2001/7
No.73
1. 航空環境保全委員会(ICO/CAEP)第5回本会議 2. 第12回ピエゾサロンの紹介 3. 鉱石ラジオ 4. 閉塞的な構造を持つ道路における排水性舗装の騒音低減効果について 5. 新しい騒音計シリーズNL-20/NL-21/NL-31
 
 第12回 ピエゾサロンの紹介

理 事 深 田 栄 一

 平成13年3月9日に小林理研会議室で第12回ピエゾサロンを開催した。理化学研究所フロンテイア研究システム長の丸山瑛一博士による“ナノテクノロジーと理研の取り組み”という題名の講演があった。

米国の産業競争力強化政策
 丸山先生の講演は米国の産業競争力強化政策の歴史的経緯から始まった。1970年代から80年代にかけて、自動車、エレクトロニクスに代表される日本製品は世界を席捲し米国産業に深刻な打撃を与えた。一方米国軍事技術の民生への波及効果は意外に小さかった。そのため、米国は産業競争力の強化政策に力を注いだ。

理化学研究所フロンティア研究システム長
丸山瑛一博士 講演

 1974年、通商法301条(報復関税、輸入規制)の成立、1979年、カーター大統領の議会教書(政府助成研究成果の技術移転促進、ベンチャー企業育成、アンチトラスト法の緩和、知的財産権の保護強化)、1980年、バイドール法(政府助成研究成果の大学帰属)、1985年、ヤングレポート(国際競争力の調査)、1988年、包括通商法(スペシャル301条、知的所有権保護)、1989年、MITによる国際競争力の調査などがあった。

 その間、注目される事件として、1982年、IBMとAT&Tの独占禁止法提訴の解決、1982年、IBM産業スパイ事件(企業秘密が国家秘密と同等視される)、1987年、光ファイバー特許で住友重工がコーニングに敗訴し和解金33億、1992年、オートフォーカス特許訴訟でミノルタカメラがハネウェルに和解金166億などが起こった。

 強化政策の結果は、ITとバイオの産業で日本を圧倒、大学発ベンチャービジネスの活性化、半導体産業の復権、特許訴訟の勝利、特許拡大(物質特許、ソフトウェア特許、生物特許、ビジネスモデル特許)などの成果があった。

日本のナノテクノロジー
 2000年1月、クリントン米大統領はナノテクノロジーを最重要戦略分野と位置付け、予算の大幅増額を宣言した。情報とバイオで日本を圧倒した米国が、依然として日米間の貿易インバランスの原因である日本の製造業とりわけ部品工業に的を絞って攻略を開始した。ナノテクノロジー振興の予算は500M$(約500億円)であった。

 一方日本の2001年度の通産省、科学技術庁、文部省などのナノテクノロジー予算の総額も500億円以上に達している。しかし日本での問題点は、産業界の弱体化に伴う新規事業への進出能力と意欲の低下、省庁間、学部間の縦割りの壁による異分野交流の阻害、産学間、産官間のギャップ、ベンチャー企業意欲の低迷、人材流動化の低迷、などがある。

 また日本科学界の欠点として、国としての科学技術戦略の欠如、テーマや研究者の厳しい評価の欠如、産官学の連携の欠如、が挙げられる。これは要するに、何のための研究かという目的が不明確だということに尽きる。日本の研究者に訊くと人類の知的財産や幸福の為というような答えが返ってくる場合が多いが、米国では産業の国際競争力強化と言う具体的な目標を掲げている。

ナノテクノロジーとは何か
 クリントン大統領は米国の科学技術政策におけるナノテクノロジーの重要性を説明するために三つの例を挙げた。一つ目は重量が銅の5分の1でありながら強度は10倍もある素材、二つ目は議会図書館の本を角砂糖1個の大きさの中に収納する技術、三つ目はがん細胞を初期の段階で取り除く技術である。材料、情報、医療の重要な分野にまたがっている。

 ナノテクノロジーの分野の分類と例を以下に挙げる。ナノマテリアル(カーボンナノチューブ)、ナノデバイス(単電子メモリ)、ナノシステム(量子コンピューター)、ナノ計測(STM,AFM)、ナノ診断(DNAチップ)、ナノ複合材料(人工骨格)、ナノメカニックス(血管修復)、ナノオプチックス(光通信)、ナノケミストリー(マイクロ分析)、分子認識(免疫反応)、分子原子制御(光ピンセット)、自己組織化(自己修復材料)。

 ナノメーター(nm)は10-9mであり原子分子の大きさである。ナノテクノロジーは、物理、化学、生物、機械など幅広い分野を基礎として、最新の応用先端技術の広大な領域にまたがっている。米国の攻勢に対応するためにも、先端技術におけるわが国の国際競争力を確保するためにも、ナノテクノロジーの研究を推進する分野横断的な連携と国家的なネットワークの形成が望まれる。

ナノサイエンス・テクノロジーの樹

 日本でのナノテクノロジーに対する新しい動向としては、科学技術庁関係では、無機材料研究所と金属材料研究所の共同で物質材料研究機構ナノマテリアル研究センターを設立。通産省関係では、産業技術総合研究所が次世代半導体技術開発、材料ナノテクノロジーのプログラムを開始した。

 理化学研究所におけるナノテクノロジーヘの取り組みには次のグループがある。一般研究部門の原子スケール・サイエンジニアリング研究として、表面界面工学研究室(青野正和)、半導体工学研究室(青柳克信)、表面化学研究室(川合真紀)、レーザー反応工学研究室(武内一夫)。フロンテイア研究システムとして、生体超分子システム研究グループ(鈴木明身)、時空間機能材料研究グループ(国武豊喜)、単量子操作研究グループ(外村 彰)、フォトダイナミクス研究センター(西沢潤一)。本体とフロンティアの連携による先端分野の開拓、理研を拠点にした産官学の協力および国際協力、世界のナノテクノロジーについての情報の集積と発信を目指している。

理化学研究所
 理化学研究所は1917年に創立された日本で唯一の自然科学の総合研究所である。和光本所(47研究室、フロンティア研究システム、脳科学研究センター)の他に、筑波研究所(遺伝子研究)、播磨研究所(放射光SPring−8)、横浜研究所(ゲノム科学研究センター)などから成り、平成12年度の予算約750億円、外来研究者を含む人員約3000人である。

 フロンテイア研究システムは、先端的な基礎研究の分野で、研究目標を明確に定め、期間を限定した契約研究員による制度である。第1期8年、第2期7年、15年で一つの研究テーマを終了する。定期的に国内外の専門家による評価を行う。給与も研究成果によって決められる新しい制度である。外国人を含む研究員数約150人、研究費約30億円である。

 政策研究大学院大学の教授を兼務しておられる丸山先生のお話しは、研究に専念している研究者に国家の産業競争力の強化につながる事を自覚させる感銘深いものであった。

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