1996/10
No.54
1. 騒音を測るということ 2. インターノイズ96(リバプール) 3. 斜入射吸音率試験室 4. グラスハーモニカと丼ハーモニカ(?)摺鉦(すりがね)の話

5. 航空機騒問題の歴史(3)

6. M.C.Comp.耳かけ形補聴器 HB-82MC
 
 航空機騒音問題の歴史(3)

名誉顧問 五 十 嵐 寿 一

6.航空機騒音に係る環境規準
 航空機騒音に係る環境基準制定の経過47)については、小林理研ニュースNo.20(1988)に詳細に記述したので、ここでは重複を避けてその概要にとどめておく。
航空機騒音にかかる環境基準は、昭和45年6月から新幹線騒音とともに特殊騒音として審議が進められた。この直前、昭和44年12月には前述のようにICAOにおいて航空機騒音特別会議が開催され、航空機騒音による影響とその評価指標、測定方法、今後開発される航空機の騒音証明の手順と騒音基準、空港周辺の土地利用、及び騒音軽減の為の運航方法等について報告書が作成されていた。審議はこの報告書によって航空機騒音問題の現状を把握することから開始された。

6-1.環境基準の性格
 環境基準の性格については、次のような議論が行われた。
 1) 航空機騒音も一般環境と同様な基準でよいか、
 2) 基準は新設の空港に限らず、現存の空港、基地に適用できるかどうか
 3) 基準は夜間については睡眠妨害、日中は生活妨害を中心に判断すべきで、その達成は行政の問題である。
 4) 基準は事業者及び住民にとって負担が公平なものでなければならない。
 5) 公害基本法にいう環境基準は、現状の技術のみならず相当の努力をすれば達成可能であるという前提に立った望ましい基準でなければならない。
 6) 他の騒音との整合性を考慮すべきである。
 7) 土地利用が制約されない地域の基準が環境基準と考えられるが、対策がとれないものであってはならない。達成が困難でもその見通しを明らかにしておく。
 8) 基準の達成期間としては10年程度を目標とし、基準は現在の技術を前提としたゴールと考えて対策を実施するが、同時に土地利用も積極的に進める必要がある。
 9) 海外の資料を参考にして、国際的に通用する基準を作る必要がある。

6-2.航空機騒音の影響と評価指数
 航空機騒音の影響については、国内、海外の社会調査、および各国が採用している航空機騒音の評価指標について比較検討が行われた。評価指標については、ICAOが提案しているWECPNLを採用するか、あるいは大阪空港、ロンドン空港の社会調査で用いているNNIとするかについて検討が行われたが、次のような理由からWECPNLとすることになった。
 1)航空機の国際性を考慮したこと、
 2)NNIとWECPNLは運航回数の取り扱いが若干異なるだけで、通常の空港における運航回数の範囲では、本質的な差はないと考えられること、
 3)その後の英国における調査の結果48)によると、測定時期等の状況によって、NNIの算出における回数の係数15が、これと著しく異なることもあること、
ただし評価指数をICAO方式のWECPNLとした場合、PNLの算出と特異音補正のため周波数分析を必要とする。従って、騒音計による測定結果から近似的にWECPNLを求める方法を採用する。本来のICAOの評価方式は、一機が飛行したときの騒音暴露レベルEPNL(PNL尺度を用い10秒で規準化したレベル)を用い、一日、24時間の全航空機による騒音を総計し、平均した等価PNLレベルである。これをECPNLといい、さらに時間帯に応じて加重した指標がWECPNLである。これに対して環境基準における測定方法としては次のように簡便化する。

 a)ジェット機の発生する騒音のPNLは近似的に
PNL≒dB(A)+13となるので、騒音計の測定結果dB(A)に補正13を加えてPNLとする。

 b)継続時間補正: ICAOのWECPNLは一機毎のEPNLに基づいていて、騒音の継続時間も一機毎に測定する必要がある。しかし、離着陸における騒音の平均継統時間(騒音の最大値から10dBダウンの時間)は、ほぼ20秒と考えられるので、補正は10dB一定とする。しかし、このようにすると、着陸時の空港近傍では過剰評価になるが、この地域は騒音レベルが極端に大きいので、地域保護の目的と簡便化のために、一律10dBとする。

 c)時間帯補正: ICAOは時間帯の分け方として、日中(07:00−22:00)と夜間(22:00−07:00)の2分類と、日中(07:00−19:00)、夕方(19:00- 22:00)、夜間(22:00-07:00)の3分類を提案しているので、後者を採用するが、計算の容易さから夕方5dB加算する代わりにエネルギー的にほぼ等価であることから、夕方の時間帯に運航される機数を3倍、また夜間は10dB加算する代わりに機数を10倍とする。

 d)特異音補正: ICAOの特異音補正の方法は、周波数分析と複雑な計算を必要とすることと、今後の航空機は以前のターボジェットからファンジェットエンジンが主流になって、特異音についての補正量が顕著でなくなってきたのでこの補正は省略する。

