1987/1
No.15
1. アマゾンで出会った蝉の大合唱のことなど 2. 古文書「ヘルムホルツ著 音感覚」の発見 3. 2-マイクロホン法を用いた低周波数領域における吸音率測定 4. 温度補償型加速度ピックアップ材料の開発

5. カナダにおける航空機騒音モニタリングシステム

       
 アマゾンで出合った蝉の大合唱のことなど

理 事 向 坊  隆

 一昨年の八月、私はブラジルでの会議に出た帰路、アマゾン河の秘境を訪ねる機会を得た。サン・パウロからジェット機で約2時間で、アマゾンの河口から約1,500km上流にあるマナウスに着く。アマゾン河では河口近くのベレンとマナウスの二個所だけが大きな街になっている。マナウスは天然ゴムの全盛時代に栄えたポルトガル風の都会で、オペラハウスを始め、当時の建物がいくつか残っているが、今は都会とはいえないかも知れない。しかし、河沿いに拓け、道路も整っていて、静かで美しい街である。

 マナウスには足かけ四日間滞在し、アマゾンの自然を保存し、研究するための国立研究所を訪ねたり、観光船に乗ったりして楽しく過すことが出来た。色々と珍しい動植物を見ることも出来たが、何といっても最も印象の深かったのは小舟による密林の探勝であった。マナウスの波止場を出る時は数百人乗りの大きな船であるが、河岸の奥深く続く密林に入るにつれ、小型の船に移り、最後は数人乗りの小舟になる。密林の大木はマングローブだと思われるが、樹木の種類も多く、アカシアに似ているが黄色い花を一杯につけた木も多く、樹木の好きな私には誠に楽しかった。密林に入って行くと、それこそ昼なお暗いと形容出来る程に繁っていて、20種類もいるという大小の猿が木の枝を飛び移り、各種の鳥と共に時々奇声を発するのも面白い。暫くして私は、森全体が一種の音響に包まれているのに気がついた。よく聞いて見ると、それは蝉の声である。多数の蝉が広い密林の中で鳴いているので、個々の声でなく全体として音響として聞えるらしい。時々高い奇声を発する烏の声に対して、その音響は一種のバック・グランドとなっているのである。

 八月と言えば南半球は当然冬であるが、アマゾン地帯は暑く湿気の高いことは日本の夏以上である。それを予想して私は、蚊やその他の虫に刺されることを警戒して蚊取線香や虫よけスプレーなどを持参した。ところが、ホテルでも密林でも、はえも蚊も全くいない。しかも不思議なことに、アマゾン特有の美しい蝶蝉はいるのである。理由はよく分らないが、蚊やはえなどが卵となって活動しない季節が、蝶や蝉とずれているのかも知れない。観光客には誠に幸なことである。暑さや湿気は一年中余り変らないらしいが、もし、訪ねるならば是非、南半球の冬にされることをおすすめしたい。

 ブラジルでもう一つ印象深い音を聞いたのは、アマゾンとは逆に南の端、アルゼンチンとの国境にある有名なイグアスの滝を訪ねた時である。ナイアガラ及びアフリカのビクトリアと並んでイグアスは世界の三大爆布に数えられ、それぞれの国で自分のところのが世界一と称しているそうである。イグアスはサン・パウロから南にジェット機で約1時間のところにあり、水が茶色なのが一寸気になるが、その雄大さはナイアガラに劣らない。滝の大きさは何で比較するのか知らないが、イグアスは巾が極めて広く、変化に富んでいる点でナイアガラとは対照的である。河はアルゼンチンとブラジルの国境を流れており、われわれはブラジル側を河に沿って歩きながら眺めたのであるが、滝の巾が広いから、かなりの距離にわたって変化のある眺めを楽しむ事が出来る。その間に聞えてくる音は、アマゾンの密林で聞いた蝉の合唱とはまた対照的に違った雄壮なものであった。

 ブラジルについては得るべきことも多いが、ここでは、他では容易に聞くことの出来ない二つのスケールの大きな音のことについて印象を述べた次第である。

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