1984/12
No.7
1. 私と補聴器

2. 低周波領域におけるマスキングについて

振動ピックアップの絶対校正(その2) 4. Tr式微風速計の概要−新しい熱式風速計− 5. 騒音と会話の了解度
       <技術報告>
 Tr式微風速計の概要−新しい熱式風速計−

リオン渇ケ測技術部 綱 島 俊 行

1. はじめに
 近年、半導体集積回路の高密度化に伴い、その製造現場であるクリーンルームの高清浄度化が必要とされています。この高清浄度を維持管理する上で高効率エアフィルタと風速(風量)制御は必要不可欠で、この事は半導体業界に限らずクリーンルーム一般について言えます。
 一方身近な所で最近のビルではVAV(Variable Air Volume)と呼ばれる一定風温・可変風量方式による省エネ空調が採用され始めたり、人間の居住空間をより快適にする為に室内の気流(風速)分布に着目してADPI(Air Diffusion Performance Index:気流分布効果指数)という評価法が提唱されたりもしています。
 このように、特に建築物内での風速測定・制御の必要性が急速に増大しており、建築物内という関係上その測定・制御が以前には問題にならなかった1m/s以下という微風速領域にまで及んでいます。

2. 熱式風速計
 風速測定というと先ず思い浮かぶのが三杯型風速計のような回転式やピト管のような圧力式のものですが、回転式および圧力式では、機械摩擦が大きかったり発生動圧が小さ過ぎたりで微風速測定には適しません。原理的に微風速測定に適しかつ手軽に実現、操作可能な風速計として、熱式 (熱線)風速計があります。この熱式風速計は比較的古くから知られ実用化もされていますが、高精度の微風速測定という意味では多少の問題点も残されています。
 風……(気象分野では対地平行空気流と定義)は様々な現象を引き起こします。加熱された物体の温度降下が、風によって加速される現象もその一つです。この事は古くから経験的によく知られていて"羹に懲りて膾を吹く"(あつものにこりてなますをふく)という故事成語があるくらいです。この現象を逆に言えば、加熱物体の気流中に於ける温度降下の度合を知れば、加熱物体に加わった風速がわかる事を意味しており、熱式風速計はすべて基本的にはこの現象を利用しています。この現象は熱的、流体的にかなり複雑な現象ですが、キングの式1)として有名な実験・近似式があり、これを図1に示します。金属線を電流で加熱して、金属線の電気抵抗値がその温度に依存する性質を利用して温度制御を行なう方式の熱式風速計は、すべてこのキングの式を利用しています。然しながら回転式、圧力式などに比べて原理的に微風速測定に適している熱式風速計も受感素子に供する素材の選択、センサプローブの構成の方法、加熱制御の方法等によっては、実用上充分な性能が出るとは限りません。従来の熱式風速計は殆んど白金線またはニッケル線のような金属線を素材として、定温度型と呼ばれる加熱制御を行っているので、基本的に、  
    加熱設定温度を高くとる必要があるので自己発生対流が起こり、微風速測定精度の再現性が悪い  
    受感素子の形状から必然的に指向性が出る  
    必要電力がかなり大きい。  
    外部輻射熱の影響を受けやすい
といった欠点が残っています。このような従来の熱式風速計の欠点を改良する為にTr式(トランジスタ式)微風速計が開発されました。
図1 熱線の放熱に関するキングの式

3. Tr式微風速計
 Tr式微風速計も熱式風速計の一種ですが、従来の熱式風速計の欠点の大半が加熱設定温度を高くとらなければならない事に起因しているので、加熱素子に供する素材の選択に際して、
   低温加熱でも充分に風速感度が得られる
   指向性を避ける為に形状の自由度が高い
ことを重点に検討されました。様々な試行錯誤の結果、トランジスタを受感素子とした定温度差型加熱制御が最も目的に適しているという結論に達しました。定温度差型加熱制御というのは、加熱素子(トランジスタ)の温度と風温(これもトランジスタで検出します)との温度差を一定値に保つように加熱制御するもので、この一定値は風速が変っても風温が変っても変わりません。トランジスタの温度検出感度が白金線や熱電対に比べてはるかに高い(熱電対の約50倍)ので、定温度差型でトランジスタをドライブした場合、一定温度差をわずか10℃程度に設定しても0.05〜30m/sの範囲で風速信号が充分な感度と再現性をもって検出できます。またトランジスタは発熱機能と測温機能を具備しているだけでなく、発熱制御機能をも備えていますので、回路構成が非常に簡単になる事も大きな特長で、これは他の感温素子にない事です。以上の動作内容及びセンサプローブの概略図を図2に示します。商品化されたTr式微風速計はいずれも広い測定範囲をもっていますが、温度差値を更に小さく設定すれば、o/s単位の超微風速測定も可能になると思われます。更に風速信号の再現性が非常に良いので信号の直線化、デジタル化が容易でAM-03型は世界で初めて量産されたデジタル風速計となりました。更に最近ではマイコン内蔵の多機能風速計AM-10型も開発されました。(写真1)
図2 Tr式微風速計の風速検出回路構成図
 
写真1 AM-10型 アネモシステム

 センサプローブの無指向性化は微風速領域で特に重要になってきます。ダクト内風速のように予め風向がわかっている場合は指向性があっても測定値に問題はありませんが、室内微気流は音のように人間感覚で直感する事が出来ません。もしセンサプローブに指向性があればプローブの向きによって変る指示値のどれを測定値として採用すれば良いのか分らなくなるという事になりかねません。しかも微風速といえども時間的にかなり変動しているのが普通ですから、指向性プローブによる風速測定は測定誤差を拡大する事にもつながります。トランジスタはこの点でも簡単にクリアできました。センサプローブを無指向性化する為には、先ず風速受感素子が無指向形状(球状)になっている事が望ましいのですが、金属線でこれを実現するのは大変な手間がかかります。一部の風速計メーカーではこの手間をいとわず球状の金属線センサをもった製品を出している所もありますが、トランジスタはもともとダイスと呼ばれる0.5o角程度のチップをプラスチックモールドしたものですから、金型を球型にするだけで済むわけです。といってもトランジスタむき出しで実用強度がある訳ではありませんから、センサプローブを構成する場合には保護管をかぶせる事になりますが、保護管の指向性も含めて無指向性化するのは少し面倒な事になります。AP-03型センサでは、保護管円周上に均一直径の小穴を均一配列して±10%程度の無指向性を実現しています。ここで無指向性というのはセンサプローブの軸まわりについて無指向性(方位角無指向性)ですが、仰角方向では指向性が残っており今後の課題となっています。

4. おわりに
 Tr式微風速計の需要が、冒頭に述べた様に、空調、クリーンルーム業界を中心に徐々に伸びています。
 従来の微風速計の技術と異なった技術で測定のむずかしかった範囲の計測を、高精度で測定する事を可能にしましたが、市場の要望は多岐に亘っており、今後の開発目標として、
…センサーの小型化と高精度化 …低温域での計測 …より早い応答性などがあげられます。
1) King. L. V:Phil Trans, Rot, Soe, 214, 373(1914)

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