1983/9
No.2
1. インターノイズ83に参加して 2. 国際音響会議(ICA) 3. 音響的手法による航空機機種別の試み

4. 音響性能の自動測定について

5. 植込型人工中耳
6. フランス新幹線・TGV 7. CEPの騒音研究施設 8. 土地利用の適合性を決定する環境条件
       <研究紹介>   
 音響的手法による航空機機種識別の試み

騒音振動研究室 山 田 一 郎

1. はじめに
 生活環境に影響を及ぼす騒音公害の中で、航空機騒音の占める割合は非常に大きいものであります。昭和48年に航空機騒音に係わる環境基準が制定されてから、その主旨に沿うべく、航空機騒音の測定が頻繁に行われるようになりましたが、長期間に渡って航空機騒音暴露が及ぼす影響を評価するために、飛行場周辺の所定の場所に観測装置を設置して、継続して自動的に航空機騒音を測定監視することもよく行われます。その場合、航空機騒音をその他の騒音と区別して測定し、さらに、航空機の機種や飛行形態に基づいて分類して観測結果を整理解析することが必要となります。については、リオン(株)によって空間相関法を原理とする手法を用いて航空機騒音そのものから行う方法が開発され、既に実用化されておりますが、については、これまでは何もなされないままか、あるいは騒音測定結果と空港の運航記録を人手を介して照合する程度でありました。
 最近、当研究所において設計した航空機騒音監視システムでは、空港の管制システムから航空機の運航情報を自動的に取得するようになっておりますが、これは常に可能なことではありません。そこで当研究所では航空機機種・飛行形態の識別についても、航空機の発生する騒音そのものから行う方法を開発しようという考えで検討を重ねてきておりますが、2ヶ所の空港周辺での実測騒音データに適用して比較的良い結果を得ておりますので、ここでその方法の概要を御紹介したいと思います。

2. 機種識別の考え方
 用いた機種識別の方法は、いわゆる判別分析の手法の考え方に基づくものであります。航空機騒音が観測されますと、まずその騒音データから特徴パラメータを抽出してサンプル・パターンを作ります。これと、あらかじめ分類して用意した、機種グループ毎の基準パターンとの間の重み付き距離を計算して相互に比較し、そのなかの距離が最短となる機種グループに属するものと判別します。ただし、その最短距離があるしきい値より大きい場合にはいずれの機種グループにも属しないと判別し、後はその飛行機がジェット機かプロペラ機かの判別分類をして識別手順を終了します。
 距離の計算に用いる重み付けとして、ここでは各機種・各パラメータ毎に推定した分散の値の逆数を用いておりますが、これは通常の判別分析と若干異なった形であります。もし、ある特定の機種の、あるパラメータのばらつきが非常に大きいとすると、重みは上の定義から小さな値となりますので、その項は計算される距離に寄与しないことになります。逆に、一部の特徴パラメータを見るだけで所属を特定できる機種グループの場合には、その他のパラメータの重みを全て十分小さな値にして影響を受けないようにしておくことができます。

3. 特徴パラメータの選択並びに基準パターンの作成
 飛来する航空機の種類や飛行形態は飛行場の性格によって異なります。我々は、これまで2つの飛行場を例にとって実際に航空機騒音の観測を実施し、特徴パラメータの選択並びに基準パターンの作成を行いました。一つは主として米軍の使用する飛行場、もう一つは民間機と自衛隊機が共用する飛行場であります。ここでは、前者の場合を例にとって、特徴パラメータの選択並びに基準パターンの作成の手順と考え方を説明します。マイクロホンを滑走路の両側に、滑走路端から約1q離れた飛行経路直下の地表面近辺に置き、合計5日間に渡って離着陸する航空機の騒音を測定しました。そのうちの一部のデータを用いて特徴パラメータの選択並びに基準パターンの作成を行い、残りは検証用としました。同飛行場では、通常の離着陸の他に乗員訓練のためのtouch and go飛行が頻繁に行われており、その飛行状態は相当の範囲でばらついております。同飛行場には実に数多くの種類の航空機が飛来しますが、年間の運航頻度を考えて表1のような機種分類を採ることにしました。

