2015/4
No.128
1. 巻頭言 2. 第39 回ピエゾサロン 3. ビンザサラ 4. インピーダンスオージオメータRS-H1
   

       第39回ピエゾサロン
 「ヒドロキシアパタイト:過去、現在、将来」 Sidney B. Lang


名誉研究員  深 田  栄 一

  平成26年12月4日に小林理学研究所で第39回ピエゾ サロンが開催された。Ben-Gurion University of the Negev, Israel のProf. Sidney Lang が「Hydroxyapatite: Past, Present and Future 」と題して講演された。

Wolff の法則
 骨には有名なWolff の法則がある。1892年にドイツの解剖学者、外科医であったJulius Wolff が述べたもので ある。健康な人間や動物はそれが受ける荷重に適応する。 骨の特定部分の荷重が増加すると、骨はその荷重に耐える強度を持つように、時間をかけて再構成する。その逆も成り立ち、もし骨にかかる荷重が減少すると、骨の強度は減少する。

Prof. Sidney Lang
(Ben-Gurion University of the Negev, Beer-Sheva, Israel)

骨の圧電気
 骨を構成する物質を分類すると、  
〜 19 % コラーゲン(結晶点群:C6)  
〜 70 % ヒドロキシアパタイト(結晶点群:C6/m)  
〜8 % 水  
〜3 % 細胞を含むその他の物質
 1950 〜 1960 年代に、骨の圧電気と流動電位について多くの研究論文が発表された。圧電気:E. Fukada, I. Yasuda (1957), C.A.L.Bassett, R.O.Becker, C.H.Backman, M.H.Shamos, L.S.Lavine, 焦電気:S.B.Lang (1966), 流動電位:J.C.Anderson, C.Eriksson (1968) など多数の活発な研究がおこなわれた。
 これらの研究は、整形外科学の分野で注目され、電気刺激や超音波刺激が骨折の治療に用いられる応用にも発展した。
 2000年代に入り、nanotechnology の発達とともに、原子間力顕微鏡などの nm スケールの測定が可能になり、 骨の圧電気や成長に関する研究が再び盛んとなった。

圧電応答力顕微鏡
 Piezoresponse Force Microscopy (PFM) の原理を 図1に示す。試料を挟む基板と導電性探針の間に、交流電圧を加える。試料の逆圧電効果による変位を、てこのたわみから光学的に検出する。垂直方向の変位からは、 伸び圧電率を、水平方向の変位からは、ずり圧電率を求めることができる。
 骨のコラーゲン繊維でのずり圧電測定の例を図2に示 した。図2(a)は皮質骨の表面の原子間力顕微鏡 (AFM)による変形図(トポグラフィー)である。コラーゲン繊維は直径50〜200 nm、長さ数ミクロンで、60 〜 70 nm の特徴的なバンド幅を持つ。図2(b)は同じ場 所の圧電応答力顕微鏡によるずり圧電による図である。 この図の白線に沿って探針を動かした時のずり圧電変形振幅の変化が、図2(a)の挿入図に示されている。右側の図は加えた交流電圧にずり変形量が線形に比例しており、この傾斜から、骨のずり圧電率が0.3 pm/V と導出された。

図1 圧電応答力顕微鏡の原理
図2 骨のコラーゲン繊維のずり圧電率
M. Minary-Jolandan & M-F Yu, Appl. Phys. Lett. 97, 153127 (2010)

ヒドロキシアパタイト結晶の圧電性と焦電性
 1950年に骨の圧電性が発見された当時は、コラーゲン結晶は対称中心のない六方晶系C6であるから圧電性がある。しかし、ヒドロキシアパタイト結晶は、対称中心のある六方晶系C6/m であるから圧電性はないと結論されていた。しかし2000年代に入って、IrelandのDr.Tofail を中心とする人々が、ヒドロキシアパタイト結晶に対称中心のない結晶相を見出す努力を続け、2013 年には、 Israel のDr. Lang がSi 上で、高電圧を加えながら合成したヒドロキシアパタイト結晶に、コラーゲンよりも大きな圧電効果と焦電効果があることを証明した。
 ヒドロキシアパタイト結晶の対称性についての現在の考えは、極性六方晶系は存在しない。77.4 %は単斜晶系で対称中心が無く、極性を持ち焦電性、圧電性を持つ。 22.6 %は単斜晶系P21/b で対称中心を持ち、焦電性圧電性はない。
 図3と図4は、ヒドロキシアパタイト結晶での圧電効果と焦電効果の実験例を示す。また図5は圧電応答力顕微鏡を用いた強誘電性ヒステレシスの測定結果である。
図3 ヒドロキシアパタイト結晶の圧電測定
Lang et al., Appl. Phys. Lett. 98, 123703 (2011)
図4 ヒドロキシアパタイト結晶の焦電測定
Lang et al., Appl. Phys. Lett. 98, 123703 (2011)

図5 ヒドロキシアパタイト結晶の強誘電ヒステレシスの測定
Lang et al., Nature-Sci. Rep. 3, 2215 (2013)

脳の松果体
 松果体は脳の中央に存在し、概日リズムを制御するメ ラトニンを生成する内分泌器官である。松果体の石灰化 が電磁場の影響を受けることが知られており、Caを含む物質が圧電性を持つことが推定された。しかし、松果体では、多くの微小な結晶が、非結晶体の中に分散しているので、通常の圧電測定は不可能である。そのため、対称中心の無い圧電性結晶体に存在する第二高調波発生の現象を測定した。
 波長1064 nmのYAGレーザーのパルス200個を約500μm 直径の試料に照射し、試料を通過した波長532 nm の光子の数を計測した。図6は人の松果体試料の6か所での測定結果を示す。縦軸は対数である。第二高調波の存在は圧電性の存在を示し、Ca含有の結晶体はヒドロキシアパタイト結晶であると考えられる。

図6 脳の松果体にヒドロキシアパタイト結晶が存在する
Lang et al., Bioelectrochem Bioenerg 41, 191 (1996)

ナノ‐ヒドロキシアパタイトによる骨再生


 ヒドロキシアパタイトを生体内に移植すると、骨の再生が起こることが知られている。図7は、ナノ‐ヒドロキシアパタイト粒子:nHA(23 nm)、及びキトサン(CT) と複合したナノ粒子:nHA/CT2,4,6をラットに埋め込み、骨の再生状態を調べた実験結果の1例である。縦軸は遺伝子表現に比例する値であり、nHA の骨再生能がCT複合粒子に比べて、はるかに大きいことが示されている。

図7 ナノーヒドロキシアパタイトによる骨の再生
S. Tavakol et al., J. Nanopart. Res. 15, 1373 (2013)

ヒドロキシアパタイトの応用と発展
 ヒドロキシアパタイトは重要な埋め込み生体材料の一つとして、従来からいろいろの応用が試みられている。 歯科のインプラント材料、多孔性ヒドロキシアパタイト による薬品伝達、金属面のヒドロキシアパタイトによる 被覆、圧電性によるエネルギー収穫などが例であるが、 今後も益々新しい発展が期待される。
 APATITE はギリシャ語ではαπαταωと表され、 DECEIVE、欺くという意味である。アパタイト結晶の化学や構造は、長年、科学者を欺いてきたといえる。

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