1987/7
No.17
1. 小林理学研究所における音響、振動関係の研究室紹介 2. 騒音振動第1研究室 3. 騒音振動第2研究室

4. 騒音振動第3研究室

5. 建築音響研究室

6. 作業環境騒音に関するISOの最近の動向 7. クリーンエアの周辺
       <規格紹介>
 
作業環境騒音に関するISOの最近の動向
      (現在審議中の新しい規格の紹介)

騒音振動第2研究室 畑 中  尚

1. はじめに
 私達のまわりには様々な種類の“音”が存在しています。これらの“音”は“好ましい音”と“好ましくない音”の2つに大きく分けられます。“好ましい音”というのは「好きな音楽」、「鳥のさえずり」等で、“好まし<ない音”というのは「自動車や鉄道の走行音」、「工事現場の音」、「工場から出る音」等があげられると思います。しかし、“好ましい音”も人によっては“好ましくない音”になるかも知れません。私達は、この“好ましくない音”を一般に“騒音”と呼んで、これらの音を自分達のまわりの環境からできるだけ無くそうとしています。また、法律や各種の規格によって規制しています。ところが、このできるだけ無くそうとしている“騒音”が満ちあふれた環境の中で仕事をしなければならな い人達がいるということにも注意しなければなりません。

 この様な作業環境に於ける騒音に注意が向けられたのは意外に古く、1713年に Bernardio Ramazziniという人が“De Morbis Artificum Diatriba(働く人々の病気)”という本の中で、鍛冶屋が年をとると難聴になることや滝壺のそばに住んでいる人に難聴が多いことを書いています。1)これは、長い年月、高いレベルの騒音にさらされると難聴になりやすいということを示しています。そこで、作業環境騒音に対する規制も、聴力を保護するという目的から始まりました。

 一方、近年では、騒音の影響というのは聴覚だけではなく、作業能率、聴取妨害による安全性の低下、聴覚以外の生理面への影響(血圧や心拍数の変化、内分泌系への影響等)、ストレス等の心理面への影響があることも明らかになってきました。

 ここでは、これら作業騒音の中で仕事をする人達の聴力を保護するために作られたISOの規格であるISO 1999関係の最近の動向と、聴覚以外への影響も考慮した、現在審議中の規格案ISO DP 9612の概要を紹介します。

2. ISO R1999(1971)の改訂
 ISOでは、1971年にISO R1999“Assessment of occupational noise exposure for hearing conservation purpose(聴力保護のための職場騒音暴露の評価)”という規格を提案しています。この規格では、500Hz、1kHz、2kHzの聴力損失の平均が25dB以上の場合に聴力が損傷されたと判定することになっています。このレベルは、会話に不自由を感じない程度の聴力が保たれるか否かをめどとして定められていますが、目的によっては周波数の範囲と聴力損失ありとみなすレベルを変更することも勧告しています。作業騒音の評価は、騒音レベルを作業者の耳の位置でslowの動特性で測定して、行うこととなっています。そして、1日に8時間、1週間に40時間、1年間で50週間という作業時間を基準として、等価騒音レベルLeq, 8hで何dBの騒音に何年間暴露されると聴力障害者が何%出るかを示しています。騒音にさらされる人々の聴力障害者出現率と、暴露されない場合の聴力障害者出現率の差(聴力障害危険率)が、どのくらいになるかも、5年きざみで最大45年間までの暴露まで示してあります。この規格では、等価騒音レベルで何dBなら許容できるということは定められておらず、各国の関係機関が自国の実状に合わせて、この規格を基に定めるべきであるとしています。2)3)4)

 このISO R1999は1975年に国際規格ISO 1999として正式な規格となりました。その後、騒音の影響を受けていない人々の年齢別の聴力についての統計調査結果がまとめられ、その結果に基づいて、作業騒音による聴力損失と年齢による聴力損失を分けて評価することを目的とした、改訂作業が1980年から始められました。この作業に伴ない、規格の題名も“Determination of occupational noise exposure and estimation of noise induced hearing impairment(職場騒音暴露の測定および騒音性聴覚障害の評価)”と変更され現在、DISとして最終的なまとめが行われている段階です。4)

3. ISO DP9612“Guidelines for the measurement and assessment of exposure to noise in the working environment (作業環境における騒音暴露の測定および評価に関する指針)”5)の概要
 この規格案は1980年にドイツから提案されたものを基にISOが審議を続けてきたもので、今年の初めに草案の第一稿が各国のメンバーに配布され、意見を求められました。その結果は今年5月にデンマークで行われたISO/TC43/SC1の会議で報告されることになっているので、近いうちにその内容も紹介できると思いますが、ここではこの第一案に沿ってこの規格案の内容を紹介することにします。