表1. 識別機種分類

 さて、過去の研究結果から見ても、周波数スペクトルの時間変化の中に、機種・飛行形態による違いをよく表わす情報が含まれていることは間違いないので、ここでも、これを基本に考えることにしました。まず、観測された全ての騒音の1/3オクターブバンドの実時間周波数分析を行い、バンド毎に騒音レベルの時間変化がどうなるかを調べました。騒音レベル平均の時定数は、航空機騒音であることからSLOWとし、サンプリング時間間隔0.1sで、A特性騒音レベル変動のピークレベル〔以下ではdBAピークと省略する〕の前後にできるだけ広い時間幅に渡って騒音レベル変動を計算機へ取り込んで処理しました。分析結果を眺めてみると、全体にレベルの高低はあるものの、機種・飛行形態毎に見ればスペクトルの形状並びにその時間経過は安定であることがわかりましたので、dBAピークの時間位置およびレベル位置を基準にして各1/3オクターブバンドのレベル変化を相対化して重ねあわせてみました。
 図1はその一例で、小形双発ジェット練習機T−39の通常離陸の際の騒音を重ねたものであります。この相対比によって各バンドともピーク付近でのデータのまとまりが非常に良くなっていることがわかると思います。Touch and goの時の騒音を含めていずれの機種・飛行形態についても同様に安定な結果が得られることがわかりましたので、これ等(dBAピークで相対化した各バンドのピーク騒音レベル)から特徴パラメータを抽出することにしました。これらの量は、航空機がマイクロホンの上空を通過する際の騒音の1/3オクターブバンド周波数スペクトルをピークホールド回路を通して測定した結果を、dBAピークで相対化したものに等しいので、ハードウェア的にも非常に簡単に実現できるという利点があります。

図1 (a)

  A特性ピークでレベルと時間を相対比して重ね合わせた周波数バンドスペクトル時間変化(機種:T-39、飛行形態:離陸)
   (b)   ピークホールドによって求めた周波数特性(同上)

 このような相対化したピークホールド周波数特性を表1の機種分類の各々について求めて相互比較をした結果、表2の10個の特徴パラメータを用いて識別のパターンを構成することにしました。ただし、表2中の第10番目のパラメータはいずれの機種グループにも属しないと判別された場合に、プロペラ機とジェット機の判別を行うためのものです。プロペラ機騒音は回転騒音が主要な騒音源の一つであるためにスペクトルの周波数に対する変化が大きいが、ジェット機騒音の方は広帯域に渡るスペクトルを持ち低周波数領域まで比較的滑らかな傾斜を示すという違いを利用したものであります。

4. 識別結果の例
 前節の検討結果に基づいて選択した、表2の10個のパラメータを用いて基準パターンを構成することにし、それぞれの平均の値と標準偏差を算出し、実際に判別処理を行った結果を表3に示します。この表の縦は真の機種・飛行形態であり、横はこの判別手順によって識別された機種・飛行形態です。基準パターンは通常の運航方法による離着陸のもののみに基づいて算出したものでありますが、表3の結果の中にはtouch and goの航空機騒音データも多数入っており、識別に用いたパラメータの数が僅か10個であることを考えると、まずは良好な識別結果が得られたと言ってよいと思われます。

表2. 特徴パラメータ
 
表3. 識別結果の例−1

 最後にもう一つの識別処理の例について説明します。これは民間機と自衛隊機が共用する飛行場の近くで測定した航空機騒音データに対して行ったものです(ただし離陸騒音のみ)。識別処理の手順は前述の例と全く同じですが、観測された航空機の機種構成が非常に異なるため、用いる特徴パラメータの一部の1/3オクターブバンドの中心周波数を変えました。パラメータの個数は11個とほぼ同じです。表4に識別結果を示します。
 大型のジェット機客旅(B-747、L-1011、DC-10)等の互いに良く似た航空機同士の間の誤識別が若干目立つものの、これも同様に良い識別結果が得られていることがわかると思います。

表4. 識別結果の例−2

5. おわりに
 航空機の発生する騒音を利用した、音響的な機種・飛行形態の識別の方法について検討した結果を御説明しましたが、ピークホールドした1/3オクターブバンド周波数スペクトルを用い、さらにそれをdBAピーク騒音レベルで相対化すること、スペクトルの周波数に対する変化を見ること、距離計算に機種グループ毎およびパラメータ毎の分散の逆数による重み付けをすることなどにより、良好な識別結果を得ることができることがわかりました。
 現在は、識別率を向上させるために、より適切な特徴パラメータを見つけることや、特徴パラメータ抽出を自動的に行えるようにすること、さらに航空機以外の騒音源(たとえば車、列車、人声等)を含めた形での騒音源識別へと拡張することなどを目的に検討を続けております。

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