このようにして環境基準として採用した測定方法は、

 

   継続時間補正:10dB

 N1,N2,N3はそれぞれ日中、夕方、夜間の機数

  (1日:86400秒、

この様にして航空機騒音についてはその評価指標をWECPNLとするが、簡単に騒音計で測定できる方法に変更することなった。従って、この航空機騒音に係る評価指標WECPNLは、A特性音圧レベルを基本とした音響エネルギー量に基づくもので、時間帯補正をした等価騒音レベルに常数13を加えた量になる。

    

注:ICAOは1985年、WECPNLを採用している国が少ないことと、日本の指標は本来のICAO方式と異なることを理由にあげて、WECPNLの記述をICAO議定書(Convention)から削除した。

6-3.基準の選択
 環境基準設定に先だって、緊急指針を制定して騒音被害の拡散を防止することが要請され、この場合の指針値としてWECPNL85とすることになった(昭和46年12月)。これは各種資料の結果からほぼNNI55に相当し、英国においてはこれ以上の地域に対して防音工事の助成をしていることと、またこの指針値は受忍の限度とも考えられるので、これを超える地域について防音工事等によって緊急に対策を講ずる必要があると考えられたからである49)。引き続いて環境基準値についての審議を行ない、アンケート調査および実験室実験等の結果から、日常生活に支障のない騒音レベルとして、また道路交通騒音に係る環境基準との整合性(LAeqへ換算して比較)及び国内、外国における社会調査の結果に基づいてWECPNL70を基準値とすることになった。これはNNI40に相当する。

 なお、離島便等一日の運航回数が10未満の空港については、環境基準の適用から除外することとし、基地については、資料の検討が充分でないとして、一応同じ規模の民間空港に準じて基準を適用することになった。

 この委員会の審議の結果は、環境庁の験音部会に答申され、昭和48年12月27日、航空機騒音に係る環境基準として環境庁より告示された50)。

7.新東京国際空港
 航空交通もジェット機の時代を迎えた昭和40年頃から、関東地区に新しい空港を建設する計画が浮上した。最初に千葉県富里町、ついで霞ヶ浦が候補地になったが、これは湖面を埋め立てて建設する計画51)であった(筆者も茨城県からの要講で視察に参加、水戸市で航空機騒音とその対策について講演)その後、紆余曲折の末に昭和41年、当時の御料牧場を含む現在の成田三里塚地区が候補地に決定して、新東京国際空港公団が設立された。

 この新東京国際空港の建設にあたっては、近接する三里塚地域を航空機騒音から保護する目的から、予定されるA滑走路に平行して防音林を設置する計画が浮上した。このような防音林は、世界にも例がないので、その規模、形態と、地上滑走する航空機の発生する騒音に対する遮蔽効果を検討するための調査が、日本音響学会に委託された。学会では防音林委員会を設置し、昭和42年始めから審議を行ない、3ケ月の極く短期間で報告書「新東京国際空港防音林委員会報告」52)をまとめている。防音林はその育成に年月を要することから、まず10mの築堤を行ないそこに植樹することによって、ほぼ10年で20mの高さの防音林を育成し、幅約50mの植樹帯によって10〜15dBの減音効果が得られると予想された。また、航空機に対する鳥害を避けるため、樹木の種類の選択については林業の専門家も参加した53)。

 さらに昭和46年には、公団内に航空機騒音調査委員会が設置され、開港後の騒音対策として航空機騒音予測コンターの検討をはじめ、航空機のエンジンランアップに使用するサイレンサーの設計について検討が行われた。この委員会の委員は公団側(岩田、下斗米、長井、吉田、吉行)航空局(石野)日本航空(川田ほか)石川島(中野)、西宮、五十嵐である。

 なお、新空港が開港する直前の昭和50年には4000mの滑走路及びその側方の草地を利用して騒音の伝搬測定が行われ、空港周辺における騒音伝搬に関する資料が作成された54)。開港後、ランアップサイレンサーが完成したが、空港から4〜5kmの地域から夜間苦情が寄せられることがあり、検討の結果、サイレンサーと航空機のエンジンとの接合部で低周波音が発生し、気象条件によって遠距離伝搬していることが判明した。そこでこの接合部に補助ダクトを設置することによって、低周波音を大幅に軽減することができた55)56)。

