着火後の値はバラツキが大きく、フレネル数を変数にしただけでは、うまくレベル差を表すことはできないようです。
図-8 音圧レベル
 
図-9 着火前との音圧レベル差
 
図-10 フレネル数と減音量

4. まとめ
 障壁上端部に熱勾配を有する場合の、障壁の回折に与える影響について簡易な実験によって検討を試みました。
 ここで現れた音圧レベル変化が、どんな原因によって生じているかが問題になりますが、 (イ)障壁の回折減音量が温度勾配によって変化する、(ロ)有機溶媒の燃焼により空気の組成が変化するため、(ハ)温度変化により密度や音速が変化するため、の3とおりが考えられます。(イ)については、図1において、回折角ゼロ付近で、行路差のわずかな変化が大きな回折減衰量の変化を生じるのに対し、今回の実験では、回折角ゼロ付近で最も着火前後の変化が少ないので、それほど大きな要因にはないと考えられます。(ロ)と(ハ)については、今回の実験データだけでは分離して考えることはできませんが、どちらも密度変化や音速変化が音の伝搬に影響を与える点では一致しており、障壁上部の空気が音響レンズのような役割を果たして、音圧レベルを変化させるものと考えられます。
 ここで行った実験は、実験室内で小さな熱源を使って行ったもので、障壁近くの限られた地点で、かなり高い周波数領域だけしか変化が見られませんが、現実の熱処理工場の排気口などでは、熱い空気が大量に放出されることも少なくありません。このような排気口が防音塀のそばに設置された場合には、かなり低い周波数にまで変化を与えることが考えられ、また、影響範囲も広く、防音塀の性能を十分発揮できない場合もあることが心配されます。
 これらの問題については、今後、より定量的な取扱いをすすめながら、詳しい検討を行うことが必要と思われます。

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