1989/7
No.25
1. 航空機の音(ICAO騒音会議-現在) 2. ポータブル蓄音機 SOUND BOX 3. 振動ピックアップのラウンドロビンテスト 4. 2チャンネル耳かけ形補聴器アークII(HB-38)について
       <技術報告>
 2チャンネル耳かけ形補聴器アークII(HB-38)について

リオン株式会社聴能技術部 柚 木  昇

1. はじめに
 感音性難聴耳では、可聴域値の上昇のほか、補充現像、ピッチシフト、diplacusis等複雑なひずみをうけて音声情報が感受されます。このため、ただ音声を増幅して聞かせたのでは充分な受聴明瞭度を期待することができません。

 受聴明瞭度が低い値にとどまるのを検討してみると、母音の異聴やほとんど語音の弁別ができないということもありますが、特に子音の異聴が原因と思われるケースが多いことがわかりました。子音の異聴を改善するために、いわゆるミラー効果を期待し、増幅器にこのような周波数特性をもたせ、これによって受聴明瞭度が改善されることもあると報告されています。しかし、そのような特性で増幅されたものは、単音或いは音節明瞭度の改善には役立っても、日常会話を聞く場合には音がひびき過ぎる等の不快感が強く、感音性難聴者にとって耐えられないことが多いのです。此度、感音性難聴者にとって聞き易く、かつ受聴明瞭度の向上が期待できる2チャンネル耳かけ形補聴器アークII(HB-38)が開発されましたので紹介します。

2. 歴史
 実は「2チャンネル補聴器」というのは、今回新たに開発されたわけではなく、その歴史は大変に古いものです。昭和46年の日本オージオロジー学会において、SSB(Single Side Band)クリッピングを行なった補聴器が当社から発表されています。これは、信号を高周波に変換して平衡変調し、シングル、サイド、バンドとしてクリッピングを行なったものを、可聴周波数の信号に復調して聴取するようにした補聴器です。
 昭和48年には、アークIIの母体となる回路方式が日本オージオロジー学会において発表されました。それは、音声帯域を3バンドに分割し、各バンドごとに増幅器とクリッピング回路を設け、さらに奇数次高調波を除去し、混変調ひずみを低下させるべくローパス・フィルターを通した後、ミックスして聴取するようにしたものです。そして、このような音声圧縮回路を作製し、正常聴力者と感音性難聴者に受聴させた結果を報告しています。
 この方式の補聴器がはじめて発売されたのは昭和51年HB-82という箱形補聴器でした。その後の部品の小形化、実装技術の進歩はめざましく、ここに2チャンネル耳かけ形補聴器が誕生しました。

3. アークII (2チャンネル耳かけ形補聴器)
 感音性難聴者用補聴器は、難聴の程度に応じて出力レベルが制限されることが望ましく、従来いくつかの方式がこの目的で提案され"聞き易い"という点では効果を挙げています。しかし、受聴ひずみの著しい感音性難聴者の受聴明瞭度を改善することは、従来の方式では困難でありました。従来のものは、振幅ひずみを起こす欠点があり"聞き易さ"はあっても受聴明瞭度が向上せず"判り易さ"がないという重大な問題がありました。
 クリッピングを例にとって説明すると純音を増幅した後、所定のレベルでクリッピングをすると方形波となり3次、5次、7次…の奇数次の高調波ひずみが生じてしまいます。この方法を音声のような多数の周波数成分を含んだ信号に対して行なうと、高調波ひずみが多くなり受聴明瞭度は低下しなくとも積極的に上昇または改善することは不可能です。
 アークIIは、音声入力信号を低域周波数バンド、高域周波数バンドの2チャンネルに分割し、それぞれのバンドごとに増幅した後、クリッピング(ARC)を行ないます。さらに奇数次高周波ひずみを除去するために、低域バンドのみローパス、フィルターを通し、高域バンドはそのままでミックスしてイヤホンで聴取するようにしたもので、感音性難聴者用として受聴明瞭度を著しく向上させることができます。このとき高域バンドで生じた奇数次高周波ひずみは、イヤホン特性を利用して除去されます。
 図1に、アークIIのブロック図を示します。このようにアークIIにおいては、それぞれのバンドのクリッピングレベルを可変したり、各バンドのミキシングレベルを可変とすることにより、いつも快適な聴取域値で聞くことができます。
図 1

 図2にフィルター後で高周波ひずみが取り除かれている様子を示します。また、図3は、低域チャンネル、高域チャンネルそれぞれにクリッピング(ARC)をかけた時の様子を示します。

図 2
 
図 3

 アークIIは、感音性難聴者の受聴明瞭度が向上すると述べてきましたが、もちろん伝音性あるいは混合性難聴者の方々にも満足してご使用いただけます。
  耳がけ形補聴器アークIIは、長い歴史の中から生まれたものですが、補聴器としてはやはり一つの過程にしか過ぎません。もっと多チャンネルに、もっと小形になっていく方向もあるでしょうし、またこれらの積み重ねの技術が、将来AI補聴器にかならずや結びついて行くものと期待するしだいです。

文 献
(1) 非直線変換を行なった補聴器とその適応
  坂本正二他 Audiology Japan Vol.14, No.4, 1971
(2) SSBクリッピングした音声の難聴者の聴え   
  中村賢二他 日本音響学会講演論文集 1973
(3) 低歪化を目指した新しい音声圧縮回路と受聴明瞭度
  小澤恒造化 Audiology Japan Vo1.16, No.5, 1973
(4) 低歪化を目指した新しい音声圧縮回路と受聴明瞭度(第2報)
  小澤恒造化 Audiology Japan Vo1.17, No.5, 1974

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