1996/10
No.54
1. 騒音を測るということ 2. インターノイズ96(リバプール) 3. 斜入射吸音率試験室 4. グラスハーモニカと丼ハーモニカ(?)摺鉦(すりがね)の話

5. 航空機騒問題の歴史(3)

6. M.C.Comp.耳かけ形補聴器 HB-82MC
       <会議報告>
 インターノイズ96(リバプール)

山田一郎、加来治郎、吉村純一、山本貢平

 小雨の降る暗闇のなかを通り抜けて、我々を乗せたバスは人気のない町にたどり着いた。街燈に照らし出された町並みは、かつての繁栄の面影もなく、まるで白黒映画の一画面に映しだされた戦後の荒れた町並みを思わせる。やっとの思いで見つけたホテルで、聞き取りにくい英語をがまんしながらチェックインを済ませ、24時間以上の長旅の疲れを癒すために部屋に急いだ。明日からはこの町リバプールでインターノイズ96と、それに関連する様々な活動が開始される。

 翌朝、曇り空で夏にしては肌寒い気候の中、ようやくリバプールの町と活動する人々を発見した。鉄道の終着駅舎を通って5分程歩くと、そこにはインターノイズ96の会場となるBritania Adelphi Hotel(写真)があった。このホテルは会議やコンベンションの会場に使える施設を持ち、イギリスでも規模の大きなホテルの一つである。ホテルのロビーは一種独特のにぎわいをみせており、既に、IECやISOの各種meetingが始まっていることが分かった。

International INCEのWorking Party(1996.7.29)
 各種Meetingの一つにI/INCEのWorking Party(W/P)がある。これは騒音制御に関係したあるテーマについて、国際的に調査する目的で設置されているものである。これまでに、作業環境騒音と自動車の加速時の排出騒音に関するW/Pが設置され、すでに調査結果は報告書としてまとめられている。そして、昨年のインターノイズ95(ニューポートビーチ)では新たに2つのW/Pが設置された。ひとつが防音壁(noise wall)、もうひとつが環境騒音(community noise)である。これらのW/Pでは、それぞれのテーマについて各国における現状や取り組み方、政策について調査し、 W/Pとしての考え方を整理して一つのドキュメントとしてまとめあげる作業が行われている。

 2つのW/Pのうち環境騒音関係には山田、加来の両名が参加した。このW/Pでは環境騒音に対してLimitを決める政策担当者および騒音制御に関わる技術者らの騒音評価に対するレビューを実施し、I/INCEとして独立した立場から、どの程度の騒音がどの程度の影響を及ぼすかをあらためて整理・検討することが目的となっている。その主査はイギリスのCivil Aviation AuthorityのDr.John Ollerheadが務めている。今回はそのDraft -1についての意見交換が行われた。わが国の環境行政も変わろうとしているこの時期、その成果には注目すべき点がある。

 もう一つのW/Pは防音壁の効果に関するものであり、山本が参加した。このW/Pは13カ国からのメンバーで構成されており、主査はカナダNRCのDr.Gilles Daigleが務めている。昨年度には、メンバーからそれぞれの国で使用されている遮音壁について、その設置の基準や状況、設置例、設計方法、設置効果の測定例、問題点などについて資料を交換した。主査Gillesは各国からの資料を基にしてReportのDraft-1を作成し、今年の5月にメンバーに送付するとともに、意見の収集をはかった。

 そして、今回のインターノイズ96に先立つW/PではGillesが作成したDraft-2についての討議と意見交換をはかり、Draft-3に向けての分担、役割を決定している。このReportでは遮音壁の設置効果をInsertion Loss(挿入損失)で表現し、 その予測方法や遮音壁の性能に関係する様々な要素について記述される予定である。内容は専門技術者から音響を専門にしない一般の騒音制御にたずさわる人々にもわかるように配慮されている。来年のインターノイズ97までの完成を予定している。

Inter Noise 96の前日(1996.7.30)
 7月30日は午前中にRegistrationを終えて、午後からは組織委員会が企画したリバプール市内のバス観光に参加した。ビートルズの名前で知られるこの町は、200年前には積み出し港として繁栄したそうであるが、現在は比較的ひっそりとしている。バスは大きさの規模では世界の5本の指に入ると言われるLiverpool Cathedralに到着した。ここで、パイプオルガンの演奏を聞く。有名なバッハのトッカータとフーガが演奏され、長い残響をもつ重低音に身が包まれたとき、宗教と音楽の深い関わりを考えさせられた。また同時に、建築音響の原点がここにあるとの印象を受けた。

 我々はPhilharmonic Hallへ徒歩で移動し、Inter Noise 96のOpening Ceremonyに参加した。Congress ChairmanのBernard Berry氏から記念すべき第25回インターノイズの開会と歓迎の辞があり、続いてI/INCEの会長W.Lang氏からこの25年の進歩と歩みについての講演があった。その後、再びバスに乗って港のそばにあるMaritime Museum(海洋博物館)ヘ移動した。ここで歓迎のReceptionが催された。貴重な展示物に囲まれてワインを酌み交わすなんて気分がよいが、日本では考えられないことだ。