 最近になって(平成6年)将来の空港拡張計画にも関連して、新しく防音林を計画するため、造成後ほぼ20年を経た防音林の効果を確認する測定も行われている。

 また同年、円卓会議において周辺住民との関係が修復したことから、再び騒音調査委員会が再開されることになり、騒音対策についての将来計画をはじめ、新しいランアップサイレンサーの設置についても調査を再開することになった。

8.特殊空港周辺地域の騒音評価
 民間空港周辺地域の騒音については、航空機の運航が比較的定常であり、運航回数、飛行コース等も大きく変化することが少ないので、測定結果から、また機種毎の基礎データによる計算によっても、ある地点の一日平均の騒音暴露レベルを求めることは容易である。これに反して軍用基地においては、その時々の状況によって飛行形態が大きく異なり、飛行回数、飛行コース等も一定していないことが多く、騒音レベルの変化が大きい。特に、週末等には航空機の活動が休止する場合も多い。このような特殊空港周辺の騒音評価方法について検討を行った。

 対象となる飛行場は、米軍の管理する三沢、横田、嘉手納、普天満、及び運輸大臣の管理する名古屋、防衛庁が管理するその他27基地である。このうちジェット機を主とするものが16、その他はターボプロップ、ヘリコプターを主とする基地である。この調査を実施するにあたり、該当する各都道府県に依頼して各基地周辺における騒音モニターの結果を提出してもらい、詳細に検討を行った。固定測定点(基準点)を設けて年間を通じた測定を実施している松島、入間、横田、厚木、小松、嘉手納については、基準点における年間を通じた一日毎のWECPNLと、短期測定点における測定データ(1週間〜2週間)の提出をうけることができた57)。また岩国、目達原等については現地の測定も実施した。

 結論として、ある時期における短期測定点のデータとこれと同じ時期に基準点で得られたデータを比較(相互のWECPNLの日平均の差及び相関係数の算出)し、任意地点における短期測定値(最低2週間)から年間平均WECPNLを推定する方法を提案した58)59)。これは次の関係から計算される。

  
  :基準点における年間平均値
  :基準点におけるある2週間値
  :地点1における年間推定値
  :地点1における基準点と同じ時期の2週間値
なお、任意地点における測定は、でき得る限り運航回数が多い時期を選定することが望ましい。また、ここで提案した特殊空港におけるWECPNLの測定方法は、定常的な運航をする空港周辺におけるWECPNLの推定方法としても、基地の場合より効果的に適用できる。

9.東京羽田及び地方空港、基地における騒音測定
 国内の空港における騒音調査は、東京国際空港(47年3月)福岡空港、仙台空港、千歳空港(47年7月)鹿児島空港(47年8月)及び一部の基地60)においても行われており、宮崎空港(50年2月)では周辺の家屋内外における通音効果が建物の種類別に行われている61)。また、福岡、宮崎空港については社会調査が実施された62)。
 一方、建設が予定されていた新秋田空港63)、ジェット機乗り入れのため滑走路の延長を計画していた八丈島空港予定地64)については、航空公害防止協会がB-737の試験飛行を実施して昭和49年に騒音の予測調査を行っている。また、高知空港の滑走路延長を伴う拡張については、空港に近接した高知工業高専の宮崎優教授が、学内に航空機騒音問題等調査委員会を設置して、学生とともに航空機騒音対策に取り組み、騒音測定器の購入はじめ、各種資科の収集検討から、県外の空港における騒音調査等、この拡張計画に協力されたことは特筆に値する。
また、上空を飛翔する航空機の位置を相関を用いて検出する方法が、小畑・石井によって開発され65)、航空機騒音を識別して自動測定することが可能になり、東京国際空港・大阪空港周辺の騒音監視点の測定システムとして利用されている66)。

