1987/7
No.17
1. 小林理学研究所における音響、振動関係の研究室紹介 2. 騒音振動第1研究室 3. 騒音振動第2研究室

4. 騒音振動第3研究室

5. 建築音響研究室

6. 作業環境騒音に関するISOの最近の動向 7. クリーンエアの周辺
       <技術報告>
 
クリーンエアの周辺

リオン(株) 環境技術部 星 名 民 雄

はじめに
 1立方cmの大気中には、直径50mm(2万分の1mm)から10μm(0.01mm)ほどの粒子(ちり)が数千から数万個浮んでいる。このちりをすっかり取り除いたきれいな空気がたえず流れている無塵室を、クリーンルームという。クリーンエアの技術は現在、思いがけない分野 にまで広く使われていて、たとえばかまぼこやもち、生うどんなどの食品は、包装前に浮遊している腐敗菌が付かないよう、クリンエアの環境で作られる、意外なのは銀行の大地下金庫。このなかには紙幣、証券類、貴金属、宝石のほか、貴重な書画や古美術品が保管され、恒温恒湿のクリーンルームになっている。
 クリーンエアの技術をもっとも高度に利用しているのはやはり半導体産業だ。ここではクリーンルームのなかをさらに仕切って(クリーントンネルと呼ぶ)超清浄空間を創り出している。
 今後、私達の生活と深いかかわりを持つであろう、クリーンエアとその周辺技術について、述べてみたい。

1. 清浄度の定義とクラスの規格
 特定の場所、またはある容積の空気中に浮遊する汚染物質の少なさの度合を清浄度という。クリーンエアの場合、単位体積中に浮遊している粒子状物質(微粒子)の粒径と個数によって段階的に等級分けし、清浄度クラスを規定している。
 清浄度クラスで最も広く知られているものは米連邦規格(Federal Standard)(図1)。こ こでは1立方フート(28.3リットル)の空気中に含まれる直径0.5以上の粒子数で等級づけ が行われる。
 しかし、ヤード・ポンド法は国際単位としてふさわしくなく、最近、東工大藤井(修)助 教授らは、試料体積を1立方メートル、クラスを規定する粒径を0.1mmとし、外国規格との整合性を考慮した図2のような新規格を提案した。


図1 米連邦規格による清浄度クラス
(Proporsed Revisions to F. S. 209Bによる)
 

図2 外国規格との整合性を考慮した新提案クラス (藤井(修)らによる)

2. 清浄度の測定器
 測定量には、長さ、質量、時間など、一義的に決定できる物理量と、騒音や振動レベル或いは表面粗さのように、測定方法がある条件で行われた場合得られる工業量とがあり、クリーンエアの清浄度は後者に属する。
 クリーンエアの清浄度は一定体積の空気中に浮遊している特定の粒径以上の粒子数を検出し計数する装置によって測定される。現在、最も普及している装置の動作原理は、粒子 が光線の中を通過する際、散乱する光の強さが粒径と一定の関係があることから、計数と同時に粒径判定を行うもので、光散乱式粒子計数器(オプティカルパーティクルカウンタ: OPC)と呼ばれる。(図3)

図3 光散乱現象による粒子検出の構造
(リオン技術資料より)

 粒子の光散乱で或る方向への散乱光強度は粒子の大きさ、形状、光学的性質によって決まるがパーティクルカウンタの粒径弁別機能は、真球に近い形状で光学的性質が一定な既 知粒径の単分散標準粒子を用いて校正する。
 光散乱方式の計測粒径は、すべての粒子を標準粒子と同じ光学的性質であるとし、しか も真球形状の粒子径に換算した“光学的等価径”である。従って、一般にクリーンルーム 中の浮遊粒子は不整形で、光学的性質もひとつづつ異るから、顕微鏡による観測径と一致 しない場合が多い。
 パーティクルカウンタは照射光としてレーザ光を用いる装置と、ハロゲンランプのよう な白色光の装置とがあり、検出可能な最小粒子径は前者が0.1mm、後者は0.3mm程度と異 なる、更に0.1mm以下の粒子を確実に検出、計数する装置に凝縮核計数器(CNC)がある。こ の装置の原理は、過飽和蒸気中で粒子を核として液滴を成長させ、その粒径が光散乱方式によって容易に検出できる大きさ(0.5mm程度)とした上で、計数を行なうものだ。この場合、核となった粒子の粒径を知ることは出来ないから、粒径分布を求める必要がある場合は、あらかじめ粒子の空気中の拡散現象を利用した粒径分級器などにより、特定範囲の粒子を抽出した上、CNCに加える方法をとる。

