1996/10
No.54
1. 騒音を測るということ 2. インターノイズ96(リバプール) 3. 斜入射吸音率試験室 4. グラスハーモニカと丼ハーモニカ(?)摺鉦(すりがね)の話

5. 航空機騒問題の歴史(3)

6. M.C.Comp.耳かけ形補聴器 HB-82MC
       <技術報告>
 
M. C. Comp. 耳かけ形補聴器 HB-82MC

リオン株式会社 聴能技術部 柚 木  昇

1はじめに
 近年、補聴器の進歩には著しいものがあります。形状的には補聴器を構成するマイク、イヤホン、電池、ボリューム、スイッチ、ICをはじめとする電気部品等の小型化により、外耳道の中にスッポリとおさまってしまう超小型カナルタイプまであります。ハードウェアではデジタル処理技術が応用され、当社が世界に先駆けて開発したHD-10を始めとして各社独自の信号処理を施したデジタル補聴器が開発されてきました。デジタル信号処理はフィッティング法の開発と相まって今後大いに開発が進められていく分野です。

 一方、最近注目されている補聴器用増幅器としてノンリニア増幅器があります。感音難聴者は音の刺激レベルの増加に対する音の感覚レベルの増加が正常耳に対して異常に急速であるレクルートメント現象を伴うと共に聴力レベルが高いほど(聞こえが悪いほど)聞こえのダイナミックレンジが狭くなってきます。このような難聴者の限られた聞こえのダイナミックレンジを最大限に活用するためには、入力レベルに応じて増幅度を変化させる圧縮増幅器いわゆるノンリニア増幅器が有効になってきます。当社では従来から難聴者の聞こえをいかに良くするかを念頭において補聴器を開発してまいりましたが、ここに紹介させていただきますM. C. Comp. HB-82MCは当社独自の2チャンネル瞬時圧縮方式を採用したノンリニア補聴器で、間き取りと音質の向上を実現すると共にフィッティングの容易性に重点をおいて開発された補聴器です。
写真 M. C. Comp. HB-82MC

2.M. C. Comp. とは
M. C. Comp.(エム・シー・コンプ)とはMulti Channel Compressionの略で、マルチチャンネル処理を行なう当社独自のノンリニア補聴器のことを言います。

3HB-82MCの特徴
3.1 2 チャンネル瞬時圧縮方式
 HB-82MCの圧縮方式はダイオードによる瞬時圧縮方式を採用しています。AGC方式特有のアタックタイム*1やリカバリータイム*2による波形の過渡歪みがなく、周波数帯域を高域、低域の2チャンネルに分けて圧縮処理を行なうことにより高調波歪みも低減しております。
 必要な利得を確保し、うるささを抑えると共に聞き取りと音質の向上を実現しています。
*1:高レベルの入力に対し、回路が圧縮処理を開始するまでの時間遅れ
*2:高レベルの入力が途切れた際、回路が圧縮処理を中止するまでの時間遅れ

3.2 聞こえのダイナミックレンジの有効活用
 聴力レベルにより聞こえのダイナミックレンジは異なります。HB-82MCでは当社開発のフィッティング方式「3DM」により計算される装用利得と最大出力音圧レベルを、3つの調整器で容易に設定可能です。
 会話のレベルからうるさいレベルまでの入力信号を、聞こえのダイナミックレンジの聞きやすいレベルからUCL(不快域値)までの中に的確に入れることが可能です。

3.3 ダイレクトフィッティング
 HB-82MCでは各チャンネルごとの利得と圧縮比などが同時に変わるHC、LC、と最大出力音圧レベルを調整するOGCの3つの調整器を装備しました。対応する聴力レベルと目盛りの数字が対応しているので、聴力レベル直読で容易に初期設定ができます。

3.4 様々な聴力型に対応
 HC、LC調整器の設定を組み合わせることにより、様々な周波数特性が実現可能です。したがって、様々な聴力型をもつユーザーにも的確な対応ができるようになりました。

3.5 操作性、信頼性の向上
 ボリューム、電源スイッチ、電池ホルダーの配置はもとより、動作フィーリング、クリック感なども見直し、「耳にかけたままでの操作性」を追求しました。
 また補聴器の大敵である汗対策についてはノウハウを盛り込んだケース構造、内部コーティング処理、電池室下部に通気孔を設けるなどして一段と向上しています。

3.6 騒音制御装置(Sスイッチ)付
 スイッチの切換え一つで低域の利得を抑えます。騒音が多い環境で有効です。

3.7 「おまかせ回路」搭載
 電池をどちら向きに入れても電池の極性を自動判定して動作する「おまかせ回路」が搭載されています。高齢者の方でも電池交換が容易に行なえるリオネット補聴器独自の機能です。

4HB-82MCのフィッティング
HB-82MCの調整器は3DM法にて聴力レベル直読でフィッティングできるようになっています。図1のオージオグラムを例にとって初期設定を行ってみます。

(1)ボリュームは2.5に設定。
(2)HCは2000Hzと4000Hzの聴力レベルの平均値に合わせます。例では75
(3)LCは500Hzと1000Hzの聴力レベルの平均値に合わせます。例では55
(4)OGCは平均聴力レベル(4分法)に合わせます。例では60

 これで初期設定は終了しましたが、実際に装用してもらい、様子を聞きながら微調整を行ないます。
図1 オージオグラムと設定例

5.HB-82MC聞こえの秘密
 図2は「暑かったね。」と言ったとき、HB-82MC、AGC補聴器、リニア補聴器それぞれの補聴器を通した出力の時間波形を比較したものです。この時間波形よりAGC圧縮、リニア増幅に対するHB-82MCの瞬時圧縮方式の利点を見ることができます。

・高レベルの母音の直後の子音を十分に増幅する /ts/や/n/は、AGC圧縮では/a/のリカバリータイム内にあるため、十分な増幅がされません。一方、HB-82MCではリカバリータイムが無いため、十分な増幅がされています。

・音節の立ち上がりのレベルを的確に制御する AGC圧縮では、/a/や/t/はアタックタイムにより、レベル制御が十分にできません。一方、HB-82MCではアタックタイムが無いため、十分な制御が行なわれています。

・低いレベルを十分に増幅する

 「時間波形」で特徴的なのはHB-82MCとAGC補聴器はリニア補聴器に比べて高レベル部が圧縮されピークレベルは同じですが、HB-82MCの方が黒く塗り潰したように見える部分が多いことです。

 高レベル部の隙間を埋めるように存在している低レベル部はAGC圧緒では圧縮が回復しきれず、レベルがさらに小さくなっています。一方、HB-82MCは瞬時圧縮のため、低レベル部が十分に増幅されていることが分かります。

図2 HB-82MC、AGC補聴器、リニア補聴器の出力音圧の 時間波形

6.B-82MCの仕様
 適応難聴度    経度〜中等度(HL:30〜80dB)
 90dB最大出力音圧レベル (1600Hz) 128dB±5dB
            (ピーク値) 136dB以下  最大音響利得(1600Hz)       58dB±5dB
 調整器 OGC 出力制限装置
     HC  高域チャンネル圧格調整
     LC  低域チャンネル圧格調整
 入力切換えスイッチ    O-S-M
 大きさ・質量 4.6×1.5×0.92cm約4.4g(電池16g含まず)
 電池           PR44
 電池無極性化機能     あり              
            *数値はJIS C-5512による測定値

-先頭へ戻る-