2015/1
No.127
1. 巻頭言 2. inter-noise 2014 3. 顕 微 鏡 4. 4チャンネルデータレコーダ DA-21
   

      <骨董品シリーズ その93>
 顕 微 鏡


理事長  山 下 充 康

 小林理学研究所は音響・振動を中心とした研究機関であるが、光学機械である顕微鏡も遺されている。今日では顕微鏡といえばデジタル化が進み、画像の拡大が容易になったお蔭で nm (ナノメートル,10-6 mm)単位の微小なウィルスまでが、ニュース番組などで一般家庭のテレビ画面に大写しにされる時代を迎えた。

 子供の頃、物体を拡大して覗き見る世界は脅威に満ちたものであった。ジャガイモの澱粉やら蝶の羽の鱗粉やらを覗き見、それらの奇妙な姿を目にしては心躍らせたものである。旧いものだが、学童用のポケット型顕微鏡があった(図1,2)。拡大はできるが視野は極端に狭く暗い。陽に翳さないと役に立たない。倍率は説明書に100 とか150 と記されているが、玩具の域を出ないものであった。他にも倍率はさして大きくはないが散歩に出かけるときにポケットに忍ばせておけるムシメガネ程度の拡大鏡がある(図3)。これは孔の空いた木製の胴に レンズが嵌め込まれており、透明なプラスティック部を対象に押し当てて使用した。レンズもプラスティックで造られているから軽い。
図1 「世界最小」のポケット型顕微鏡(日本製)
内部にプレパラートがあり、対象を挟んで使用する(150 倍)
図2 携帯小型顕微鏡(日本製)
本体側面のスリットにプレパラートを挿入して使用する(100 倍)
図3 携帯拡大鏡

 東京・銀座の裏通りにある西洋骨董の店で埃をかぶった小さなボール箱に収められた顕微鏡を手に入れた(図4)。古びた箱にStudents Microscope と大書され、Made in England と添え書きがされている(図5)。発売元の “J&L RANDALL, LTD.” をインターネットで調べると、1900 年代中期に科学玩具(蒸気エンジンやモータ、ダイナモ、望遠鏡など)をイギリスで販売していたらしい。学童用の顕微鏡で、接眼レンズ・接物レンズともに固定されていて、鏡胴は指で上下させてピントを合わせるだけの素朴な形である。のちにラック&ピニオン(歯状レールと歯車)式で鏡胴を上下させてピントを合わせる上位機種が登場している。「44x」と記されているから44は倍率の事であろう。顕微鏡のピント合わせには大層苦労が伴ったらしく、ラック&ピニオン式の他にもヘリコイド(螺旋)式が採用されたこともあった(図6)。

図4 顕微鏡の科学玩具(英国製)
図5 化粧箱上面
中央に“Students Microscope”とある
図6 真鍮製のヘリコイド式顕微鏡

 研究所に遺されていたのは図7に示すような偏光顕微鏡である。接物レンズ・接眼レンズともに交換式で、鏡胴の中間に絞りと偏光板が挿入されている(図8)。 ロッシェル塩(本シリーズその12「水晶」No.30, 1990/10)をはじめ、様々な結晶の圧電効果の研究に使われていたものであろう。

図7 小林理研で使用していた偏光顕微鏡
図8 鏡胴部の拡大図
偏光板や絞りが差し込まれている

 元々顕微鏡は細菌や黴などの研究に使われていた光学器械である。近年では、両眼式やデジタル形式が普及して、昔ながらの光学式の顕微鏡は少なくなった。物を実物よりも拡大して観ようとすることは人類にとって大きな希望であり、同じ考え方で遠くのものを近くに引きつけようとした望遠鏡の発明がある。このような事が音の世界でも成り立つとすれば面白いのだが、望遠鏡も顕微鏡も実現は原理的に困難である。せめて望遠鏡はパラボラ反射板(本シリーズその84「集音マイクロホン」 No.118, 2012/10)、顕微鏡は聴診器(その44「聴診器」 No.77, 2002/7)に落ち着くのではなかろうか。

 振動を捉えてこの信号を増幅し、大音響で聴き取るような工夫が見られたこともある。アリの大行進やカタツムリがキャベツの葉をかじりとる音は聴いて楽しいものだった。顕微鏡的に感じられるが、振動を増幅するこの技術は光学的な顕微鏡とは全く異なる物であった。

 

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