1989/7
No.25
1. 航空機の音(ICAO騒音会議-現在) 2. ポータブル蓄音機 SOUND BOX 3. 振動ピックアップのラウンドロビンテスト 4. 2チャンネル耳かけ形補聴器アークII(HB-38)について
      
 航空機の音
     (ICAO騒音会議-現在)

理事長 五 十 嵐 寿 一

4. ICAO航空機騒音特別会議
4-1. はしがき
 民間航空にジェット機が登場して以来、空港周辺の住民から多くの苦情が寄せられた。しかし将来にわたって航空交通の増加が見込まれることから、航空機騒音の抜本的な対策を講じない限り大きな社会問題に発展することが予想され、航空の発展には限界のあることが指摘されていた。一方、ICAOは1960年頃よりISOに対して航空機騒音の測定方法について審議を要請していたが、ISOがまとめたISO R507:空港周辺における航空機騒音の測定方法(1)について、1966年のロンドン及び1967年のモントリオールの会議(この会議でフランスは騒音証明の必要性を提案している)において検討を重ねていた。ついでISOはICSO及び各国から寄せられた意見に基づいてR-507の改訂版R1760を作成し、モニタリングに関するISO R1761(2)とともにICAOに提出した。ICAOはこれらの草案に対する各国の意見を求め、その結果に基づいて1969年12月カナダのモントリオールにおいて航空機騒音に関する特別会議を開催した。この会議における主要議題は次の項目である。

 (1) 航空機騒音の測定評価方法
 (2) 航空機騒音の人体に及ぼす影響
 (3) 航空機騒音証明
 (4) 航空機騒音低減運航方法とその評価
 (5) 土地利用の方策
 (6) 地上試運転の際の騒音対策

 会議は2週間にわたり、29ヶ国、約150人が参加し、日本からは、寺井久美、石野康太郎(運輸省)川田和良(日本航空)の各氏と筆者が出席した。
 次にそれぞれの議題について概要を述べる。

4-2. 会議の概要
4-2-1. 議題1:航空機騒音の測定評価方法
 航空機の設計及び騒音証明に用いる騒音の単位としては、ISO R1760で提案されているEPNLに統一すべきであるとする日本、英国、フランス、デンマークと、A特性騒音レベルを用いる一般の騒音定の方法でよいとする西ドイツ、南アフリカの意見が対立した。とくにISOの方法は複雑過ぎるとする反対意見があったが米国では邦航空局)が航空機騒音の測定方法について、ISOに準じてFAR36として制定していること、また米英仏各航空機メーカーも測定の基本既にFAA(連として、PNL(Perceived Noise Level)の尺度を採用していることが報告され、FAR36に基づいた米国からの提案に若干の修正を加えてICAOの基準とすることになった。またモニタリングに用いる単位として、ISO R1761で提案している精密騒音計にPNL曲線の40Noy Curveの逆特性を持たせた回路を用い、+7dBの補正をしてPNLの近似値とする方法、または通常の騒音計で測定し、PNLに変換する補正値を9〜14とする方法が採用された。一方、空港周辺の土地利用に使用する指標として英国のNNI、米国のCNR、NEF、南アフリカのNI等について検討が行なわれたが、これも国際的に統一して比較できるようにする必要があるとして、EPNLから誘導されるISOの提案、LPN,eqをICAOとしてECPNLとすることになった。(ISOのLPN,eqにしなかった理由として計算機処理において下付き添字は好ましくないという意見があった)。なお、土地利用に用いる指標についてスエーデンから騒音暴露量に影響を受ける人口の数を乗じた評価量の提案があったが、これを土地利用を審議する議題5で検討することになった。

