1999/1
No.63
1. 謹んで新年のお慶びを申し上げます 2. 自然の静けさ(Natural Quiet) 3. インターノイズ98に参加して 4. 航空力学教育用「卓上煙風洞」 5. 第2回ピエゾサロンの紹介 6. 振動分析計VA-11/データレコーダVA-11C
 
 第2回ピエゾサロンの紹介

理 事 深 田 栄 一

 1998年10月12日に第2回のピエゾサロンを小林理 学研究所で開催した。Prof. Lewis F. Brownによる“A Review of Current Ferroelectric Polymer Research and Development in the United States” と題する講演が行われた。Prof. BrownはPennwalt Corporationで圧電性高分子の研究とハイドロフォンの開発に従事されていたが、現在はSouth Dakota State UniversityのDepartment of Electrical Engineering の教授をしておられる。 河合平司博士のPVDFの圧電性発見25周年を記念して、Ferroelectricsの特集号を提案し編集された方である。

 ゆっくりした明瞭な英語で話され、OHPのコピーをあらかじめ配布していただいたので、大変理解しやすい講演であった。現在、強誘電ポリマーフィルムの成形方法、vinylidenefluoride-trifluoroethylene 共重合体 [P(VDF- TrFE)]のフィルム成形と特性評価、Siと結合したセンサー、 レラクサー強誘電体セラミックス(PMN-PT)の特性などの研究と、強誘電ポリマーデバイスのコンサルティングを行っておられる。

U.S.A.での強誘電ポリマーの企業
1. MSI Sensors Inc. (new in 1998)
  Measurement Specialties,Inc.Valley Forge, Pennsylvania
  歴史的には、Pennwalt Corporation (<1989)から Atochem Sensors,Inc.(1989-1992)、AMP Sensors, Inc. (1992-1998)と事業を引き継いで今年設立された。製品は、電極を付けたPVDFフィルムの大量生産、道路上の車両通過のセンサー、ピエゾケーブル、高周波超音波ハイドロフォン、海軍用の低周波ハイドロフォン(タイル状、円筒状)、Si結合P(VDF-TrFE)薄膜 (200-400 nm)、二次元医用超音波映像トランスデューサー・アレイ。 (CMOS silicon上にP(VDF- TrFE))
2. Ktech, Inc.
 Albuquerque, New Mexico
  1992-1993にSolveyのフィルムの在庫を引き継い だ。Sandia National Laboratory (U.S.Federal Laboratory) およびInstitute of Saint Louis, France と連携している。 Solvey PVDFおよびP(VDF-TrFE)のフィルムを販売。 P(VDF-TrFE)の高圧ショックセンサー(海軍の水中爆発の測定)。
3. Airmar Technology Corporation
 Milford, New Hampshire
  Raytheon の多孔性PVDF(商品名Piezoflex)の在庫を引き継ぐ。Roger Tancrellは有名な科学者。製品は、水中音響デバイス(特に魚の探知機)、水中映像装置、空中トランスデューサー。

U.S.A.での強誘電ポリマーの研究と開発
1. Ocean Power Technologies (Dr.George Taylor)
 Princeton, New Jersey
  George Taylor, Chief Editor of Ferroelectrics,が計画。海の波浪によりPVDFを歪ませ発電する。予備実験を終え、1年以内に発表される可能性がある。
2. Pennsylvania State University (Dr. Qiming Zhang)
 State College, Pennsylvania
  Materials Research Laboratory (MRL)は圧電セラミックス研究の中心であったが、遂に圧電ポリマーの研究を開始した。Qiming Zhang, 若手の助教授が、電子線照射したP(VDF-TrFE)に大きな電歪現象を発見した。 (Science, vol.280, June 26, 1998, p.2101) Solvey の50/50 P(VDF-TrFE)共重合体フィルムに3 MeVの電子線を照射した。E = 150 MV/mの電界で4%以上の厚さの歪みが得られた。レラクソー強誘電体セラミックスと類似の特性を示す。
3. Rutgers University (Dr. Jerry Scheinbeim)
 Piscataway, New Jersey
  奇数ナイロン(nylon-11,-7,-5), P(VDF-TrFE), PVDF, PVDF/Nylon 積層物についての強誘電性と圧電性の研究。ポリウレタンの電歪とバイアス電界による高い圧電効果 の発見。
4. Drexel University (Dr. Peter Lewin)
 Philadelphia Pennsylvania
  National Institutes of Health (NIH) の研究費の援助を受けている。針状ハイドロフォン、医用超音波デバイスの検定。P(VDF-TrFE)トランスデューサー、多層PVDF医用トランスデューサー。
5. International Sonic Technologies (Dr. Mark Schaefer)
 Horsham, Pennsylvania
  FDA標準PVDFフィルム、針状ハイドロフォン、農業用超音波装置(脂肪層の厚み測定、妊娠の初期検出)。
6. NTR Systems
 Seattle, Washington
  標準PVDFフィルム、針状ハイドロフォン。
7. Specialty Engineering Associates (Dr. Alan Selfridge)
 North Carolina
  標準PVDFフィルム、針状ハイドロフォン。
8. Medacoustics (Dr. Michael Sleva)
 North Carolina
  冠状動脈部分閉塞の映像のためのPVDFトランスデューサー・アレイ。45個の二次元アレイで200-2000 Hzのずり波を検出し映像化。
9. その他
 多くの医用超音波の会社がPVDFとP(VDF-TrFE) フィルムを用いた新製品を開発している。

