1998/10
No.62
1. "ピエゾサロン"の開設 2. 斜入射吸音率試験室の新測定システム 3. サウンドボックスと竹のレコード針 4. 第16回 ICA/ISA(シアトル)会議報告 5. 0.05μm検出の液中微粒子計 KS-17
       <骨董品シリーズ その31>
 サウンドボックスと竹のレコード針

理事長 山 下 充 康

 展示室に並べられた音響関連機器の中で誰もが強い興味を示すのはアンティークな蓄音機たちである。特にワックスドラムの「エヂソンスタンダードモデル蓄音機(1990年1月号・No.27)」や「木製の大口径喇叭付きキャビネットタイプの蓄音機(1994年7月号・No.45)」はその姿形の面白さに加えて昔の音を実際に聞くことが出来るということから来訪の方々の人気を集めている。

 真空管による増幅技術が開発される以前のオーディオ再生装置に加えられた様々な工夫には感銘させられる。

 最近、小さな手回し型のポータブル蓄音機を2台手に入れた。一つは1898年製の蝋管式の蓄音機、もう一つは1920年、ロンドン製の箱型ポータブル蓄音機である。

 前者は百年前に製作された骨董品であるが全く問題なく作動する。後者は1920年代の製品なので比較的新しいものであるが、音を拾うサウンドボックスのアームがターンテーブルのある本体ではなく、箱の蓋の部分に取り付けられているのが珍しい。これらについては別の機会にこのシリーズで詳しく紹介することとしたい(図1)。  

図1 二つの蓄音機
 今回の骨董品シリーズで取り上げるのは、レコードを鑑賞する際に当時の誰もが悩まされたレコード針。

 サウンドボックスに長さ1.5cmほどの鉄の針をネジ止めしては音盤を傷めないように音溝の端にそっと下ろす。レコード針は音盤を削ることがないように柔らかい鉄で造られているから磨耗が速い。音盤の片面を聞き終わる毎に新しい針と交換しないと音が歪んだり、音溝を傷めたりするので、何枚もの音盤から成るシンフォニーのような大曲を鑑賞するのには往生させられたものである。ちなみにベートーベンの「田園」は6枚の音盤で構成されていた。全曲を鑑賞すると針の交換は表裏で12回、交換前までのフレーズを耳の奥に記憶しておいて、印象が消える去る前に古い針を取り外し新しい針をネジで取り付け、音盤を裏返すか次の音盤に置き換える。この一連の作業を素早く且つ丁寧に遂行するのには相当な熟練を要した。

 普通のレコード針は片方が紡錘形に尖っていて、クローム鍍金されている。大抵は100本から200本入りの小さな薄いブリキ缶で売られていた。音楽好きは1000本単位でボール箱に入れられた徳用品を愛用していたものである。(図2は徳用の1000本単位のレコード針の箱。)

図2 1000本入りの徳用箱と針
(右下の小さい缶は200本入り)

 レコード針の煩雑な交換作業から開放されることは音楽愛好家たちに共通の願いだった。この要求に対して様々なアイディアが出されたらしい。その一つが図3に示すようなペン先の形をしたレコード針である。10本ずつが油紙に包まれて小さな紙袋に入れられている。紙袋の外側に印刷された文章に日く「録音盤には当社の再生針を御使用下さい。1本で七、八回使用できます。」

 製図用具のような姿の針を見たとき、袋の文字を読むまではレコード針と理解することができなかった。当時、この種のアイディア商品が数多く出回ったと聞く。

 この針を実際に使用して音盤を聞いてみたが高音域に共振点があるようで、音質は普通の針に比べてシャリシャリしているように感じた。
図3 製図用具のようなレコード針

 ところで、今回紹介させていただく目玉の骨董品は竹製のレコード針とそのカッターである。

 図4をご覧いただきたい。この猫の爪切りを想像させるような鋏状の道具をレコード針に結びつけることのできる人は相当のオーディオマニアだったに違いない。

 「銀河鉄道の夜」や「どんぐりと山猫」などの名作を遺した作家の宮沢賢治は洋楽愛好家としても知られていて、花巻にある「宮沢賢治記念館」にはショパンやベートーベン、チャイコフスキーなどの音盤コレクションが大量に展示されている。時代は昭和の初期とのことであるが、音盤と一緒に図4に示した物と同類の鋏が展示されている。

 図4の猫の爪切り鋏はというと、実は竹のレコード針用カッター。今日では入手が困難なものになってしまった。

図4 二つの「猫の爪切り(?)」
 竹のレコード針は金属のレコード針の代用品というわけではない。金属針だと音盤を削る畏れがあるということから、柔らかな竹針を好んで使う愛好家も多かったようで、意外に多くの古い竹針が残されていて、骨董市などで見かける機会が少なくない。(ただしカッターはめったに見かけない。)
図5 竹針の拡大写真

 竹針は正三角形の断面を持つ(図5)。この端を45°の角度で鋭く切り落とし、切り口の尖った頂点を音溝に落として使用する(図6)。竹針の利点は音盤に優しいだけでなく、尖った頂点が摩り減っても端部を削り落しさえすれば繰り返し使用できることである。金属の針だとネジを緩めたり締めたりする交換作業が要るけれど、竹針はサウンドボックスからいちいち取り外さなくても削りさえすれば良い。猫の爪切り(?)は竹針の先端を鋭く滑らかに削るための道具である。

図6 竹針をつけたサウンドボックス

 竹針は油でもしみ込ませてあるのか非常に硬く仕上げられている。音溝に接触する頂点の部分がささくれ立ったのでは役を成さないから、何らかの特別な加工がされているらしい。そんな硬い竹材の端部をスパッと削り落とす道具だからカッターにも様々な工夫が加えられている。二種類のカッターが手元にあるが、各々に特徴的である。

 以下は片方のカッターの箱に収められていた説明文である。(旧漢字を今日の漢字に書き換えたが原文のまま紹介させていただく。)

 カッターの側面に正三角形の穴が開けられている。竹針を穴に挿入すると、45°の角度でピタリと隙間なく納まる。竹針を穴の突き当たりまで差し込み、鉄の要領で刃を滑らせると竹針の先端が薄く削ぎ取られる仕組みである。試しにこのカッターで竹針を切ったところ、古い先端部分を見事に切り落として魚の鱗のような三角形の竹片がこぼれ落ちた。

 ちなみにカッターの外箱に三越の値札「1円50銭」が添付されている。(図7参照。)

図7 竹針カッターと外箱

 サウンドボックスの針孔が円形でなく三角形の切りこみが入れられていることを長年不思議に思っていた。これが正三角形の断面を持つ竹針を取りつけるための方策であったことを今回の竹針についての資料集めで初めて知った次第である。

 エジソンが電球のフィラメントに竹を利用した話は良く知られているが、レコードの針でも竹とエジソンが繋がるのは面白い。

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