1990/10
No.30
1. インターノイズ90[Science for Silence] 2. インターノイズ90'に参加して 3. 水 晶 4. 1/3オクターブバンド リアルタイム アナライザー SA-27型

5. 50周年記念祝賀会にあたって

6. 小林理研設立時の思い出 7. 小林理研と私
    <骨董品シリーズ その12>
 水 晶

所 長 山 下 充 康

 古い物置小屋を解体した際に床下から奇妙な形をした胡桃ほどの大きさの塊が転がり出てきた(写真1)。ガラスの様に透明であるがガラスの塊にしては角の鋭さのない、ちょうど氷砂糖のような奇妙な手触りである。この一つを打ち砕いてみたら特徴的な結晶面が現れて、これが水晶の塊であることが判明した。

写真1 転がり出た水晶の塊

 昭和20年代の小林理研の大きな研究成果の一つにロッシェル塩結晶の大量生産方式の開発があげられる。この研究はその後、基本的な圧電結晶である水晶を単結晶で育成する研究に受け継がれ、昭和30年代には水晶の大形の単結晶を人工的に作り出すことに成功している。

 今日でこそ人工水晶の育成は比較的容易なものとなっているが、大形単結晶の育成技術の開発はこの当時極めて先進的な研究成果として関係者から注目されたらしい。

 この頃の研究所報告には水晶に関するいくつかの研究論文が掲載されている。

 その一つ、「水晶の研究 I:武田秋津(小林理学研究所報告7巻1号,1957)」、その序論「水晶と石英」に関する部分では水晶についての一般的な説明が平易に記述されていて興味深い内容なので、以下にその一部を紹介しておく。

 『水晶或いは石英という鉱物名は広く知られており日常語となっているが、水晶と石英とはどう異っているのだろうか。まず中国の辞典をみると、石英と水精とは別種の鉱物とみなされていたことがわかる。(重訂本草綱目・金石部・第八巻・石之二・玉類十四:季時珍1596)すなわち水精(今の水晶で古くは水玉また時としては月玉とも称した。)の瑩徹晶光は水の精英の如しとあるから水精とは水の精英の略であろう。また石英を2種に分類し白石英と黒石英に分けて記しており、何れの石英も指状で長さ2〜6寸、太さ数寸であるとしている。従って石英が水晶原石であることは疑なく、しかも水晶の項には珠なる文字を使用しているので、水精は加工された水晶球を指したものと考えられる。更に本草綱目図巻には明らかに水精として透明な球の図を画き、白石英黒石英の回としては水晶原石(図は不正確であるが)の図を画いてある。なお興味あることに、白石英に所謂水晶のJapanese twinの図があげてある。故に中国では1600年頃には加工水晶を水精、原石水晶を石英と区別していたとみてよかろう。我国ではどうだろうか。本草和名(深江輔仁、918)では白石英、紫石英なる名称はあるが、水精なる項はない、しかるにこれとほぼ同時代の倭名類聚抄(源順、950頃)では水精は水玉或いは月珠ともいうと述べておるのみで石英にはふれていない。これだけでは水精と石英に区別があったかどうかは判定出来ない。

 時代が経ってずっと近代になると例えば雲根志(木内小繁1772)では水晶の玲瓏として水の如きものを水粧と知る可しといい、不透明なものは石英であると述べている。同じく小野蘭山(本草綱目啓蒙1802)も水晶と石英は同物なりと断定している。そして土中に産するを水精とし、石上に産するを石英とするは誤りであると述べた。結局これ等をまとめて想像を逞しくすれば、透明な石英を加工して球にしたものを水精と称し、大きな原石を石英と呼んでいたが、いつしか良質で透明な石英を水晶と名づけるに至ったと考えられる。

 さて欧州ではどうだったろう。古代ギリシャの人々は、水晶は融ける能力を失ってしまう程固く結晶化した氷と考えて、それを意味する語と呼んだ、当時万年雪を戴いたアルプス山中で主に見出されたためである。洋の東西を問わず、人間の感じ方が一致したのは面白い。この名称はそのまま受け継がれて、ラテン語ではcrysttallusであり、また英語の古い文学作品でただcrystalといえばrock crystalを意味することがある。(例えば英語の聖書中に出てくるcrystalとはrock crystalのことである)従ってrock crystalは透明な水晶を意味することは疑がない。』

 論文では、この序論に続いて水晶の原子配列や結晶軸、座標系、弾性率や圧電率などの物性が詳しく述べられている。純然たる物理学のレポートであるが、古文書を紐解いて研究の素材を歴史的に展望しているあたり、自然を科学する研究者の心意気を感じさせられる。

 この研究は翌年、人工水晶の育成に成功し、『水晶の研究II』として論文にまとめられている。

 物置小屋の床下に転がっていた透明の塊は大形の単結晶を作り出す過程で繰り返されたであろう実験の産物で、出来損ないの人工水晶であった。

 写真2は完成された大形の単結晶水晶の例である。

 このように整った形に育成された結晶の幾つかはそれなりの待遇のもとに大切に保存されているが、試作過程の結晶は物置小屋の床下に放置され、その存在すら忘れられている。しかし、完成された結晶と並べて眺めていると、不思議に出来損ないの方に奇妙な愛着を感じ、落ち着いた気持ちになる。

写真2 人工大形単結晶水晶
 
写真3 天然水晶と人工水晶

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