4-2-2. 議題2:航空機騒音の人体に及ぼす影響
 航空機騒音が空港周辺の住民に与える影響については、ICAO事務局が各国における調査結果に基づき、「現在程度の騒音では、肉体的、心理的に人体に害を及ぼしていると判断される証拠がない」とする見解を提出していたが、審議の結果この案には賛成できないことが確認され、今後航空機騒音の人体に及ぼす影響について、ICAO加盟国及びWHO(国際保健機構)を含めた国際会機関で長期的な調査を進めていくことが合意された。また空港周辺住民に対する影響の評価には議題1のECPNLが適当で、それに四季および1日の時間帯についてのWeighting Factorを考慮すべきことが合意された。

4-2-3. 議題3:航空機の騒音証明
 航空機騒音の証明制度については、2年前のモントリオール会議においてフランスから提案されていて、この会議においても各国が大きな期待をもってその実現を望んでいた。従ってその採用についての反対はなかったが、主要生産国である英、仏、米三国の提案について細部にわたって議論があった。特に基準値の問題、測定方法、飛行コースと気象の変動について基準化のための補正方法、対象とする機種、制度発効の時期等が論議されたが、原案に若干の訂正を行って合意が成立した(騒音証明の測定点についてヤードをメートルに変更すること及び騒音限度の一部修正等)。

尚、騒音証明制度についてはこれをICAO Standardとすることになったが、そのためには各国とICAO理事会の承認が必要で時間がかかることが予想されるので、各国ではできるだけ早い機会に自国の制度に取り入れて実施することになった。またこの制度の適用される機種は亜音速ジェット機でバイパス比2以上のエンジンを持つ航空機とし、1969年1月1日以降に新たな耐空証明の申請が受理された航空機ということになった。亜音速ジェット機に対する騒音基準は1971年に発効したが、1977年に改訂され、エンジンの数に応じた基準に変更され、さらにきびしい基準になった。

4-2-5. 議題5:土地利用の方策
 (1) 航空機騒音と両立する空港周辺の土地利用を有効に進めるための評価指数として、ECPNLを採用することが議題1で決定したが、その測定を容易にする近似方法について論議がおこなわれ、騒音レベルからPNLを求めるため、着陸時には+15それ以外は+13にすること、また時間帯補正として各国の事情によって1日中を日中、夜間と2つに分けるか、日中、夕方、夜間の3つに分けることになった。またこれらをICAO Standardではなく、Guidance Materialとして発行することとした(3)
 (2) 議題1でスエーデンから提案のあった、土地利用のためには、騒音の影響を受ける人口と騒音暴露量の積が評価量として適当であるという案については、議論の結果、新空港や新滑走路の建設について利用できる手法ではあるが、充分な科学的根拠に乏しくTotal Noise Exposureの考え方と矛盾するという意見があって採用されることはなかった。
 (3) 土地利用計画に利用できるNoise Zonesを設定することについても検討されたが、各国によって事情も異なるのでそれぞれの国で実施している情報を集めてGuidance Materialに含めることになった。この件については別のワーキンググループが設けられ、参考として次の3つのゾーンに分けることをICAOの案とし、そのゾーンに相当する騒音レベルについては今後数値で示すことを検討することになった。

Zone A:騒音のための土地利用が阻害されない地域
      利用例:学校、住宅
Zone B:騒音のために土地利用が制限される地域
      利用例:事務所、銀行、倉庫
Zone C:騒音のために特定の使用にしか供されない地域
      利用例:農地、機械工場

4-2-6. 議題6:地上試運転騒音低減方式
  地上試運転騒音については、最大パワーでの試運転の必要性の減少と消音器の採用によって、もはや重要な問題では無いとする意見もあったが、各国が実施している地上試運転騒音の低減に関する情報をICAOが集めて配布することになった。
 この会議では議題毎に結論を作成し、あらためて総会に報告して承認すると云う方式が取られた。
 ICAOはこの特別会議の決議に基づき理事会で審議のうえ、1971年、ICAO ANNEX 16として発行した
(4)