結論
 U.S.A.では強誘電ポリマーの研究が活発に行われ成功を収めている。PVDFが最も普通に用いられる材料である。P(VDF-TrFE)がより性能はよいが入手が困難である。

 PVDFの研究開発は既に30年を経過した。河合平司博士のPVDFの強い圧電性の発見をはじめとして、日本の科学者が最も重要な基礎的理論的研究を行った。それによって、U.S.A.では活発な応用研究と市場開発が行なわれた。U.S.A.の多くの科学者を代表して、日本のPVDF および強誘電ポリマーへの貢献に感謝するという大変親切な言葉で講演を終えられた。

懇談会での発言
 呉羽化学の小原氏からPVDFフィルムおよびその製品について紹介があった。Prof. Brownは呉羽化学の最近の活動はご存じなかった。静岡大学工学部の田坂茂教授からは、電界を加えないでポーリングできる圧電ポリマーとしてポリフェニルニトリルの紹介があった。ベンゼン環にCN基の付いた分子鎖からなるポリマーでは、界面エネルギーで表面分子を配向させるとサンプル全体の双極子配向が起こり無電界分極処理を行うことができる。新しい発見にProf. Brownは感銘しておられた。筆者はFerroelectrics特別号に発表されたヨーロッパからの10個の論文を紹介し焦電性の応用が盛んなことを述べ た。なお、閉会後東レテクノの山本氏から圧電ポリマー フィルムと製品を紹介する機会があり、Prof. Brownは新知識を喜んでおられた。

圧電ポリマー研究者の感想
 Prof. BrownのU.S.A.における企業、大学での強誘電ポリマーの研究と開発の紹介は最新の詳細な知識であり大変有益であった。PVDF(商品名Kynar)が最初のPennwalt からAtochem, AMPを経て現在のMSIに引き継がれた歴史は興味深い。日本でも呉羽化学(PVDF)、ダイキ ン(P(VDF-TrFE))、三菱化学(シアノポリマー)などの大企業では強誘電ポリマーの事業は縮小あるいは消滅し、わずかに東レテクノが超音波トランスデューサーなどの分野で活躍している。

 圧電ポリマーの基礎研究がわが国で誕生したことは誇りとしてよく、1970-1980年代の高分子物理学の中心課題の一つであった。現在でも、山形大学の大東教授による単結晶状P(VDF-TrFE)など注目される研究が連続して発表されている。応用開発の面でも、Prof. Brown はご存知でなかったが、1975年から数年間、PVDFを用いたヘッドフォンと高周波スピーカーがパイオニアによって市場化された。その他にも、歪センサー、熱センサー などの種々のデバイスが製品化されたが、圧電セラミクスの応用の規模には達しなかった。

 Prof. Brown の紹介によると、U.S.A.でも大企業では PVDFの研究は行われていない。大学の研究室や小さい企業での新しい研究開発が注目される。Pennwalt の水中ハイドロフォンやソナーの開発は海軍の用途のためであり、Ktech のショックセンサーは水中爆発の検出のためである。Airmarの多孔性PVDFは密度が小さく音響インピーダンスが小さいので、水中デバイスに向いている。数百kHzの音を圧電セラミクスから発射しPVDFで受信するデバイスでミシシピ河の底の深さの分布を測定した論文がある。

 Prof. Taylorの波浪発電のアイデアはもし成功すれば素晴らしい。Medacousticsの人体からの音を画像処理する装置には感銘した。冠状動脈の狭窄部では血液の流れによる渦が200-4000Hzの音を発生する。これを二次元アレイセンサーで画像化するのである。生体のAEセンサーは有望であろう。圧電ポリマーをSiマイクロ回路と結合した高感度素子の開発は欧米では常識となったが、わが国ではまだ実現していない。二次元アレイの開発のためにも重要であると思われる。

 Pennsylvania State University の Materials Research Laboratories (MRL) はProf. Crossという強誘電体セラミックスの大御所が居ることで有名である。この研究所でDr. Qiming Zhang が電子線処理したP(VDF-TrFE)に大きな電歪効果を発見し、研究費を獲得したのは画期的な出来事である。

 第2回ピエゾサロンの前週に、1998 IEEE International Ultrasonics Symposiumが仙台で開催され、強誘電体ポリマーに関心を持つ多くの研究者が集まった。その際、Zhang は2000年を目指して日米セミナーを開くことを提案した。今後、圧電ポリマーの分野で、U.S.A.でより基礎的研究が進展し、わが国でより応用的研究が発展することが望まれる。

講演される Lewis Brown教授

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