Inter Noise 96(1996.7.31−8.2)
今回のインターノイズ参加者は約1200人、発表件数は840件前後という発表があり、近年まれにみる大規模な会議となった。3日間の会議期間中に10会場で全発表をこなすために、かなりハードなスケジュールが組まれた。そのため昼食の時間というのはなく、気の毒にも発表のために昼を食べられなかった人もいたようだ(山本談)。

さて、今回の発表会場からトピックを拾い出して見よう。

Deriving greater value from noise annoyance surveys through international collaboration
(社会調査の様式の標準化)
 J.FieldsとR.de Jongのオーガナイズした初日午前のセッション。ISOに新たなWGができ、この二人が中心に案を策定することになったが、彼らは昨年のICA、このinter‐noiseと研究者の集まる会議に議論の場を設け、「どんなことを考え、どんな風に検証していけば良いか」を整理してまとめていこうとしている。そのために特別な質問用紙を作り、配布した。また、セッションの後、最終日までロビーの目立つところに二人で陣取り、なるべく多くの人から意見を得ようと努力していた。なお、このセッションでは大阪大学の桑野先生による「日本音響学会でまとめた調査票の様式」の紹介もあった。

Change in annoyance and noise levels around airports
(航空機騒音による騒音暴露と社会反応の変化の関係)
 フランスのM. Valletがオーガナイズしたセッションで最終日の午前にあった。「音源対策が進む、滑走路が新設される、・・」など様々な理由で、空港周辺に住む住民の受ける騒音暴露は年月を経て変化する。緩徐な変化もあれば急激な変化もあり、騒音暴露によって受ける社会反応等がそうした変化に伴ってどう変わるかがテーマとして取り上げられている。その趣旨や研究の考え方を論じたM.Vallet、同じ地域で年月をおいて社会調査を繰り返して反応の変化を調べたS.Fidell、騒音暴露の許容限度について論じたカナダのJ.S.Bradleyの発表が興味深かった。

Airport noise(空港騒音)
 シドニーのキングスミス空港の新滑走路に関する騒音問題が生々しく取り上げられていた。新たに作られた並行滑走路の飛行経路下に住み、ある日から突然大きな騒音に曝されるようになった住民から猛烈な抗議が起き、運航計画を手直しするまでの大騒ぎになったという内容である。このことに関連して、4〜5件もの発表があり、生々しい問題がこういう国際会議に持ち込まれたのは珍しい。

 航空機関連には以上のほか、「Military aircraft noise(軍用機騒音)」、「Aircraft noise(航空機騒音)」、「Developments in standards and regulations for environmental noise(環境騒音と規格等)」などのセッションもあり、幅広い討議が行われた。このようにな多岐にたるセッションの企画は今回のCongress Chairman(Bernard Berry氏)が航空機騒音の研究者であったためかも知れない。

 Barriers for noise control(騒音制御用防音壁)
 今回のインターノイズ96では前述のW/Pが並行して進んでいることもあって、そのメンバーであるBradford大学のDavid Hothersall(UK)氏とアメリカのコンサルタントCristopher Menge(USA)氏が防音壁のスペシャルセッションを企画した。その結果、例年のインターノイズでは防音壁関連が極めて少なくなっていたのに対し、今回は例年の約3倍以上に相当する25件の発表が寄せられた。発表はヨーロッパ勢が目について多く、内容も理論的検討よりも実務に近いものが多かった。傾向としては、遮音壁の形状に関与する影響について検討したもの、実務的な遮音壁効果を測定したもの、遮音壁の効果の低下を招く原因を追及したものなど様々である。

 これらの内、最近の防音壁研究の流行として遮音壁先端形状と騒音低減効果を検討したものが多いが、日本の藤原とイギリスのHothersallの連名で発表された内容は一つのトレンドを代表している。彼等は、遮音壁先端部をマルチエッジにすること、また先端表面を音響的にソフトな面(インピーダンスがゼロ)にすることが、防音壁の効果改善に重要であるとし、様々なケースの防音壁を検討した。検討手法としては境界要素法を用い(これも最近のトレンドである)、模型実験で検証している。その結果、10dB近い付加減音量が得られることなどを示した。

 一方、遮音壁の効果を低減させる要素についての発表も注目を引いた。例えば、ベルギーのJ-P Clairboisは車両との騒音反射の影響で低減すること、またこれはユニットパターンに顕著に現われることなどをやはり、計算で示した。また、排水性舗装の設置が自動車騒音のスペクトル変化を招き、その結果遮音壁の効き目を低下させてしまうという研究(A.Anfosso Ledee:フランス)も 興味深いものであった。その他、鉄道騒音の対策用遮音壁の研究がいくつかみられた。

