2002/7
No.77
1. 音の評価としてのA特性音圧レベル 2. 低周波騒音計測用防風スクリーンの開発 3. 油圧サーボアクチュエータを用いた低周波音実験装置の開発 4. 補 聴 器

5. 第16回ピエゾサロン

6. 人工中耳(植込型補聴器)
       
 第16回ピエゾサロン

理 事 深 田 栄 

 平成14年1月23日に小林理研会議室で第16回ピエゾサロンを開催した。米国のMeasurment Specialties Inc (MSI)のK.Park博士による“欧米でのPVDF圧電フィルムの応用の現状”の講演および小林理研・リオンの伊達宗宏博士による“圧電材料と負性容量回路の結合”の講演が行われた。

 ポリフッカビニリデン(PVDF)の圧電性は1969年に小林理研で河合平司博士によって発見され、世界的に有名になった。その後圧電性高分子の基礎研究は内外で大きく発展し、機能性高分子のさきがけとなった。応用面では、国内で音響機器などへの応用が試みられたが、大規模には発展しなかった。米国でPVDFフィルムの生産を行っていたのはPenwaltという会社であるが、そのセンサー開発部門が、分離独立して、Atchem, AMPを経て現在のMSIに引き継がれている。

 Park博士はまず河合先生の出席に感謝してから講演を始められた。米国およびヨーロッパの市場で開発された無数の応用例が紹介された。音響の分野では、スピーカ、マイク、ギターやバイオリンのピックアップ、潜水艦や船舶のソナー(水中マイク)。保安の分野では、大面積のピエゾフィルムをカーペットの下に敷く侵入監視システム。交通の分野では、ピエゾケーブルを道路に埋め込み、車両の速度、重量、クラス分け、信号無視の監視、駐車場案内など。スイッチへの応用としては、水道メーター、パチンコ出玉カウンター、破壊検知、キーボードのセンサーなど。振動センサーとしては洗濯機の振動制御、医用センサーとしては、眼球センサー、血圧計、聴診器、ペースメーカー(すでに25万個以上)、超音波イメージ、靴底センサーなど、多数の市場での実績が紹介された。

 デモンストレーションとして、二枚の圧電フィルムを貼り合わせたバイモルフが示された。先端に小さいネオンランプをつないでおき、手でバイモルフを振って振動させると、ランプが点灯する(正圧電効果)。また交流電圧を加えると一端が大きくたわみ振動を起こす(逆圧電効果)。

 講演の後多くの討論があった。筆者の記憶に残ったのは「はじめの内は売り込みに努力したがほとんど失敗した。最近は現場の要望に応える製品を作ることで成功している」というPark博士の言葉であった。

M.S.I..U.S.A K.Park博士 講演

 現在、小林理研とリオン株式会社が共同して、PVDF圧電フィルムに負性容量回路を結合して、遮音に役立てる研究を行っている。圧電フィルムに音が当たると、フィルムが歪む。同時に電気が起こる。この電気を増幅しフィードバックしてフィルムに加えると、圧電性のために歪みが起こる。音による歪みとフィードバック電圧による歪みが打ち消し合えば、歪みは零となる。フィルムは鉄板のように硬くなり、音をはねかえして透過しない。もし二つの歪みが足し合わされば、フィルムは非常に柔らかくなり弾性率は零に近づく。

 伊達宗宏博士はフィードバック回路として負性容量回路を発案し、上述の原理が実現出来ることを発見された。伊達博士の講演では、圧電体に負性容量回路を接続すると、圧電体の見かけの弾性率をマイナス無限大から零を通ってプラス無限大まで、任意の値に制御できるという、興味深い原理が紹介された。負の弾性という奇妙な現象の説明もあった。普通の正の弾性体は、加えた力と同じ方向に歪が生ずる。また、加えた歪と反対方向に弾性力が生ずる。ところが、負の弾性体では、加えた力と反対方向に歪が生じたり、加えた歪と同じ方向に力が生じて歪が助長されたりする。こういう圧電材料だけに起こり得る現象を利用して、新しい遮音と防振の方法が提案された。  

リオン(株) 伊達宗宏博士 講演

 伊達博士の共同研究者であるリオン(株)の児玉秀和博士から実際の実験結果について報告があった。音響管の中央に直径約4cmのPVDFフィルムをドーム状に設置したとき、約300Hzから1.2 kHzの周波数範囲で約10dBの透過損失の増加が観測された。回路の開閉によって、この範囲のノイズの低下を耳で聞くデモンストレーションも行われた。また圧電セラミックPZT板を加振器と金属円筒の間に設置したとき、約1kHz から4kHzの範囲で約20 dBの振動減衰効果が観測された。

 PVDF圧電フィルムが音響の遮蔽に有効であることの発見は画期的な研究である。現状はまだ基礎原理を確立したに過ぎないが、低周波での軽量で大面積の遮音板を実現する可能性が高い。PVDFの基礎研究は小林理研で出発したが、PVDFの大量使用の応用が再び小林理研で出発することは高く評価される。

リオン(株) 児玉秀和博士 講演

 図は音響管での遮音実験の結果の一例である。PVDF圧電フィルムの曲面を用い、回路の周波数は約1kHzに設定してある。フィードバック電圧を上げると、1kHzでの音の透過損失の増加が次第に増え、40dBに達している。回路を切り替えることによって、透過損失を減少させ、特定周波数の音だけを通すことも出来る。又回路の設定によって、広い周波数範囲を遮音したり通音したりすることも可能である。

図 負性容量回路を結合したPVDFフィルムの遮音性能

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