 この規格案は作業環境における騒音測定の方法、測定位置の選び方、データを取り込む時間間隔の選び方、周波数分析の方法、また、日常的に騒音にさらされることによって作業者が受ける様々な影響について、評価するためには騒音のどのような特性を考慮しなけ ればいけないかを示しています。ただし、この規格案は、作業騒音の許容限度を示すことが目的ではなく、各国の関係機関に対して、騒音の測定と評価の指針を示すものであると性格づけられています。

 聴力に対する影響の他に、健康、会話妨害、警報音、作業能率、快適さに対する騒音の影響についても述べられています。伝周波音や超音波についても、測定結果をどのように評価するか書かれています。

 この規格案の最初のところでは関連するISOやIECの規格について述べられています。その中には前述のISO 1999も含まれている他、会話の明瞭度、防音保護具、警報音に関する規格も含まれています。

測定方法
 この規格案の4章では測定方法について詳しく記述されておりますが、ここではその概要を紹介するだけにします。騒音計はIEC651 TYPE2に従うもの、積分一平均型騒音計は IEC804 TYPE2に従うもの、個人暴露計については現在はまだ審議の段階であるIEC YYYに従うものを用いることになっています。これらの測定器は過負荷表示を組み込んだものが望ましく、作業者にこれらの装置を装着させる場合には、作業性や安全性を十分考慮しなければいけません。

 周波数分析に使用するオクターブあるいは1/3オクターブフィルタはIEC 225に従うもので、フィルタの中心周波数はIEC 226に従うものでなければなりません。レベルレコー ダの動特性はF、時間率レベルを測定する統計分析器の動特性もFとなっています。レベルを分類する間隔は適宜選んでよいがその限度は5dB以内となっています。その他の装置もについてもIEC651 TYPE2に従うものでなければなりません。

 騒音計等の測定器の校正は、それぞれ、IEC 651、804、YYYに従い、2年以内の間隔で定期的に行うことが望ましいとされています。

 次に、測定の方法について見ますと、基本的な評価量は等価騒音レベルあるいは騒音暴露を用い、測定は固定された場所、または作業者を対象として行うこととされ ています。

 マイクロホンの位置は、基本的には作業者の頭の位置としますが、作業者がいない状態でなければなりません。作業者がいる場合には外耳道の入り口から9cm〜11cmの位置にマイクロホンを設置するか、外耳道の入り口から30cm以内の距離に、騒音暴露計や騒音計を設置します。頭の位置を決められない場合については、立って作業する場所では、床上1m45cm〜1m55cmの位置、座って作業する場所ではイスの座面の上方に75cm〜85cm、前方に12.5cm〜17.5cmの位置で測定します。対象とする範囲に複数の作業場所があるときは、測定時間を短縮するために測定値の差が5dB以内の範囲をひとまとめにしてグループに分け、それぞれに代表点を選んで測定しても良いとされています。

 等価騒音レベルは通常8時間を基準時間として表しますが、1回の測定は少くとも15秒以上継続して行います。

 等価騒音レベルの求め方については、基本的には積分―平均型騒音計を用いることを推奨していますが、騒音計を用いて、ある時間間隔△tごとに騒音レベルを読み取って次式を用いて計算しても良いことになっています。

: i番目のサンプリングの騒音レベル
 動特性はslowとするのが望ましい
: 実測時間Tの間に時間間隔△t毎に取り出されたサンプリングの総数
: 実測時間

 また、統計分析器を用いる場合には次式を用いて計算します。

: j番目のクラスの中間レベル(midlevel)
: 分類したクラスの総数
: j番目のクラスのサンプリング数
サンプリングの総数

 さらに、測定を繰り返し行って等価騒音レベルを平均する場合は次式を用います。

: 部分時間Tiの等価騒音レベル
: 分割した部分時間の総数

労働時間8時間の場合の等価騒音レベルを推定する方法としては、例えば、24時間の等価騒音レベルから換算する場合について示すと次式のようになります。

 騒音暴露は基本的には個人騒音暴露計を用いて測定しますが、積分―平均型騒音計でも次式を用いて求めることができます。


 また、繰り返し測定した騒音暴露の値から全体の値を求める場合は次式の関係を用います。

 騒音が主に低周波音によって構成されている場合は、ISO 7196に定められるフィルタを用いることを推奨しています。16kHz以上の超音波が含まれている場合は、IECXXX(現在、審議中)に定められているローパスフィルタを用います。

評価方法 規格案の5章は、測定された結果から作業者の受ける騒音の影響を評価する方法について述べています。
 聴覚に対する影響を評価するために用いられる主な評価量として次の3つの量があげられています。

1) 8時間(または、適切な時間長)の等価騒音レベル

   (または)

