1998/10
No.62
1. “ピエゾサロン”の開設 2. 斜入射吸音率試験室の新測定システム 3. サウンドボックスと竹のレコード針 4. 第16回 ICA/ISA(シアトル)会議報告 5. 0.05μm検出の液中微粒子計 KS-17
 
 “ピエゾサロン”の開設

理 事 深 田 栄 一

ピエゾサロンの趣旨
 小林理学研究所とピエゾ電気との関係は1940年代にまでさかのぼる。ロッセル塩の結晶を育成し、その高い機械電気変換機能を利用して、戦時中はハイドロホン、戦後はピックアップ、マイクロホン、補聴器などの生産を小林理研製作所(現在のリオン株式会社)と協力して行った。その後、1950年代から、チタン酸バリウム、ジルコン・チタン酸鉛(PZT)などについて先駆的研究を行い、強誘電体セラミックスの発展に寄与した。この1950年代には木材や骨などの生体高分子の圧電気の発見を行い、1969年にはポリビニリデンフロライド(PVDF)の高い圧電性の発見を行い、これらが契機となって強誘電体高分子の研究が世界に波及した。また、1957年にはわが国で初めて人工水晶の合成に成功した。

 小林理学研究所の圧電材料研究室では、これらの歴史と伝統を基礎として、今もピエゾ電気の基礎から応用にわたる研究に力を注いでいる。現在は無機、有機を含め様々な種類の圧電気材料が存在し、たえず研究が進展しており、その工学的応用は、音響、超音波の領域にとどまらず、化学、工学、医学にまたがる広い分野に及んでいる。

 このような機運のなかで、圧電気およびそれに関連する技術に興味をもつ研究者が幅広く集まり、ピエゾ電気についての最新の知識を交換し、交流と親睦を図る場を提供することを発案した。基礎と応用を含めてピエゾ電気の研究をいっそう発展させることがピエゾサロンの目的であり、くつろいだ自由な討論の場から新たな研究の芽や応用への展開が育つことを念願している。

第一回のピエゾサロン
 ピエゾサロン開設に際して、以上のような趣意書を全国数十名の研究者に送ったところ、大学関係約15名、企業関係約15名、小林理研・リオン関係約10名の方々が、第一回のピエゾサロンに参加された。第一回の話題提供者は東京大学生産技術研究所の高木堅志郎教授で、講演の題は“超音波の可視化”という興味あるテーマであった。

 高木先生はまず音を見る方法について歴史的に解説された。東大の先任教授であった根岸勝雄先生のお仕事も豊富に紹介された。初期には超音波による印画紙の現像や、ルミノールを入れた水の中で強力超音波がキャビテーションを起こして発光する現象が用いられた。現在では水のような液体の中の音波を見るにはシュリーレン法が用いられる。パルス超音波の場合にはストロボ光源を用いるとスローモーション撮影ができる。

 ガラスのような固体のなかの音波はストロボ光弾性の方法が用いられる。水の中でガラス板に超音波が入射するとラム波が励起される。条件によってこのラム波の位相速度と群速度の向きが逆である場合も観測できる。超音波による走査音響顕微鏡も実用化されている。数センチのレンズのモデルを使って可視化の実験がなされている。超音波は凹レンズで収束する。ガラスの音速度が水よりも速いからである。ところが、イルカの頭には油脂でできた凸レンズが入っていて収束超音波を出して前方を警戒している。油脂の音速度が海水よりも一二割低いために凸レンズが音を収束させる。

位相共役超音波の可視化
 特に重点を置かれたのは、位相共役超音波のシュリーレン法による観測のお話であった。音波を数式で表すと、x y zの空間座標系とtの時間座標系で表されるが、x y zの座標は同じで、tの座標が - tになった数式で表される音波を位相共役波という。その発生方法の例は、角振動数ωの音波を圧電セラミックス(PZT)に入射し、セラミックスに2ωの角振動数を持つ交流電界を加える。そのとき、セラミックスの二次の圧電率の作用で位相共役波が発生する。時間座標軸が‐tになるので、セラミックスの中で発生した位相共役波は入射波の来た経路を逆に通って、発信器に戻る。

 水槽の底に位相共役鏡(セラミックス)を置き、水面の超音波発信器からパルスの超音波を斜めに入射すると、斜めにパルスの反射波が起こる。同時に位相共役鏡の中からパルスの位相共役波が現れ、この波は入射波の経路を通って発信器に戻る。その模様をシュリーレン法によって鮮やかに目で見ることができる。

