1998/10
No.62
1. "ピエゾサロン"の開設 2. 斜入射吸音率試験室の新測定システム 3. サウンドボックスと竹のレコード針 4. 第16回 ICA/ISA(シアトル)会議報告 5. 0.05μm検出の液中微粒子計 KS-17
       <会議報告>
 第16回 ICA/ASA(シアトル)会議報告

研究企画室 室長 山 本 貢 平

[シアトルの町]
 その日、アメリカンエアの東京−シアトル便は満席であった。一日に2便しかない直行便の内、ノースウェスト機の方が突然キャンセルとなったためである。私はこれからの一人旅に不安を抱きながら、未完成の発表原稿のことなどをあれこれと思い巡らせていた。そのうち、スチュアードからもらったジンを2杯飲み、食事をすませると眠気に襲われて深い眠りに入ってしまった。

 シアトル・ダコタ国際空港に到着したのは1998年6月19日の朝9時半である。東京の気温が30度近いのにくらべ、現地はその日13度ととても寒い。ガイドブックにあるとおり、シアトルはエメラルドシティとも呼ばれるように水と緑に溢れる港町であった。また、オリンピック国立公園、レイニア山国立公園に囲まれ、アメリカ人にとっては最も訪れてみたい町といわれている。そして、町にはマイクロソフト社の本社、郊外にはボーイング社があり、工業やビジネスの町でもある。

 町から港にかけては急な坂になっており、その坂の途中には近代的なオフィスビルが立ち並んでいる(写真1)。黄昏時に港方面から町を見上げると、宝石のように輝く町の明りと深いブルーの空にくっきり見えるスカイラインがとても美しかった。

写真1 シアトルの町並み

 この町は日本人にとっても古くから関係が深いらしく、各所に日本風公園、鐘、記念碑を見つけた。現在も日本人との関係は深いようだ。例えば宇和島屋なるスーパーマーケットでは、日本人が海外に出るとむしょうに欲しくなるものがすべて売られていた。梅干し、カップラーメン、さしみ、豆腐、エビスビール、日本酒、マイルドセブンライトなどなど。ここに住めば何の不自由もない。何も買わないのも失礼かと思い、サッポロビールとキムチを買ってホテルヘ戻った。

[16th ICA/ASA前日]
 今回のICA(国際音響学会)は通算で16回目で、ASA(アメリカ音響学会)と合同で開催された。会場は2つのホテルに分かれ、ひとつはシェラトン、もう一方はウエスティンであった。両者は徒歩約10分の距離であったが、移動するにはいくつもの信号を経なければならなかった。

 まず、6月21日(日)にホテル・シェラトンでレジストレーションを済ませた。今回の発表件数はおよそ1,500件であり、正式な参加者人数は定かではないが、件数からみて2,000名におよぶと考えられる。オープニングセレモニーはフィフスアベニューシアターという所で行われ、開会の挨拶などがあった。私は少々遅刻して到着したが、そのときには既にアトラクションが始まっていた。いかにもアメリカらしく、バイブロホン、ピアノ、ベース、ドラムスのジャズクァルテットが、懐かしい「サテンドール」、「テークジAトレイン」、「キャラバン」などのスタンダードナンバーを演奏していた。

[16th ICA/ASA研究発表 98.6.22−6.26]
 ICAではInter Noiseとは違い、音響学全般の分野を網羅して、各セッションが組まれていた。プログラムを見ると、日本の音響学会でいう分類の音声、超音波、電気音響、音楽音響、聴覚、建築音響、騒音振動の分野が基本にあり、その中でもまた色々なトピックスにライトを当てて構成されていた。日本ではあまり馴染みのない海洋音響、アニマルバイオアコースティックス、医療関連の音響など、多くの研究発表があったようだ。

