1987/4
No.16
1. 吸音材科学の枠組 2. 最近の米国の騒音環境 3. JIS B4900-1986とISO 5349-1986 4. 地震時列車制御用地震計 5. 米国航空局の空港周辺土地利用計画書
       
 JIS B4900
-1986とISO 5349 -1986
     ―手持動力工具の振動に関連して―

時 田 保 夫

はじめに
 いわゆる振動工具と称する手持ち式の動力工具の代表的なものとしては、さく岩機、チェンソー、コンクリートブレーカー、タイタンパーなどがあり、かつてはのみや鎚、鋸、つるはしなどの道具を使って手で行っていた作業が、空気圧や電力または小型エンジンなどを使って能率良く行なえるようになったのは周知の通りである。さく岩機やチェンソーが外国で開発されて我が国に導入されたのは明治時代だそうであるが、大量に使われだしたのは第二次世界大戦後の産業復興期からである。

 作業によって手に振動が加わると、いわゆる振動障害といわれるしびれ、白指、関節や筋肉のいたみなどの症状があらわれることは知られており、レイノー現象(自指現象)という言葉も耳なれて来ている。

 振動障害防除の施策として、一つには、同じ仕事をするにしても、手に伝わる振動の小さな工具の使用があり、一方では振動暴露時間の制限や、防具の使用など作業者側への作業管理が強く押し出されて来ている。これは工具の振動が手を通して人体に伝わり、その結果として障害が生ずるのであるが、その振動量と、作業者の障害との量一反応の関係は、測定量や測定方法がきまれば、統計的にはっきりしてくると考えられている。この関連を明確にする作業の一環として、我が国においては、工具の振動を測定する計測器としてJIS C 1511「手持工具用振動レベル計」(1979)が制定されており、工具の振動量の測定方法として今年JIS B 4900「手持動力工具の工具振動レベル測定方法」(1986)が制定された。又ISOでは、「手に伝達する振動暴露の測定と評価のガイドライン」というISO 5349を制定した。これらの内容の一部は学会誌などにも解説されてはいるが、筆者が日頃振動障害に関連して考えていることなどを含めて簡単に解説をする。

 米国の音響学会や、国際音響学会議において、最近、「Biological Response to Vibration」というsessionが出来て、活発に作業環境に於ける振動障害に関する課題が討議されるようになってきた。Responceという中には、振動計測量との関連において評価をするという意味が含まれており、計測方法はいろいろな意味で基本となる研究テーマである。手腕系に加わる振動の測定や評価に関しては、我が国では日本産業衛生学会が医学関係者を中心に活発な活動をしている。機械学会はISO TC 108(機械振動・衝撃に関する委員会)の審議機関として活動しており、人体に関する振動関係(WG4)は、国枝主査(IHI)、三輪幹事(労働省)を中心に審議している。日本音響学会や日本騒音制御工学会では、理工系の研究者を中心に、計測や評価についての発表が行なわれている。それぞれの部門で行なわれている調査や研究は、時には国(労働省)の主導で委員会が構成され、行政に反映されるような課題を検討し一歩づつ前進させて来ている。しかし、この振動の量―反応の課題についてはまだまだ多くの解決すべき点があるので、現在は衆知を結集したいところである。

JIS B 4900の内容
 手腕系の振動障害防止の基本として、工具の振動測定方法を統一し、その計測量をもとに手持工具の選定、改善、作業管理などが行なわれ得るように規格が作られた、これに使う振動計測器は、騒音計や振動レベル計と同じように、周波数加重特性を与えたレベル指示器で、計測量は振動加速度実効値で、表示されるものは工具振動レベルという。

 この規格の中で特筆すべきことは次の2点である。

1. 等価工具振動レベルの測定
 これまで振動レベルの測定方法として主に公害振動や全身振動を対象にJIS Z 8735-1981があるが、その中には等価レベル()の計測という考え方は入っていなかった。JIS Z 8731「騒音レベル測定方法」が1983年に大改正された折に登場したのが等価騒音レベル()である。今回工具振動レベルの測定値として等価工具振動レベルを導入したことは画期的なことで、その根本には振動ばく露量の積算値を重視するという考え方がある。

 次式に従って、実測時間t1〜t2にわたって周波数補正を行った振動加速度実効値(a(t))を自乗積分して、(t2−t1)で平均して求める。

 又ある時間、等しい時間間隔でサンプリングしたnヶの各レベル値をLiとして、nヶの工具振動レベル値から次式ででも算定できる。

 但し、時間々隔や測定時間には制限がある。

 また上記のの量記号は、今迄振動加速度レベルをVAL、振動レベルをVLと習慣で使っていた人達には奇異に見えるであろうし、この記号をきめるにあたってISOとの整合性を考慮はしたが同意を得ているものではないので、使用にあたっては注意を要する。この記号をきめた考え方は、

1)レベルを表示するのでLを前に出す。
2)振動を示すのでvを添字につける。
3)局所振動はh、全身振動は省略する。
4)加速度はa、速度はV、
5)方向(X, Y, Z)、
6)等価レベルの場合はLeq、時間は必要に応じて付けるという順序を考えてきめてある。一般に浸み亘るのには時間がかかることであろう。

2. 振動ピックアップはハンドルに取付ける。
 工具振動レベル計の規格では、振動ピックアップは直接又は固定金具で強固に工具に取り付けられる構造とのみ規定して、工具の種類ごとには規定をしていなかったが、この規格で相当具体的な位置と方向を規定している。

 後述のISO 5349では、人間の手に入る振動ということで、振動の三軸方向と原点は手に置いてあるが、このJISでは実際に使い難い方向を規定するよりも、機械に軸を置くように考えている。この点は、現実に作業をする場合を想定しても、はるかにISOよりも実用性がある。ただし、あく迄も測定されるものは、工具の振動であり、手に入った振動量の計測ではない。