10.航空機騒音問題の動向
 航空機騒音に係る環境基準の設定は、当初非常に困難であると考えられていたが、ICAOにおいて騒音証明制度が勧告され、将来製造される機種の騒音低減が可能になったこと等の好運もあって、その制定に踏み切ることになった。航空機騒音対策は、その後この環境基準を目標に実施されることになり、緊急対策の要請されていた大阪空港に於ても、WECPNL75以上の地域については防音工事等によってほぼ対策が完了している。また、この空港の騒音コンターについては、その後新機種の導入及び便数の変更に応じて検討が加えられ、1973年には1985年における予測コンターを作成したが、これらとその後1994年におけるコンターを比較してみると、約10dB程度縮小している67)。更に、1994年、関西新空港の開設によって国際線の全部と国内線の一部が新空港に移ったので騒音コンターはさらに縮小している。
  ICAOにおいては、その後も騒音証明の基準の強化が実施され、新しく開発される航空機についての騒音の限度が改訂されて、空港周辺の環境改善に大きく貢献しているA)。しかし、航空輸送の需要は増加の一途を辿っていることもあり、低騒音機の導入といっても騒音レベルの軽減には限度もあるので、今後の空港対策としては、事前の環境アセスメント、モニター等を含めた総合的な対策が必要であろう。また空港周辺の土地利用は、環境基準達成の為の重要な課題の一つであったが、対策は主として防音工事に重点がおかれ、土地利用計画が必ずしも円滑に行われていないことは今後の大きな課題である。
 Gottlob68)は1994年、横浜のInter-Noise94において各種交通騒音に関する各国の取組について講演したが、その中で航空機騒音について、各国における行政の騒音規制について、表として比較している。航空機騒音の対策については、航空の国際性も考慮して、外国における規制の現状についても配慮して対応することも必要であろう。なお、Gottlobも各国の指標について、これをLAeqに変換して比較しているように、国際的には航空機騒音の評価指数をLAeqに統一する傾向にあるので(英国のNNIも1991年からLAeq)日本においてもWECPNLからLAeqに変更することを考慮する時期にきていると思われる。幸い本質的にはWECPNLから定数の13を減ずるだけでLAeqに基づいた指標(Lden:夕方、夜間について時間帯補正)に変換できる。

11.むすび
 航空機騒音に関する日本における対策の歴史について、その概要を述べてきたが、それぞれの空港、基地についてのその後における対策及びヘリコプターに関する問題については、いずれ稿を改めて当所の山田一郎君に執筆をお願いする予定である。

文献
47)航空機騒音に係る環境基準の設定経過について
  小林理研ニュースNo.20(1988)
48)Wilson Report(1967)
49)緊急を要する航空機騒音対策について、当面の措置を講ずる場合の指針について
  環境庁(1971)
50)航空機騒音に係る環境基準環境庁(1973)
51)霞ヶ浦新空港建設計画資料
52)新京京国際空港防音林音響調査研究報告
  日本音響学会 昭和42年3月
53)新空港防音林用樹種の選定に関する調査研究報告書
  日本林業技術協会  昭和42年3月
54)Field measurement of noise propagation by M-sequence correlation method.
Aoshima &Igarashi ISAS RN-9
  騒音伝搬性状測定(成田)(1975)東大宇宙航空研、 生産研
55)低周波空気振動等実態調査報告書
  新東京国際空港公団環境対策室 昭和54年6月
56)航空機エンジン試運転に伴う騒音及び低周波空気振動調査
  新東京国際空港公団周辺対策部 昭和57年6月
57)特殊空港資料
  埼玉県(入間)東京都(横田)神奈川県(厚木)沖縄県(嘉手納)
58)特殊飛行場航空機騒音判定手法検討調査報告 環境庁
   昭和57,58,59年 小林理研
59)J.Igarashi:Aircraft noise monitoring by short term measurement.
  J.Acous.Soc.Japan(English Edition)10(1989)p.19757
60)嘉手納基地騒音調査結果(速報) 昭和49年NHK(西宮)
61)宮崎空港周辺航空機騒音調査 昭和50年 日本音響学会
62)福岡空港及び宮崎空港周辺における住民の意識調査
   環境庁、NHK技研   昭和50年
63)新秋田空港騒音調査報告書 航空公害防止協会 昭和49/3
64)八丈島空港騒音調査報告書 航空公書防止協会 昭和49/3
65)小畑・石井:相関法による航空機の近距離位置の測定
  日本音響学会 講演論文集 昭利48年10月 p.345
66)T.Ono etal:Aircraft noise monitoring system with identification by correlation technique.
  Proc.Inter-Noise79(1979)p.721
67)M.Kitazawa:Kansai International Airport, its the last solution to airport noise problem.
  Inter‐Noise94(1994)p‐205
68)D.Gottlob:Regulation for Community Noise.
  Inter-Noise 94(1994)p.43
その他航空機騒音関係資料
A)ICAO航空機騒音関連資料
  ICAO Inter nationational standards and recommended practices:
  Environmental protection Anex 16 to the convention on interntational civil aviation.
  Vol. 1 Aircraft noise.(1993)
B)ISO 航空機騒音測定方法の審議経過 1958以来のDraft,DIS,IS
  ISO IS 3891 :Procedure for sescribing aircraft noise heard on the ground.
  ISO IS 5129:Measurement of noise inside aircraft.
C)NASA WRDC Technical Report 90-3052:
  Aeroacoustics of flight vehicles:
  Vo1. 1:Noise sources Vo1. 2:Noise control.

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