2000/10
No.70
1. 研究所と60年 2. Inter.noise2000 会議報告 3. 簡易録音器 [SPEAKEASIE RECORDER] 4. 第10回ピエゾサロンの紹介 5. 音響インテンシティ測定器 SI-50
       <骨董品シリーズ その38>
 簡易録音器[SPEAKEASIE−HOME RECORDER]

理事長 山 下 充 康

 西洋骨董店のガラスケースの中に置かれた奇妙な器具、その真っ赤な色とラッパのような形を初めて目にしたときの第一印象は「携帯用消火器の噴出口の部品」であった(図1参照)。附属品として添えられた銀色に輝く金属の円盤がなければ見過ごしていたことであろう。円盤は直径6インチ、一枚毎に丁寧に紙の袋に入れられている(図2参照)。セピア色の紙袋の表面に印刷されている文字は年月を経てすっかり色褪せているが、

[SPEAKEASIE−HOME RECORDER] と読み取ることが出来た。英国製。家庭用の簡易録音器である。

図1 SPEAKEASIEの本体
携帯用消火器の部品を思わせる。
図2 金属の録音盤は一枚ずつ紙袋に入れられている。

 一人の婦人が件のラッパに口をあてがっている様子が描かれた図柄が紙袋の中央に円く印刷されている。紙袋の裏面に取り扱い説明文が詳細に記されているのでそれを頼りにこの珍品を紹介させていだだくことにする。

 以前、このシリーズで「レコード盤型録音機−リオノコーダ(1999年10月、66号)」を取り上げた。リオノコーダは電気増幅器の出力を利用してポリカーボネートの円盤に音溝を刻んで音の波形を記録する方式の録音機であった。ここに紹介する骨董品はリオノコーダと基本的に同じ原理で音を記録しようとするレコード盤製作器である。これが製造された正確な年代は不明であるが、 プラスティックや電気回路の登場以前の骨董品で、音盤は金属(アルミ板であろう)、波形の記録方式は完全な機械式である。

 説明文によれば一旦録音された音は200回の再生が保証されるとのこと。特別な再生装置は不要で、一般の蓄音機があれば良い。図3は録音の終了した音盤である。収録内容をSPレコードプレーヤで再生したところノイズの底から父娘らしい男女の英語の会話を聴き取ることができた。英国の家庭で録音されたものと想像するが、家族団欒の微笑ましい雰囲気が記録されている。

図3 カッティングの終了した音盤。

 さて、この装置による録音の方法であるが、その工夫たるや見事と言うしかない。

 エジソンのワックスドラム式蓄音機に始まる録音方式で製作者たちが最も苦心したのは細かい間隔で螺旋状に音溝を刻むことであった。蝋管が円盤に変っても同様で、音溝を刻む針先を細かく「送り移す」ためのメカニズムに関しては様々な技術的工夫が試みられてきた。

 「SPEAKEASIE」においてはそれ自身に「送り移す」ための機能は組み込まれていない。あるのはラッパとサウンドボックス(1989年7月、25号)の形をした振動板、カッターの役割をする針、それに針の突き出した分銅のような「錘」。これだけの装置で金属のレコード盤を作製するのである。装置と言うよりも「道具」と呼んだ方がふさわしいように思える。

 図4は録音準備が整った状態である。普通の蓄音機のターンテーブルに普通のレコード盤を載せ、この上に新しい(音溝がカットされていない未使用の)金属板をセットする。つまり、既存のレコード盤が下敷になったようなかたちになる。蓄音機のアームからサウンドボックスを取り外し、かわりに「SPEAKEASIE」の本体を取り付ける。このとき、カッター部分の横に2インチ程の長さで突き出ている「腕」に固定された「錘」にレコード針を挿入し、下敷のレコード盤の溝に落しておく。これで録音準備完了。

図4 録音準備完了。
普通の蓄音機と普通のレコード盤を利用する。

 この状態の「SPEAKEASIE」の本体は二本の蓄針を持つ形になっている。一つは音溝を刻むためのカッターの役割をする針、もう一つは下敷のレコード盤の溝をたどってカッターを「送り移す」ためのガイド役を担う針である(図5参照)。

図5 SPEAKEASIEの心臓部。
ガイドの役割をする蓄針とカッター用のダイヤモンド針。

 

 蓄音機がターンテーブルの回転を始めると録音開始。ラッパに口を当てて声を怒鳴り込む。振動板を震わせ、これに取り付けられたカッターの針が金属板の表面に音の波形を機械的に刻もうとするのだから「怒鳴り込む」ようにしなければ明瞭な録音ができない。ターンテーブルの回転に伴って下敷のレコード盤の溝をトレースしながらカッターの針が滑らかに音溝を刻んでいく。カッターの針はダイヤモンド。

 録音が進むとガイドの針は下敷のレコード盤の上をセンター方向に進み、やがて金属板の縁に触れる位置まで送られる。ここまでで録音終了。腕の長さが2インチなので、金属板には2インチの幅分だけの音溝が刻まれることになるのである。

 普通の蓄音機を使い、既存のレコード盤の溝を利用して音溝を刻むという発想が見事である。それ自体にはゼンマイのような動力もなく、溝送りのための特別な装置もない。厄介で煩雑なメカニズムの部分を既存の市販品に委ね、音を捉えるラッパと振動板、それにカッターの針だけで構成された録音道具のチャッカリ顔が微笑ましい。当世流行の通販カタログで見るアイデア商品に似た感じがしないでもないが、安価な簡易録音器として心惹かれる逸品である。金属のレコード盤を手軽に家庭で作製することのできたこの録音器具は発売当時、大層な人気商品だったのではあるまいか。

(西洋骨董シェルマン銀座本店にて購入)

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