2015/4
No.128
1. 巻頭言 2. 第39 回ピエゾサロン 3. ビンザサラ 4. インピーダンスオージオメータRS-H1
   

 
  パンセより


所 長  山 本  貢 平

 小林理学研究所は今年2015年8月に創立75周年を迎える。実に3/4 世紀を生き延びたことになる。創立者小林采男氏は、この研究所がここまで長く存続することを当時想像し得たであろうか。創立は戦前のことであるが、小林氏 は技術力を発展させて、日本の国力を増すために基礎科学を充実したいと考えた。そのために技術の礎となる物理学の研究所を設立したのである。当初は、基礎物理学から出発し生命科学の萌芽に至り、著名な物理学者も輩出した。

 戦後は社会的要求も手伝って、物理分野の一つ応用音響学(圧電物性も含む)が主流となった。純粋物理というよ り実践の応用物理にあたる。したがって、今の小林理研は小林氏にとっては少々不満の残るところに違いない。

 ところで音響の世界では、音圧の単位に「パスカル」が用いられる。これは、17 世紀に活躍したフランスの物理学者「ブレイズ・パスカル」に由来する。正確にいえば数学者でもあり哲学者でもある。「パスカルの原理」といえば、中学校の理科で習うほど有名だ。このパスカルは天才少年であった。子供のころから物理学や数学に興味を持ち、大いに才能を伸ばして、物理の法則を発見するとともに、数学でも新たな定理を導きだした。純粋物理や数学だけに興味を持ったパスカルであるが、晩年は人に興味を持つことになる。彼の遺稿集「パンセ」には、人というものへの鋭い観察と、人には見えない絶対者というものに対する深い考察が記されている。「人間は一本の葦に過ぎない。自然の中でも一番弱いものだ。だが、それは考える葦である」という有名な言葉は、この「パンセ」の中に現れる。物質世界の中に生きる人というのは、すべての物理法則に支配される弱い「葦」に過ぎないというのだ。ただ、湿地に生える葦と人との違いは、「人は考えることができる」ということである。そして、考えること、すなわち思考とは人間の尊厳であるとする。しかし、この人間の尊厳である思考をいとも簡単に乱すものがある。それは大砲のような大きな音を必要としない。一匹の蠅が耳元でブーンと音を立てるだけでよい。その音が人間の尊厳である思考を乱すのだ。パスカルは、そのような蠅の力が、高度な精神活動に勝利することを認めている。

 蠅の力、言い換えれば騒音の力は、今日でも私たちの生活に干渉し、思考を乱す。時としてそれは精神的な苦痛を 与え、様々な人とのトラブルのもとになる。騒音の力は今も昔と変わらない。そして、我々は音響学の中でその騒音の力を計測し、予測し、対策し、評価を行っている。この騒音という音との闘いは、時代が我々に与える強い要求事項である。「歴史もしくは時勢の要求がその一身に集中している人物には生涯休息はない」と司馬遼太郎は歴史小説 「花神」の中で語る。休みなく音と闘い続ける小林理研ではあるが、時代と社会が必要とする限りそれは存続の意味がある。創設者小林采男氏もそれは認めて、75 周年を祝ってくれるのではないだろうか。

 

−先頭へ戻る−