5. ICAOのソニックブーム委員会
 1972年5月、カナダのモントリオールにおいて、第1回のソニックブーム委員会が開催されることになり、日本航空の川田氏と著者が参加することになった。この会議は英仏協同開発にかかるコンコードの民間航空路線就航にあたって、超音速飛行の際発生するソニックブームによる人体、家畜、その他に対する影響を把握し、飛行ルート、運行方法、経済効果等を検討するため召集された。ここではコンコードの試験飛行の際のデータ等について、その物理的性質、人体とくに睡眠に対する影響、ミンク等の家畜への影響、圧力波による雪崩の発生の可能性等について検討が行われた。その結果、人口の多い陸上の飛行を極力避けること、1万メートル以上の高空に達した後音速を超える飛行方法を採用すること、今後開発される超音速機については亜音速のジェット機と同様の騒音証明を検討すること等について合意された。この委員会は翌年第2回が開催され、その検討結果に基づきコンコードについては、生産が予定されている16機について特例としてその就航を認めることになった。米国も超音速の民間機を計画していたが、その開発を中止することになったと報告された。尚、ICAOは1976年、超音速機の運航に関するGuldance Matenalを発行している(5)。米国における超音速機に対する運航制限及びソニックブームの影響については文献(6)(7)参照。

第1図 コンコード

6. 大阪空港周辺の騒音調査
 ICAOの航空機騒音特別会議の結果、当時使用されていた航空機の騒音に関する基礎データが資料として入手できることになり、最も騒音問題の著しい大阪空港について騒音コンターの作成を行うことになった。さらにこの計算結果を検証するため、空港周辺170地点において各点最低3日間の騒音測定を実施し、その結果に基づいてコンターを作成したが、机上計算によるものとの相違が小さいことを確認した(8)。この作業の頃から西宮元氏の協力が得られることになったが、当時NHKは空港周辺で聴取料の減免を実施していて、業務関係があるということで、航空機騒音対策の課題に参加されることになった。その後昭和55年に亡くなられるまでの10年にわたる同氏の航空機騒音問題に対する寄与はきわめて大きい。特に空港周辺地域に対するアンケート調査の実施と結果の整理については、放送文科研究所で開発されていた、数量化理論による「要因分析」の手法を応用し、調査結果に反映された多くの要因について量的な取扱を可能にした。発表された他にも多数の業績はあるが、主要なものを文献として挙げてお(9)(10)(11)(12)

7. 関西新空港計画の審議
 大阪空港の深刻な騒音問題の対策と関西地域の将来の発展を展望して、代替空港を建設する計画が浮上し、前稿で述べたように淡路島が最初に候補となった。しかし、伊丹空港と同様陸上における騒音問題が懸念されることから、海上を埋め立てて建設する計画に変更され、特別委員会において審議を行うことになった。審議は昭和46年より49年の間、神戸沖、播磨灘、和歌山泉南沖の3つの地点を候補として、経済性、利便性、建認の方法に加えて沿岸地域に対する騒音の影響について特に重点的に検討が行われた。騒音の影響を少なくするため沿岸から約5km沖合に建設することとし、予想される飛行ルートにおける試験飛行や羽田空港沖合数kmにおける離陸航空機の騒音測定が行われた。その間関連の自治体からの意見聴取等の手続きを経て、和歌山泉南沖に建設する案の答申(13)が行われた。行政的に建設が正式に決定し、関西国際空港株式会社が発足したのは昭和59年で、現在平成5年の開港に向けて工事が進行中である。

8. 航空機騒音に関する環境基準の設定
 航空機騒音の環境基準については、研究所ニュースNo.20(1988-4)に述べたので詳細は省略するが、ICAOの特別会議及びロンドンヒースロー空港の報告書、大阪及び千歳空港の騒音測定とアンケート調査結果等を参考にして検討が行われた。望ましい基準値としてはアンケートの結果に相当のバラツキがあったが、結局住居地域でNNI40に相当するWECPNL70とすることになった。

