2012/10
No.118
1. 巻頭言 2. inter-noise 2012 3. 集音マイクロホン 4. 精密騒音計(低周波音測定機能付) NL-62
   

    <骨董品シリーズ その84>
 集音マイクロホン


理事長  山 下 充 康

 終戦後、NHKラジオの朝の番組で「早起き鳥」というのがあった。小鳥の囀りと小鳥の名前を放送してくれるので、自然科学に興味のあった子供の耳には嬉しい放送番組だった。録音機が今のように小型でない時期、小鳥の声の録音には大変な苦労が伴ったことであろう。なかんずく狙った小鳥の声だけを公共の放送で送信するのには至難の苦労があったに違いない。小鳥の声が多そうな樹林に踏み込むと夏ならば蝉、けたたましいカラスの鳴き声、樹木の葉擦れの音など結構喧しいことに気付く。望遠鏡は望みどおりの対象だけを周囲から切り出すことができるが、視覚と違って音には望遠鏡のような機能は原理的に考えようがない。

 特定の音だけを拾い出して録音しようとすれば周囲の不必要な音が同時に録音されてしまう。そこで登場するのが狙った方角の音だけを拾うという集音マイクロホンである。これは単なる指向性の強いマイクロホンであって、いわば雨傘を裏返したような形のパラボラ型の反射板の焦点の位置にマイクロホンを取り付けたようなものが多い。

 輸入商品であるが狙った方角の音だけをイヤホンで聴き取ることのできる玩具がある(図1)。小鳥などをパラボラに取り付けられたパイプで覗き見るとその小鳥の声だけを周囲の音から切り取ったように明瞭に聞くことができる自然愛好者用の玩具である。ボリュームコントロールのついた増幅器が内蔵されていて任意の音量を選ぶことができる。実際に使ってみると音質は満足のいくものではないが小鳥の甲高い鳴き声は明確に聴き取ることができる。
図1 バードウォッチング用ハンディ集音器

1kHz

2kHz

4kHz


8kHz

図2 ハンディ集音器の1/3オクターブバンド指向特性

 パラボラの部分は透明なプラスティックで造られていて寸法はパラボラの口径が20cm、深さが5cm程度、片手で容易に操作することができる。パラボラの指向特性を計測したところ、4,000 Hzと8,000 Hzに鋭い単一指向性が観測された(図2)。この特性は高い周波数成分で構成される小鳥の声を聴き取るには好都合であろう。

 鉄製の三脚にプラスティックの重く大きな皿を固定した指向性マイクロホンのようなものを手に入れた(図3)。何かの転用品であろうか反射板はパラボラではなく、球面である(口径約60cm、深さ約30cm)。焦点の位置にマイクロホンが取り付けられている。指向特性を図4に示した。口径が大きいため指向特性は2,000 Hzまで観測されている。反射板が球 でなくパラボラ型であれば更に鋭い指向特性が得られるものと考えられる。
図3 半球状の反射板を持つ大型集音器

1kHz

2kHz

4kHz


8kHz

図4 大型集音器の指向特性

 以前この稿で取り上げたハルトマンの噴気式超音波発生器(No.34, 1991/10)にパラボラ反射板が使われているので(図5)これの指向特性を観測した結 も図6に示した。口径約30 cm 、深さ約15 cmで 1,000 Hzまで単一指向性が観測された。
図5 ハルトマンの噴気発音器

1kHz

2kHz

4kHz


8kHz

図6 噴気発音器の指向特性

 音については、望遠鏡のように特定の対象のみ切り出す機能までは集音マイクロホンでも実現し得ないが、顕微鏡的な機能は音の放射部位あるいは放射体に耳やマイクロホンを押し付けるなり極端に近付けたりすれば実現可能である。医者が使う聴診器は音の顕微鏡であろう。

 狙った特定の音だけを拡大するような装置があるとすればこんなに便利なことはない。聴力に障害のある人々は到来する音を拡大、強調するために補聴器を使用するが、人声を聞こうとしてもついでのように周囲の騒音まで拡大、強調されてしまう。このことが長年補聴器への不満として挙げられることが多かった。しかし近年では電気回路の様々な工夫によって、一般に騒音と判断される音を抑制する機能を備えた補聴器が開発されている。

 これらの応用で望遠鏡のような機能を持たせた補聴器も開発されれば有難い。さはさりとて大きな寸法のパラボラを携行して振り回すのは如何なものであろうか。

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