2) 継続時間(通常8時間)の騒音暴露

3) 純音補正なしの8時間評価騒音レベル

 ここで評価騒音レベルとは等価騒音レベルに純音補正や衝撃音補正を施したもので基本的には次式によって表されます。

 

: 基準時間Trの等価騒音レベル
: 純音補正
: 衝撃音補正

 純音補正の大きさについては明確に定められていませんが、1/3オクターブ分析で純音の存在が認められる場合は5〜6dB、狭帯域分析でその存在が認められる場合は2〜3dBの補正が適当であろうとされています。

 衝撃音補正については特性(周波数特性はA、動特性はインパルス)を用いて測定した等価騒音レベルと通常のslowを用いた等価騒音レベルの差とします。

 聴覚以外の健康に対する騒音の影響についても述べられています。聴覚以外で最を重要な影響はストレスであるとして、等価騒音レベルを用いて評価することを推奨しています。

 音とストレスの関係は未だ十分に解明されてはいませんが、音が副腎皮質ホルモン (ACTH)の分泌や副腎皮質ホルモンのレベルを増大させること、血管の緊縮や高血圧を含む全身の循環器へ影響を与えること、眼球の肥大や心拍数の減少、皮膚コンダクタンスの増加といった自律神経系へ影響を与えること等が知られています。

 情報の伝達や安全面に対する騒音の影響についても述べられています。

 会話を妨害する程度を表す評価量としては、時間率レベル()、会話妨害レベル()、明瞭度インデックス()、騒音レベル()、ISO/TR4870の方法があげられています。

 会話が妨害されると緊急時に警報音を聞き取れず事故を起こす可能性がありますし、防音保護具を装着している場合には情報伝達に特別な注意も必要となります。

 作業能率に対する騒音の影響については、現在のところ国際規格はないのですが、評価量として等価騒音レベルを用いることを推奨しています。

 作業能率に対する騒音の影響は、騒音のレベルだけではなく、音質や作業内容にも依存するので、騒音があるからといって必ずしも作業能率が落ちるとは限りません。

 騒音のうるささ、作業環境の快適さ、仕事に対する意欲についても述べられています。

 騒音暴露とうるささとの関係を評価する量として、ラウドネスレベルP(Phon)(IS0 532)、Perceived noise level(PNL)(IS0 3891)、noise rating number(NR)(ISO 1996)がありますが、定常的な騒音よりも非定常的な騒音のほうが一般にうるさく感じられることからいっても、等価騒音レベルの方が都合の良い評価量と思われると述べられています。

 また、同じ音に対してもその反応には、個人差があるので注意しなければいけないこと、さらに、音があるほうが作業能率を上げたり、個人のプライバシーを守ったり、他の音による妨害を減らしたりできる可能性のあることも書かれています。

 固体中や水中を伝搬する超音波はこの規格案の範囲外のものであるとされていますが、40kHz以上の超音波を評価するためには1/3オクターブ分析や狭帯域スペクトル分析を推奨しています。非常に高いレベルの低周波音も作業環境の快適さに影響を与えるとしています。

付属資料 以上がこの規格案の本文の概要ですが、このほかに付属資料がいくつか含まれており、等価騒音レベルの計算例、測定された等価騒音レベルに純音補正を打撃音補正を行い評価騒音レベルを求める方法、暴露騒音の変動が長い周期で変化する場合の長時間平均評価騒音レベルを求める方法、その変形として8時間評価騒音レベルを求める方法、測定を精度によって3つのクラスに分けた場合それぞれの精度を得るための方法、作業環境における騒音暴露が人間に与える様々な影響を評価するための評価量と関連する規格、ある母集団の騒音暴露を評価するための統計的なサンプリング測定に必要とされるサンプル数の求め方、集団および個人の騒音暴露の求め方、許容レベルを越える騒音にさらされる人の割合の求め方等が述べられています。

4. おわりに
 以上、ISOの作業環境に関する規格について紹介してきましたが、現在も審議が継続中であり、今年5月初めにデンマークで開かれた会議でも各国から多数の意見が出されていることから、今後、内容が変更されることも十分に予想されます。これらの動向についても機会がありましたら紹介していきたいと思います。

《参考文献》
1) Ramazzini,B (松藤元訳):“働く人々の病気”,北海道大学図書刊行会 1980
2) ISO R1999 “Assessment of occupational noise exposur for hearing cnoservation purpose”
3) 騒音の評価法, 日本建築学会 彰国社(1981)
4) 五十嵐寿一:“作業環境騒音に関するISOの審議”, 騒音制御 8巻 5号 (1984)
5) ISO DP9612 “Guidelines for the measurement and assessment of exposure to noise in the working environment"

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