1989/4
No.24
 1. ニュース発刊7年目を迎えて  2. 平成元年を迎えて 3. 航空機の音 (昭和初期―昭和43年)  4. 耳栓 (Earplug) -耳塞ぎ餅の話し-  5, チタン酸鉛系超音波材料の開発と超音波トランスデューサー
 6. 建築物の遮音性能測定機能をもった騒音計 NA-29
       <骨董品シリーズ その6>
 耳栓 (Earplug)
     ―耳塞ぎ餅の話し

所 長 山 下 充 康

 騒音に対する意識の向上に伴って近年では騒音レベル低減が環境全般にわたって注目されている。しかしながら、工場設備や作業機械の中には激しい騒音を伴い、その低減が本質的に不可能なものも少なくない。そのような高い騒音レベルのもとで働く者が騒音性難聴を引き起こすことが懸念されるため、聴力保護のための防音用耳栓の着用が義務付けられている。

 防音保護具には耳栓の他に「耳覆い(Earmuff)」があるが、今回の骨董品シリーズでは耳栓を取り上げることとした。

 雑貨屋の物置のようにごたごたと積み上げられた木箱の中から転がり出て来たのが写真[A]に見られるような小指の頭ほどの大きさの球体である。白い脱脂綿のボールにみえるが、手に取ると芯に堅いものが入れられているのが判る。綿を取り除くと半透明のパラフィンのような材料で出来た堅いボール状の物体がのぞいている。

写真[A] 綿ボールのようなワックス耳栓

 小箱に納められていて、何やら意味ありげなもので、手の平にとってためつすがめつ、あれこれといじりまわしたが、次第にこれが餅のように柔らかくなってきた。箱の表面に記された年号から推測すると第二次世界大戦当時のものである。

 綿の繊維にワックス処理をして銃の発射音から耳を護ったという記述が古い文献にある。ここで発見された綿ボールはどうやら防音用耳栓らしい。

 そのつもりになってあちこちと探し回ったところ、幾つかの違うタイプの耳栓が出てきた。どれも年代物らしく、エボナイトやアルミニュウム、ゴムといった材料が使われている。(写真[B]参照。)現在の耳栓の材料はプラスティックが多い。  

写真[B] 様々な形の耳栓

 耳栓についての論議が学会に登場するのは昭和26年以降で(切替一郎:日本音響学会誌,35-1978による)、その頃小林理研では労働省からの研究補助金を受けて耳栓の研究をしていたようである。

 昭和30年(1955年)に日本工業規格JIS B 9904 ―防音用耳せん―が制定され、これは米国のASA-Z-24・22-1957-(Method for Measurement of the Real Ear Attenuation of Ear Protectors at Threshold)よりも2年早い。現行の防音保護具の規格は耳覆いまで含めてJIS T 8161-1974が制定されている。

 さて、体温で柔らかくなった綿ボールを耳の穴に挿入できる程度の太さにもみ伸ばして外耳道を塞ぐと、綿がモヤモヤと耳たぶに触れて気にはなるものの、隙間無くなじんで、結構な遮音量を感じる。

 ところで、突きたての餅のように柔らかくなった綿ポールを手にして、日本各地に伝わる「耳塞ぎ餅」の習俗を思い浮かべた。

 「日本社会民族事典(誠文堂新光社)」によれば、「同齢者が死んだ場合、その計音を聞くまいとして餅その他のものをもって耳を塞ぐ呪的行為であり、そのとき用いられる食品を、としたがえ餅、年増し団子、耳塞ぎ、耳団子などという……。」とのことである。

 柳田国雄の「葬送習俗語い」でも「……米の粉を練って耳の形としたものを作り、これを耳に当て……」という耳塞ぎ餅が登場する。この種の風習は今日でも丹波地方の一部に伝えられ、「耳の形につくった耳団子に黒豆一つをつけ、それを耳に当てると耳孔に詰まって音を遮断する……」という行事が残っている。

 これらの風習は邪悪な物の怪が耳から侵入すると考え、それを避けることを目的としたものであろう。地方に因っては野球のミットのような鍋つかみで耳を覆う風習もあるようである。鍋つかみは今で言うところの「イヤマフ」タイプの防音用具であろう。

 聞きたくない音から逃避するために耳に詰め物をすることは生活の知恵であったらしく、音に霊力が宿っているものと受け止め、悪霊からの逃避を試みる呪法は、日本だけではなく、西洋にも音に魔力を持たせた話しが少なくない。

 島の上で歌をうたって、近くを航行する舟の水夫達を惑わす妖精サイアレン(セイレネス=シレネス=サイレン)の歌声が聞こえないように水夫達の耳にロウを垂らして塞ぎ、自らを帆柱に縛り付けさせて難所を乗り切ったオデュセウスの物語はギリシャ神話のハイライトの一つとして有名である。ここでも耳栓が活用されている。

 呪法ではないが、西洋のカジ屋が耳に詰め物をして仕事に励んでいる様子を描いた古い絵画が残されている。鉄を鍛える際のハンマーからの強い衝撃音によって聴力が受けるダメージに対する防護をしているのは立派なプロ意識と言えよう。

 地方都市に出張したおり、列車の待ち時間を持て余して覗いた駅前のパチンコ店で、耳にパチンコの玉を入れている一人の客を見かけた。銀色の玉が溢れんばかりの大きな箱に片足を乗せてじっと一点を見つめている様子から察するに、この人はかなりのベテランと見受けたが、耳に光るパチンコ玉は手近な材料を利用した聴力の保護具であろう。幸いにして、長居が出来るような技術の持ち合わせが無くて、僅かの時間しか店内に留まれなかったが、店を出てからしばらくの間、閾値の上昇を感じた。確かにパチンコ店の中の音は相当なものである。パチンコマニアは騒音性難聴に用心が必要である。

 パチンコの玉が防音保護具としてどの程度の性能かは定かでないが、鉄という材質から遮音量を考えるとかなりの性能であると推察される。件のベテラン氏の真似を試みたが、耳の孔の寸法に比べてパチンコの玉が余りにも大きく、どうしても納まらなかった。外耳道の余程大きな人だったのかもしれない。

 JIS T 8161に示されている防音保護具の遮音値の基準を表に示した。

(備考)
EP-2の1000Hzにおける遮音値は15dB未満に
する ことが望ましい。

 ここで、耳栓はEP-1(低音から高音までを遮音するもの―1種)、EP-2(高音のみを遮音するもの―2種)、EMは耳覆いで低音から高音までを遮音するもの、と区分されている。

 耳栓の性能には隙間を如何に作らないようにするかが関与するので、パチンコ玉がピタリとはまり込むような耳の孔の持ち主ならば申し分ないが、外耳道の太さや断面形状は人それぞれに違いがあるので、上手に馴染ませるのに様々な工夫がなされている。

 最近、駅の売店などで簡単な耳栓が売られているのを眼にする。紙巻き煙草のフィルターを太くしたような形をしているが、指で押しつぶすと平たくもなれば細くもなる。耳の孔に挿入出来る程度の太さにして使うのだが、元の太さに復元する性質の材料で作られているらしく、差し込んでしばらくすると耳の孔一杯に膨らんで結構な効果を感じることができる。正確な遮音性能を実測したわけではないが、高い周波数の音には効果がありそうで、通勤電車の中での騒音が気になる人にはお薦め品であろう。派手な色が使われていて、どうしても人目につくから電車の中などで使うのには勇気が要るが、ちょっとした騒音職場などでは便利かもしれない。

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