Methods for predicting noise outdoors(屋外騒音伝搬の予測方法)
 W/P(Noise Wall)の主査であるGillesは屋外伝搬予測のスペシャルセッションをK.Attenborough(UK)と企画した。このセッションには単に伝搬予測だけでなく、道路騒音の予測モデルについての研究発表もあり、興味深いものがあった。特にフランスの道路騒音予測法では風の影響もモデルに取り入れており、さすが新しいもの好きのフランス(Gabillet)という印象をうけた。また、地表面と遮音壁の効果を波動的に取り扱う道路騒音予測式の開発をアメリカ(Menge)が開発しているという発表があった(これは防音壁のセッションに入っていたが)。わが国のASJ/Model 1993のA法と同じ方向にあるなと内心思っていた。

 気象の影響に関する伝搬では、西洋の研究者はPE法(Parabolic Equation)やFFP(Fast Field Program)をしばしば用いた研究を行っている。特にこれまで課題としていたのは、逆風条件の場合に発生するシャドーゾーンヘの音波侵入である。この問題についてはカナダのGilles DaigleがPEを用いて検討し、あの有名なParkin&Scholesの長距離伝搬測定結果についての説明を試みている。このセッションヘの日本からの発表としては、海上長距離伝搬を測定した谷奥、小西の発表が注目をひいた。彼等は5kmの伝搬を定期的に測定し、気象条件との関連を説明しようとしたが、それがなかなか一義的ではないことを示した。

環境騒音に関わる研究発表のトピック
 全57セッションの内の9つの部門で環境騒音に関わる研究発表のあった。いくつかの特筆すべき事項の中では、先ず、騒音に対する住民意識等を把握するための社会調査の方法を国際的に統一しようとする動きを挙げることができる(Fields,de Jongなど)。1978年にSchultzが種々の社会調査の結果を総合して騒音レベルLdnと非常にうるさい(highly annoyed)との関係を一つの曲線にまとめて以来、音源の種類による騒音反応の違いの有無や騒音被害の程度を判定する方法に関心が高まってきている。同一の判定尺度を用いることにより異なる国や地域で得られた社会詞査の結果の直接的な比較を可能とするもので、言葉の問題は依然として残るものの、ごく近い将来に標準的な調査方式の提案がなされる筈である。

 また、うるささ等の騒音意識の違いから、ヨーロッパの一部の国では鉄道騒音に対する基準を道路交通騒音よりも緩く設定しているが、この違いが睡眠影響でも成り立つかどうかを確認するための大掛かりな調査がヨーロッパの研究者の間で計画されている(Griefahnら)。騒音による睡眠影響を防止するための基準として最近WHO(世界保健機構)から夜間の屋内のLeqは30dB以下が望ましいとする提案がなされている。この数値は主に実験室での睡眠実験の結果に基づくものであるが、実際の居住者宅では騒音に対する慣れもあって睡眠影響の現れる騒音レベルはもっと高いとする発表が特にアメリカの研究者グループからなされた(Pearsons.Fidellなど)。騒音レベルと睡眠影響の関係としてアメリカ独自の判断基準を今年の末あたりに提案するそうである。環境騒音の分野で著名なドイツ環境庁のGottlobらの発表は興味深いもので、屋外騒音が騒音基準等を満足できない場合は、住宅の遮音性能の向上等によって屋内騒音だけでも望ましい環境を保持すべきであると提案している。欧米に比べ都市の過密が深刻な日本でこそ検討されるべき問題のはずであるが、いつも先を越されているようでならない。

インターノイズ97に向けて
 インターノイズ96は盛況の内に閉幕した。次回、ブダペストで開かれる予定のインターノイズ97で再会することを約束して参加者はそれぞれの国に戻っていった。我々もリバプールからロンドンヘ移動し、一日の休息をとった。山本はその翌日帰国し、山田、加来はさらにその翌日、吉村はサザンプトンのISVR、シュツットガルトにある建築音響の研究所を訪れた後、帰国した。

 今回のインターノイズに出席して、海外におけるコンサルタントは日本に比べてかなりレベルが高いぞという印象を強く受けた。とくにエンジニアと呼ばれる人々は、音響の知識が豊富なだけでなく、最新論文を多く読んでおり、問題解決に積極的に対処しているという姿勢がみられた。(生半可な知識では簡単に論破される。)

 また、ヨーロッパやアメリカは研究者間の情報交換も盛んに行われており、共同で研究を進めることもしばしばあるようだ。したがって、どこのだれは今まではどのような研究をしており、これからは何をするのかなどは知り合っているようだ。日本人もそろそろそのようなネットワークの環の中に入れるようになればと思った。

おそらく、インターネットによる情報交換はそれを助けてくれるに違いない。そして、国際会議の場で相手に出会った場合にも、自分たちの意見を対等に述べられるようになりたいものだ。日本人は異質ではないということを示すためにも、そしてインターノイズ97に向けても……。(文責:山本)

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