2004/10
No.86

1. 原爆の日に想う

2. 残響室法吸音率測定における室形状の影響

3. 計 算 尺 4. Inter-noise2004報告 5. 航空機騒音のリアルタイム情報公開システム
 
 原爆の日に想う

名誉顧問 五 十 嵐  寿 一

 この稿を起こした日が奇しくも8月6日広島の原爆の日にあたっていた。59年前、筆者は広島市の西方約10km 宮島との中間、廿日市に滞在して原爆投下の日を迎えた。その詳細は小林理研ニュース第21号(1995)に、[晴天のショックウエーブ]として体験記を紹介した。しかし、その3日後、長崎にも広島とは異なるプルトニウム原爆が投下され、終にポツダム宣言を受諾して戦争は終結した。今再び原爆の日を迎えるにあたり、想いを新たにしたところである。

 今回は、広島及び長崎に投下された濃縮ウラン型原爆とプルトニウム原爆(図1及び図2、文献[1])とともに、戦後開発された核融合による水素爆弾の廃絶と、将来における電力需要に対応するため、原子力発電を推進することの必要性について述べてみることにする。

図1 濃縮ウランを用いた原爆(Little Boy)広島型

 
図2 プルトニウムを用いた原爆(Fat Man)長崎型

 原子核については、第二次大戦が始まる数年前からその理論的研究がはじまり、ドイツでは最初原子エネルギーとしての利用を目的としていたが、間もなく第二次大戦が始まったこともあって、運悪くこれが戦争の大量破壊兵器として開発されたことは、返す返すも残念なことであった。原子力エネルギーの研究及び原爆開発の詳細については、文献[2]に詳しい記載があり、特に戦時中の米国におけるマンハッタン計画は、米国が原子物理の研究者及びウラン燃料濃縮のための人員を総動員して行われている。これに要した費用も莫大な額にのぼっていた(注:戦時中の原子力及び原爆開発の詳細については、文献[2] Physics Today 特別号「Nazi and US A-bomb Project.」参照)。

 日本においても前報で述べたように、仁科芳雄博士が広島に投下された爆弾が原爆であると断定されたが、この時既にわが国においても仁科研究室を中心に、原子物理学者を動員した、「二」号プロジェクトとして原子爆弾開発の計画が進められていた。なお、日本の参謀本部は原爆が投下された8月6日以前に、トルーマン大統領が原子爆弾の開発成功を宣言したとの情報を入手していた模様である(文献[3])。

 さて現在、エネルギー源としての石炭、石油等の化石燃料始めウラン鉱石の埋蔵量もあと数十年といわれている。特に使用量の多い石油資源については、環境における汚染防止のため、抑制することが国際合意として決定している。さらに人類の破滅にも繋がる核を廃絶するため、兵器としての原爆ばかりではなく、ウランを原料とする原子力発電も規制あるいは廃止する動きが世界的に始まっている。しかし、原子力発電も廃止すればこれに代わるエネルギーを何に求めるのか、現在、太陽光、風力、地熱等のエネルギーの実用化が進められてはいるが、石油等のエネルギー源に代わるには到底十分ではない。

 一方、原子力発電に使用された使用済みウラン燃料にはプルトニウムが含くまれていて、再処理工場でウラン、プルトニウムの混合核燃料として加工することができる。これはMOX燃料といわれ、原子力発電所の軽水炉でプルサーマル計画として、欧米はじめ日本でも古くから実用化が推進されている。このMOX燃料はリサイクルの効く、理想のエネルギー源といわれているが、これを電力に変換する際の、軽水炉や高速増殖炉などの設計、性能、安全性について、原子炉の放射能もれや構造的な強度等について未だ解決すべき問題が多い。さらに、この燃料は前述の長崎型原爆としても使用できるので、現在は国連の厳重な監視下におかれている。

図3 MOX燃料の製造過程(プルサーマル計画)

 従って、原子力発電についても、特に安全性に関する問題が完全に解決されていないので縮小または廃止する国が多く、未だMOX燃料を有効に利用するには至っていない。しかし、これからの電力利用の急増に対処するには、これらの問題を克服して原子力を利用する以外方法がないように思われる。無駄な原爆の開発のための費用を、原子力発電の安全性の研究に向けるという国際合意はできないのであろうか。

 原爆の日にあたって、核廃絶の宣言を表明することは勿論必要であるが、廃絶といっても、兵器としての新型の原爆開発に伴う核実験や製造、貯蔵さらに輸出入を禁止することが先決ではあるまいか。将来的には、例えば全ての核物質を国連が管理することが理想とは考えるが、これに至る方策といっても極めて複雑で、直ちに結論が得られるとも思えない。現在核兵器を大量に保有する国の間でその削減交渉が行われているという状態では、原爆の所有を制限することすら容易ではない。自国の安全と利益のためとして原爆を保有している国々に、これを原子力の平和利用に限って保有することを説得するのは至難の業である。現在、ただ核廃絶を掲げるだけでなく、例えば核兵器及び核物質の管理とプルサーマル計画の推進に関する方策について審議する組織を、国連の中に設置することを提案する方法もあるのではないだろうか。これには国際的な合意を必要とするので、この趣旨に賛同する国々に働きかけることも重要である。このような外交努力は、原子力発電を継続しながら核兵器の廃絶を主張する、唯一の被爆国として、また戦争放棄を国是としている日本の世界平和に向けた使命と考えるが、これは筆者だけの願いであろうか。

参考文献
1. V. C. Jones: The Army and the Atomic Bomb, Center of Military History, United States Army, Washington, D. C., 1985
2. Nazi and US A-Bomb Project: Physics Today 1995 August 1995 Part 1.
(1) W. Heisenberg, introduced by D. Cassidy: A lecture on Bomb Physics.
(2) S. Goldberg: The building of the bomb-Manhattan project.
3. 鶴田庸嗣(広報室):広島・長崎の新型爆弾調査を探る(記念資料室から) 理研ニュースNo.233 Nov.2000

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