1987/4
No.16
1. 吸音材科学の枠組 2. 最近の米国の騒音環境 3. JIS B4900-1986とISO 5349-1986 4. 地震時列車制御用地震計 5. 米国航空局の空港周辺土地利用計画書
   
 吸音材科学の枠組

理 事 牧 田 康 雄

 多孔質材料の吸音機構を解明するため、レーレー卿がいわゆる“レーレー・モデル”による研究を発表してから今年で100年余になる。その間に理論的あるいは実験的に多くの研究が積み重ねられ、これらの知識にもとづき開発された吸音材料が今日残響調整に、騒音制御に実用されている。
 ポアンカレは「科学と仮説」のなかで、科学者のなすべきこととして、自然の事実に秩序をつけること、殊に事実を予見することを挙げ、次のようにいっている。
 “人が事実を用いて科学を作るのは石を用いて家を造るようなものである。事実の集積が科学でないことは石の集積が家でないのと同様である”と。
 吸音材料の学問は純粋の科学ではなく、これを応用する技術学でもある。応用科学についてもポアンカレのこの言葉はもちろん当て嵌るだろう。
 論文・著書をみると、関係知識の体系の枠組は、1950年代に補完を要する箇所、整合性のよくない箇所を含みながらも大体固ったように思われる。その後の多くの研究によって、その体系は大いに整備修正されてはいるもの、現在なおそれらのいくつかは残されている。
 ここに枠組を概観してみると、5つのセクションからなっている。第1セクションは最も中心的なセクションで平面吸音材料を取扱う部門で4つの棟からなっている。第1棟は音場との相互作用を取扱う総論的なところ、第2棟は多孔質材料、第3棟は板(膜)材料、第4棟は複合構造体からなっている。第2セクションは吸音体、第3セクションは単一レゾネータ、第4セクションは材料各論、第5セクションは測定法測定機器を扱う。各セクション、殊に第1セクションは内部の詳細枠組を述べなければ吸音材料の知識の体系をみたことにならないが、これは第1線の研究者の方々にお願いして、ここではちなみに最も規模の小さい第3セクション(単一レゾネータ関係)の状況について概観してみよう。
 中世末期の北欧の教会で壁に埋め込まれた壺が見付かっている。教会堂の低音吸収に使われたといわれているがその詳細は判っていない。日本でも能舞台の床下に大きな甕を配置して足拍子の音を調整したといわれている。能楽堂の形式が整ったのは桃山時代とみられているから15世紀末で大体同じ時期である。近代科学黎明期以前のことであるから、いずれも経験的知恵から工夫されたものだろう。
 われわれが音響の諸教科書で学ぶルゾネータの吸音作用は進行波音場か半空間音場でのレゾネータの作用であって、室内に装備したレゾネータの現象、効果はよく説明できなかった。単一レゾネータの共鳴振動と室の低音域の孤立した規準振動との連成振動の減衰効果として、その作用を始めて扱ったのは1960年になってオランダのLeeuwenであった。しかし彼の取扱方法は電気的等価回路によるものであった。もっと物理的に直接、明証的に室内音場の波動方程式と単一レゾネータの頸部空気柱の振動方程式とから、これらを解明しようとしたのは、極く最近1980年、英国のFahyらであった。しかしこれをよく検討して、もう少し補完をしないと現象がよく説明されない点を残している。
 吸音材料の比較的小さい分野ではあるが、それでも体系が完結されるまでには多くの研究者の協力を必要としている。
 われわれは関係している仕事の分野の体系とか枠組をめったに改めて考えない。定期的に隣接分野との関係において、これを見直すと、仕事の発展のため示唆されることが多いのではないかと思う。

-先頭へ戻る-