 私は主としてウエスティン(写真2)の会場で、騒音の分野の研究発表を聞いていた。まず第一日は近年研究が再び盛んとなっているNoise Barrierのセッション(1aNSa)が開かれた。このセッションは英国ブラッドフォード大学のD.C.Hothersallがオーガナイズし、またチェアーも行った。日本からは、九州芸工大の藤原氏、京都大学の伊勢氏と私が発表を行った。いずれも招待講演であって30分の時間を与えられた。日本からは最近高速道路でよく目にする遮音壁先端に工夫をした新型遮音壁の研究発表とアクティブノイズコントロールを使った遮音壁の研究が紹介された。欧米の発表にも変形遮音壁に関するものがあり、その用途から高速鉄道騒音の対策に苦心しているさまが伝わってきた。シミュレーションには境界積分を用いる傾向が強く、2次元計算から3次元計算への変換方法なども紹介があった。さらに気象の影響にも目を向けており、FFP(Fast Field Program)を併用して遮音壁の効果の検討を行った例(1pNSa)なども紹介された。

写真2 会場となったウェスティン・ホテル

 二日目には環境騒音に対する社会反応のセッション(2pNSa)があり、ここでは、英国のNicole PorterからISO 1996の改定作業の概要紹介が発表された。わが国ではこのISO 1996を基にした騒音測定法の規格JIS Z 8731について、つい最近改定作業が行われたところであるが、その基になっている国際規格の方が既に改定作業に入っているということで、少々混乱が出るなという思いがした。ISO 1996の改定については後にも述べるが全面改定であり騒音の評価(Assessment)が中心になるようだ。

 三日目にはタイヤ騒音に関するセッション(3aNSb)があった。ISO規格のタイヤ騒音に関する測定方法に関連した発表や、タイヤ騒音の発生メカニズムを理論モデル化した研究、音源位置の同定に関する研究など興味深いものがあった。

 四日目には音響材料と伝搬のセッション(4aNS)、交通騒音のセッション(4pNSa)が開かれた。ヨーロッパもアメリカも道路騒音だけでなく、高速鉄道の騒音について関心が高いことが伝わってきた。この中で一つ興味ある発表があった。それは、スウェーデンのT.Kihlman氏が講演した"Limits to limits?"である。氏によれば「環境騒音の望ましい基準はLdn=55dBであり、それを目標として各国が努力することは当然である。しかし、そのようなリミットを設けても、現在の自動車交通量から世界中の主要都市の騒音を推定すると、何処もLdn=65dB近辺であり、到底目標には到達出来ない」というのである。つまり、「いくらLimit(基準)を設けても、既にそれにも(守れないという)Limit(限界)があるのだ」ということのようだ。少々、後ろ向きの意見だが、フロアーにはその通りだと考えている人も多く、変に賛同をうけていた。

 五日目には航空機騒音のセッション(5aNSa)があった。

 ここでは強い低周波成分を含む航空機騒音の評価法や、低空飛行の騒音問題などが取り上げられていた。

[ISO 1996のWG]
 ICAの二日目の午前と三日目の午後にISO 1996のWGが開かれた。私は東大生研の橘教授(WGメンバー)とご一緒し、そのWGの会議に同席させてもらった。このWGの主査はアメリカのPaul Schomerであり、当日集まったのはメンバーの1/3にも満たない10名程度であった。

 ISOでは、既に2年程前からISO 1996の見直しが採択され、始めはpart2の部分改定の予定だったものが、昨年(97年のハンガリー会議)からはISO1996の全面改定の方針に変わったとのことである。この改定方針にしたがって、各国からの意見を聞きながらWGドラフト(案)が作られている。今度の改定では、どうやら環境騒音のアセスメント(評価)のガイドラインを作ろうというものであるらしい。したがって、道路騒音のみならず、航空機騒音、鉄道騒音、衝撃性騒音、純音性騒音、強い低周波音を含む騒音など、各種の騒音特性に応じた評価の方法と、それらが複合された場合の評価の方法について討論が行われていた。あまりにも難しい問題が討議されていたので、この規格の行方はどうなるのだろうかと不安を覚えたのが実情であった。WGは今年のInter Noise98の時期にも開催されるようだ。

[ICAを終わって]
 ICAの会期中に2004年の開催国は日本、開催地が京都に決まったとの情報を得た。1968年の東京に続いてわが国では2回目の開催となる。6年先の話であるが、実りある会議となることを念じつつ、シアトルを後にした。

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