 ISOでは、適正な振動ばく露量の測定方法をきめて、ばく露量と障害との関係を提示できるように、DIS 5349を1979年に出している。その後幾度かの変遷があって、昨年(1986)ISO 5349が出てきた。

 手持工具の振動測定と評価のガイドとして、1979年にDIS 5349が出た時には、加速度−周波数のチャートでオクターブバンド中心周波数の16〜1000Hzの間、6dB/octの傾斜、すなわち振動速度の評価をする。これは、1/1または1/3オクターブ分析値をチャート上に置いて、ばく露限界を評定する方式をとっていた。それが今回は周波数特性を付加した加速度実効値で考えるように変り、ばく露評価は全面的にLeqを採用するようになって来た。

ISO 5349の内容
 振動のbiological effect(生物学的影響)というのは、極めて複雑で、手を通して伝わって来る振動とは言っても、周波数スペクトル、振動の強さ、ばく露時間、作業パターン、方向、姿勢、工具や作業、手の部位などによってその量は千差万別であろうし、作業考の熟練度、健康は勿論、周囲環境(例えば換気、騒音)なども生体への影響の度合を左右するので、きまった方法で測定量を出し、統計的な手法でその量の評価をしなければならないとしている。まさに振動ばく露量と反応とを結びつけるのは大変な仕事で、今回のこの規格も次々と見直され改変されてゆくものと思われる。

図 1

1.振動の方向: 図1で見るように、手に原点と基準軸を置いており握った時や押さえた時の方向は実線で示してある。点線は機械軸の方向で両者は喰い違う。この点はJIS B 4900とは完全に違う。当座の振動評価は、最大を示す軸方向ですると注意書きがあるが、3軸を厳密に考えて測定をすることの難しさは、実測した者が経験をしている。

2.周波数特性: 16Hzからの6dB/octの傾斜(振動速度に対応)は、実験室実験のレスポンスであると特に強調している。

3.振動加速度レベル と定義して、となっており、日本の場合とは10倍(20dB)の差が生ずる。周波数補正をした加速度のレベル表示では、と記号で書く。

4.測定器: 測定器の周波数範囲は1/1オクターブ中心周波数で8〜1000Hzである。これは約5.6〜1500Hzに対応する。

5.ピックアップ: 測定は三方向、振動が入る手掌の面で又は明確に関係する場所で行なわなければならないとしており、ピックアップの設定位置が非常に難しくなっている。素手で作業してる場合はハンドルに固定できるとしているが、本質的に手に入る振動量そのものにはならなように思う。例えば軽く握るのと強く握るのとの差が、この計測では出てこないからである。軟物体が介在する時には適切な薄い金属シートを設定のために使うことはゆるされているが、このへんのきめ方は決して十分説明されているものではない。各個の工具に対しての基準は別に明確に定めるようにとは言っているが、非常にあいまいである。

6.計測量: 周波数加重加速度を測定すればよいのだが、ばく露量とレスポンスとの関係を明確にするには、1/3オクターブバンドの振動加速度成分をとるのが望ましいとしている。しかし、現在の所、このデータを活用する方法についてはこの規格ではあらわれてこない。

7.把持力の測定: 把持力によって振動源からの振動伝達量が大きく変化するので、その時の把持力や静圧をデータとして加えておくことが望まれている。これも研究室段階のデータでは考えられることであるが、現場における計測の場合には極めて難しいものとなることであろう。

8.振動ばく露量の特性づけについて
日ばく露: 総ばく露を評価する時の基本として1日ばく露量を4時間に基準化する。4時間というのは、8時間拘束の労働でも、実作業として4時間を超えることはないからである。若しも4時間外のτ時間のばく露であった場合には次式で等価周波数加重加速度の量を計算する。
 

  ここで、T4=4hである。
 4時間以外のばく露量は(T/T4)1/2で変り、エネルギー則を満足するようになっている。
 若しも幾種類かの異なった振動のばく露があった場合は、そのトータル量を次式で出す。

例えば1、3、5時間、それぞれ15、12、10m/s2のばく露があると

と計算される。
 以上の表現は、加速度実効値で示されているが、我が国で常用しているレベル表示すれば、騒音のdB加算や平均に慣れている人は同じ手法が使われていることが分るであろう。すなわち

となり、これは1/3や1/1オクターブ分積値の合成の場合にも適用できる。

9.振動ばくろ量の評価の仕方: 付録に評価のガイドラインが載っており、これは規格に含まれるものではないとの断りは書いてあるが、参考というよりは拘束力があるのではないかと思う。先に示した周波数加重エネルギー等価振動加速度値を横軸に、指の血管障害が生ずる迄のばく露時間を縦軸にとり、約40事例の統計から何%の人に障害が出現するかを示したのが図2である。正常健康人を対象にしていて、25年以上の振動ばく露者や、50m/s2以上のばく露の人には適用しないとしている。
 表はと障害発生%とばく露時間で(年)との関係を表で示したもので、図2と表1は次式で関係づけられている。

 この関係式を使うと、, ,, のうち、2ヶの量が判ると他の1つは計算できることになる。

 このほかに付録Bとして振動障害の予防方法のガイドラインが、1)医学的な立場から、2)工学的な立場から、3)作業管理の立場から、4)更には使用者への忠告と、こまかに項目をあげて示してあり、この方面の関係者には常識的な記述かも知れないが参考になる。

おわりに: 作業者の振動障害については、工具の進歩や、防御方法、作業管理などで当然減少してゆくべきものではあろうが、他方、作業の効率向上を目指す限り、まだまだ解決迄には時間のかかる課題である。現在我々もこの課題に着目して、研究課題として扱っていることを報告しておきます。

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