2013/1
No.119
1. 巻頭言 2. The 9th ISAIA 3. タッピングマシン 4. 第38回ピエゾサロン
  5. リオネット マジェスシリーズ

    <骨董品シリーズ その85>
 タッピングマシン


理事長  山 下 充 康

 住宅の過密化と生活パターンの多様化によって住宅をめぐる騒音の苦情は益々多様化してきている。生活様式が西洋化してきたことも手伝って集合住宅での構造物音についての苦情が後を絶たない。足音や、椅子の脚が床を擦り、叩く音、幼児の飛び跳ね音等が建物の構造体を伝わって騒音苦情の原因となる例は少なくない。本ニュースの記事では「スリッパが怖い(建築音響研究室 小川博正 No.53,1996/7)」がある。畳敷きや一戸建て住宅では心配の無い音ではあったが、左右上下に他人が生活する空間が当たり前の昨今ではこれらの構造物音が大きな問題となる。構造物音の発生伝搬を低減するような床材料の開発が進められているが、十分とはいえない実情である。小林理学研究所でも建築音響研究室に特別な実験室を設けて(図1)床衝撃音の効果的な低減を試みているところであるが、ここで使われていたのが「床たたき道具」、いわゆる「タッピングマシン」である。国際的な基準(ISO 10140-5:2010)で詳しく規定(日本では工業規格 JIS A 1418-1:2000)されているが、原理的にはハンマーで床を叩く道具である。
図1 小林理学研究所の床衝撃音試験室
室上部より衝撃音を放射し(左)、下部受音室で伝搬音を測定する(右)

 幼児が押し歩きをして犬やリスやウサギなどの形をした木切れがカタカタと音を立てる玩具があったが、それに似た構造の道具だった。重い鉄のハンマーが電動で床を叩く。重くて大きな寸法のマシンを携えて現場測定に出かけるのには大層苦労させられたものである。

 これが少しだけ小型になったのが図2に示すような道具である。長方形の木箱に収められてはいるが鉄のハンマーを打ち下ろす構造は昔のままで、持ち歩くには極めて重い。堅牢な木箱ではあるがこれを運ぶのには大層苦労させられる。直径30mmの円筒状の鉄のロッドが5本セットされていて電動で回転するシャフトに連動している。回転するシャフトにはカムが取り付けられていて鉄のロッドを引き上げては床に向かって落とす仕組みである。スイッチを入れると5本のロッドが連続的に床を叩くのでガガガガ・・・とものすごい音で鳴る。
図2 音響科学博物館所蔵のタッピングマシン(デンマーク製)
左 木箱に収められた装置外観
右 3本の支持脚と5本の鉄製ロッドが並ぶ底面

 タッピングといえば靴の踵とつま先をリズミカルに踏み鳴らすタップダンスを思い起こすところであるが、元来は欧米の建築物において床の靴音が論議を呼んだことがこの問題の切掛けであった。

 今ではタッピングマシンも骨董品として音響科学博物館に並べられてはいるが、構造物音についての研究はいまだ途上にあるといえよう。ISOで規定されているタッピングマシンを国産化した機種も市販されているが(図3)、子供の跳びはねの音を低減するための研究には、自動車のタイヤを落下させる方法が考案されたり、砂を入れたバレーボールやボーリングの球が使われたりしてきた。当所でも科研費の助成を受けて、小走り音を模擬した衝撃源を試作している。この研究の詳細は本ニュース記事「連続加振が可能な小走り模擬衝撃源の試作(建築音響研究室 中森俊介 No.117,2012/7)」で紹介した。
図3 現行のタッピングマシン(リオン社製 FI-01)
左 装置外観  右 底面

 今後研究の発展により床材料の改善も進み、集合住宅における構造物音の低減が望まれるところである。

 

−先頭へ戻る−