3. 浮遊粒子除去技術
 現在最も広く普及している浮遊粒子(塵挨)除去技術は繊維層で濾過するフィルター法で ある。
 クリーンルームに使われるエアフィルターは濾層の圧力を出来るだけ小さくする目的で、図4のように広い濾材を折りたたむ構造になっている。繊維で粒子を捕えると言えば、網でめだかを掬う様子を想い浮かべるかも知れない。しかし、それは正しくない。粒子の直径は繊維と繊維とのすきまにくらべ、はるかに小さい。1本の繊維が粒子をつかまえるしくみは5種類ほど考えられるが、その主なものを図5に示す。ここに掲げた以外に、重力 沈降と静電気力によるものもある。図6はフィルターの粒径別捕集効率である。直径が0.5 μm程度では衝突やさえぎり効果がはたらき、0.1μm以下になると、粒子のブラウン運動による捕集が支配的だ。繊維径や充填率、厚さの条件が適当に組み合せられていないと、 特定の空気流速で著るしく捕集効率が低下する粒径領域があらわれる場合がある。

図4 繊維層フィルタの構造(N社製品カタログによる)
 

図5 単一繊維による主な粒子捕集のメカニズム
(HINDS "Aerosol Technology")

 
図6 繊維層フィルター風速が変化した場合の特性変動
(HINDS "Aerosol Technology"による)

 繊維の材質の多くはガラスだ。エアフィルターの良さの指数(Figure of Merit)は捕集効率の高さと圧力損失の少なさであらわされ、繊維径を可能な限り細く、一様にすると指数値が高められる。これまでフィルターは国産でも濾材はすべて輸入に頼っていたが、最近ようやく国内でも作られるようになった。
 クリーンルームの空気浄化に使われるようなフィルター材でマスクを作ると、圧力損失が大きく、息苦しいので、長時間の作業に耐えられない。
 通常のフィルター材としても、圧力損失が小さければ空気ポンプは小型にでき、都合がよい。
 そこで繊維を半永久的に帯電させたエレクトレット材で作り、静電気力を利用した、低充填率(低圧損)のフィルターを作ろうという試みがある。ただ、この方法では粒子が帯電していないと効果がなく、大気中の浮遊粒子はすべてが帯電しているわけではないので除塵性能に限界があることや、湿度に弱い(従ってマスクには都合が悪い)ことなど、弱点が ある。
 浮遊粒子の除去手段は、上に述べた濾過のほか、空気中に正または負イオンを大量に放出して粒子を強制的に帯電させ、高い電圧を加えた金属板(電極)の間を通し、クーロン力で捕集する技術も広く用いられるが、クリーンルームでは静電障害の原因になるとして、あまり用いられない。

4. 測定の条件
 クリーンルームは空気の流れが一定の方向(垂直か水平)へ限定されているタイプと、一定しない無方向タイプとがあり、高い清浄度を得るためには一方向流の構造とする必要がある。高い空気清浄度を測る上で問題になるのは、検出しようとする粒子が極めて少ないことから、統計学で説明される計数値のバラツキが幅広く、清浄度をどのように伴定すべきかの判断に苦しむことだ。
 図1や図2のような清浄度クラス規定ラインに対し、何回かくり返えした測定のなかで1回でも計数値が超過すれば不合格とするのか、平均値が限度値以下であれば良いとするのか、論議が起きている。まだ結論は出ていないが、どうやら後者を支持する声が大きいようだ。
 また、清浄度クラスを決める上で、室内のどの位置を何個所測定すべきか、測定は毎回、どれほどの空気量を採取したら良いのか、その量は清浄度のクラスによって変えるのが良いかいつも同じ量で良いのか、議論が続いているが、恐らく1988年内には規定が確立され るだろう。
 空気流の方向が一定でない環境は除き、一定方向へ速度Uoで流れる空気を、まるい筒型採取管を使って、吸引速度Uで計測器へ導入する際気流方向と採取管の吸引方向とが一致 し、しかもU=Uoの場合を等速吸引(isokinetic sampling)といい、測定値の粒子数と粒径分布に悪い影響を及ぼさない最良の試料採取法である。(図7)

図7 等速吸引による試料採取 (isokinetic sampling)
(HINDS "Aerosol Technology"による)

 次にこのような理想状態が保たれなかったとき、計測結果はどのような影響を受けるか、について考えてみよう。まず、図8(a)のように、採取口が気流と平行でない場合、U=Uo が成立しても質量の大きい粒子ほど慣性力で吸引口を通り過ぎてしまう確率が高くなる。採取管の軸方向と気流方向が一致していても、吸引速度が気流の速さより早いと図8(b)、また逆の状態、図8(c)でも、図9、図10に示すような誤差を生ずることになる。

図8 非等速吸引の例(a)気流が平行でない場合(b)U>U0(c)U,U0
(HINDS "Aersol Technology"による)
 
図9 流速比と誤差の関係(パラメータはST  stokes数)
(HINDS "Aerosol Technology"による)
 
図10 stokes数と誤差の関係(パラメータ流速比)
(HINDS "Aelosol Tecnology"による)

 この図でStokes数というのは粒子が運動する場合の慣性効果をあらわす無次元数だ。質量のごく小さな、例えば0.1μmほどの粒子はサンプリングの際、あまり気流の方向や速度と採取管のマッチング(?)を考えずにすむことがわかる。

おわりに
 以上の解説が、クリーンエアとその周辺技術を理解していただく上で、いくぶんかの参考になれば、と思う。

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