 さらに興味があるのは、入射波が音の障害物を通って波形が乱れた場合に、反射共役波は障害物を再び通り抜けた後、波形の歪が無くなり元の波形に回復することである。入射波の目的の焦点の像を途中の障害物に邪魔されずに明瞭に見ることが出来る。百聞は一見に如かずの諺が最後に述べられた。
講演中の高木堅志郎先生

懇談会の感想
 高木先生の講演の後、お茶とお菓子の休憩があり、懇談の時間に入った。初めての会であるので、参加者からめいめい自己紹介とお仕事を簡単に話していただいた。時間の都合もあってこのとき十分な討論ができなかったのが残念であった。次回からは、講演者への質問とともに参加者の間での討論をもっと気楽にできるようにしたいと考えている。京都や山形のように遠くから来て頂いた方もあり、大学、研究所、会社それぞれの場所でピエゾ電気やそれに関係のある研究や開発が行われている事が分かり大変興味深かった。

 以下には、筆者の個人的な感想を述べさせていただく。高木先生の超音波の可視化のお話は内容のすばらしさのほかに、生産技術研究所の所在地の江戸時代の地図から始まって、寺田寅彦の弾丸の衝撃波のシュリーレン写真に夏目漱石が感心した話、大岡越前守が江戸の町火消し"いろは四十七組"を編成した話、東京大学のメインキャンパスが江戸の境、兼安の蔵の外であるという話、等々珍しい挿話が多くて、準備がさぞ大変であったろうと想像されるほど、聴衆を楽しませていただいた。しかも内容は超音波と圧電材料の両方に関係しており、ピエゾサロンの第一回の講演として最高のものであった。

 入射波の経路を反射波がそのまま辿って発生器に戻る位相共役超音波の現象は全ての人がまず不思議に思う興味ある現象である。光の位相共役波は目で見ることができないが、超音波の位相共役波はシュリーレン法を使って目で見ることができる。位相共役超音波はセラミックス(PZT)の非線形の圧電性を使って発生できるのである。圧電気の非線形に関する研究はまだあまり行われていないが、多くの可能性を秘めている。また、共役超音波の診断装置への応用についてもすでに多くの可能性が指摘されている。このような新材料の開発と新しい装置の開発を探ることこそがピエゾサロンの目的である。このような萌芽的研究開発に投資する企業や政府の研究費獲得について議論することもピエゾサロンでは行いたいと思う。

 圧電高分子を開発された企業の方からも発言があり、圧電高分子の基礎研究はわが国で発展したが、企業の利益につながる用途の一層の開発が望まれると述べられた。長年この分野の研究に携わった筆者は全く同感であった。新素材の発見や基礎研究は科学の分野では評価されるが、その工業的応用を企業の利益につながるところまで発展させることは容易ではない。新しい高分子材料は大企業で開発される可能性が高い。しかし、センサーやトランスデューサなどの応用開発はむしろ中小企業で行われる可能性が高いのではないかと思われる。基礎と応用の関連はピエゾサロンの重要なテーマの一つである。

 内耳の中の音波の伝播と聴覚のスペクトロメーターについての発言があった。最近、Frontier Center of Sensory ProcessesのDr.George Offuttという方から、内耳の蝸牛殻にある有毛細胞を覆う蓋膜が圧電性であることを示唆する論文が送られてきた。聴覚の機構の詳細な研究は、生理学の立場からは長足の進歩があるようであるが、ピエゾ材料や超音波の研究者にとっても最も魅力のある分野である。

 小林理研の設立当初から超音波研究室を主宰され、超音波研究の大先達である能本乙彦先生が出席されて、長年の研究の歴史をお話いただいたのは大変光栄であった。また前理事長の五十嵐寿一先生が西川正治先生の研究室で水晶の振動モードをX線で調べられたというお話も印象に残った。

ご挨拶をされる根岸勝雄先生

 

昔話をされる能本乙彦先生

 第二回のピエゾサロンは、10月12日に、アメリカのSouth Dakota UniversityのLewis Brown教授にお願いしてある。Dr.Brownは長年圧電性高分子の研究で知られており、河合平司先生のポリビニリデンフロライドの高い圧電性の発見25周年を記念して、国際雑誌Ferroelectricsに特集号を提案し編集された方である。第三回のピエゾサロンは、12月21日に、東北大学名誉教授の中鉢憲賢先生にお願いしている。中鉢先生は10月に超音波エレクトロニクスのIEEE国際会議の主催者を勤められる。

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