第2図 関西国際空港

9. 昭和50年以降
 航空機騒音に関する環境基準に基づいて各民間空港について騒音コンターが設定され、騒音対策が積極的に実施されることになった。昭和50年から昭和61年に至る民間空港に対する障害防止対策費の推移を表に示す(14)。ICAOの航空機騒音についての証明制度の設定により、新しく生産される航空機のみならず旧型機についてもエンジンの改修が行われた結果、空港周辺の環境改善に大きな貢献をした。昭和47年頃、すでに発表されていた新型機の騒音資料により、10年後の大阪空港における騒音コンターを試算し、約5dB程度コンターが縮小すると見込まれていたが、これはほぼ達成されたことが既に確認されている。障害防止対策と並行して、航空機の運航と騒音環境の変化を監視するため、各空港には国及び地方自治体がモニタリングシステムを設置することになったが、特殊機能をもつ航空機騒音自動測定装置が本研究所及びリオンの共同開発で完成し、昭和56年大阪空港周辺10ヶ所と空港内に中央監視システムが設置された。このシステムは相関技術を利用した航空機騒音の識別と航空路の監視(15)(16)(17)(18)及び騒音のスペクトルからターボプロップ機とジェット機の識別(19)も可能にしたものである。現在改良型のモニタリングシステムを福岡国際空港に設置する計画が進行中である。

表 空港周辺対策事業費の推移
参考文献
(1) ISO R 507:Procedure for Describing Aircraft Noise in the Vicinity of Aerodromes-1969.
(2) ISO R 1761:Monitoring Aircraft Noise around an Airport-1970.
(3) ICAO Circular 116-AN/86:Noise Assessment for Land-Use Planning-1974.
(4) ICAO:International Standards and Recommended Practices. Aircraft Noise. Annex 16 to the Convention on International Civil Aviation. Vol.1 Aircraft Noise. First Edition-1971.
(5) ICAO Cicular 126-AN/91:Guidance Material on SST Aircraft Operations-1976.
(6) 五十嵐寿一:米国における超音速機の運航規制 コンコルド乗入れについてとられた政策
   航空公害 8(2) 50-58(1981)

(7) 五十嵐寿一:ソニックブームの影響について
   日本音響学会誌 29(2) 50-58 (1981)
(8) J.Igarashi and G.Nishinomiya:Determination of Noise Exposure around an Airport.
   ISAS(Inst. Aeronautical Sci. Univ. Tokyo)Report No.476(1972)
(9) 西宮元、五十嵐寿一:航空機騒音の計測と評価
   日本音響学会誌 28(4) 194-206 (1972)
(10) 西宮元:騒音評価における電子計算機応用         
   日本音響学会誌 29(6) 373-378 (1973)
(11) 西宮元:騒音に関する社会調査手法について
   日本音響学会誌 31(1) 37-43 (1975)
(12) 西宮元:騒音・振動に関する社会反応とその特徴について         
   日本音響学会誌 32(3) 147-155 (1976)
(13) 航空審議会答申:関西国際空港の規模及び位置
   運輸省航空局 昭和49年
(14) 昭和61年度 運輸経済年次報告  運輸省
(15) I. Yamada, I. Ono, N. Hayashi:Recent Development of Aircraft Noise Monitoring System.
   Proc. Inter-Noise 84, 703-706 (1984)
(16) 小畑秀文、石井泰、五十嵐寿一:相関法による航空機の近距離位置測定
   音響学会講演論文集 昭和48年10月
(17) T. Ono, M. Okuda, I. Ono & N. Hayasi:Aircraft Noise Monitoring System with Identification Function by Correlation Techniqus.
  Inter-Noise 79 21-724 (1974)
(18) G. Nishinomiya, F. Sasaki, I. Ono, N. Hayashi:Aircraft Noise Identification System (Application for in Flight Position Detection).
  Proc. Inter-Noise 80, 1121-1124 (1984)
(19) I. Yamada, S. Shimizu, A. Yokota:Acoustic Recognition of Aircraft Types in Flight.
  Proc Inter-Noise 83, 827-830 (1983)

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