1984/9 No.6
1. 左右性について

2. 中国技術交流の記

3. ルーバーによる道路騒音対策 4. 震動ピックアップの絶対校正 5. 音響インテンシティ法による応用計測例 6. 聴力と年令
     
 左右性について

 理事 河 合 平 司

 小林理学研究所と同じ数少ない民間の研究所であった木原生物研究所には木原均先生の標語がかかげられています。

“地球の歴史は地層に
 生物の歴史は
 染色体に記されている”

 これは先生の小麦の研究の結論として生れたものと思われます。
 この遺伝を支配する遺伝子がどういう構造をしているかが、1950年代になって判ってきました。遺伝子はDNA(デオキシリボ核酸)と呼ばれる物質であり、最初にこの構造を明らかにしたのはワトソンとクリックで、1953年Nature誌に発表されております。それは右巻(right handed)のらせん構造であると書かれております。

 右巻のらせんといえば我々は夏の花である朝顔のつるを思い起します。しかし、この右巻左巻のらせんについて誤解している人の多いのは意外です。縄を手にとって見ますと直ぐ判ります。右巻の縄は逆さにしても裏から見てもどうしても変らない右巻です。余談ですが古書で時々同じ縄を見方によって左巻右巻に画き分けているのが往々あります。らせんの左右性は見方によって変わると誤解している人の多いしるしでしょう。

 昔の歌に

手をのべておのれを右へ巻く蔓は
   庭のささげややまのいもなり

とあり、ささげややまのいもは、朝顔と同じく右巻だと、日本では昔からいわれております。ところがヨーロッパでは、植物の専門家は逆なのです。すなわち朝顔のつるの巻き方は左巻と称しております。西欧流の植物学を伝えた我国では、例えば牧野富太郎先生の教科書では朝顔は左巻説を採用しております。しかし、工学、理学では右ネジとからせんポンプの右巻とかは朝顔の右巻説と同じです。これは非常に不便な事柄ですので、今日では朝顔の巻き方は右巻といって世界共通に統一されつつあります。DNAは朝顔のつる、右ネジと同じ巻き方のらせんなのです。

 右巻の植物はヤマノイモ、ササゲ、インゲンマメ等代表的です。左巻はスイカズラ、ホップ、トコロイモ等です。ヤマノイモとトコロイモは同じ属であってつるの巻き方だけが違いますが、ご承知のようにヤマノイモは食料になりますがトコロイモは食うにたえられません。例外はありますが右巻の植物が食料に適するとは不思議なことです。DNAが右巻であるからでしょうか。

 動物にも左右性の問題があります。カタツムリは殻のうずの巻き方で左マイマイと、右巻マイマイ(単にマイマイといいますが)これは別種のものです。

 人間にも左巻の人がいるそうですが、精神的な性質を表わすのでしょう。一説にはつむじの巻き方をいっているようですが、つむじの巻き方は7対3位で右巻が多いといわれています。

 北半球では右巻の植物の方が有利ではないかとの説もあります。植物はつるのある物ばかりでなく葉のつき方の順序で左右性が生じます。ココヤシに右巻と左巻の葉序のものがあって右巻の方が実の収量が多いとインドあたりの人がいっているそうですがその実状は不明とのことです。実際は右巻のココヤシが多く植えられているそうです。北半球ではココヤシの葉序によって葉の表面に太陽光線がたくさん右巻ココヤシに当ることは考えられます。

 昔から東洋には植物雌雄論というものがありました。

“天地の間に万物は普く男女の差別ありて、五穀竹木にいたるまで、女種を植えれば莫大の益あり”

 これは江戸時代の農家の壁などに貼ってあったポスターの文句の一部です。また他の文句に

“右に巻く蔓のたぐいは陰草や
    左巻きこそすべて陽草”

とあります。雌雄論は古代中国の陰陽説の一種で除草はメスを陽草はオスをさすのです。

稲は女種を撰びて植えれば一反歩の田に2斗より2斗4〜5升も余米あり……大凡平均2斗5升の余米に積れば1町の田作る人は2石5斗の余米を得べし”

と江戸時代の指導書にはあります。真実でしょうか。ここに女種子とは右巻の稲株からとった種子のことです。

 左右性について生物から離れて考えて見ますと第一は縄です。縄の左右性はその製造法から必然的に生ずるものですが、現在では縄の使用範囲が減少しております。昔はブランコの二本の縄は左と右を使用する等教えられました。そうでなければブランコは捩れてしまうからです。神道で神様に供えるしめ縄、横綱のしめるまわし、行事に良く出て来る紅白の布で巻いた柱、神様の木にまきつける縄等々左右性があってしかるべきものですが、実際使用されているものを是非見て下さい。縄は殆んどが右巻らせんになっています。起源については不明ですが、神道関係者の説明によるとイザナミ、イザナギの命の古事にならって右廻りが神聖だとの話です。キリスト教の方でも右廻りが神聖だそうです。左巻の人間でない普通の人間はどうも右巻が好きなようです。DNAが右巻だからでしょうか。私は今神奈川県の逗子に住んでいますが、鎌倉八幡様を参拝して異様だったのはしめ縄が左巻だった事です。神社によっては左巻のしめ縄を使用する所もあります。出雲大社が代表的な例です。

 民俗学では右縄文化圏と左縄文化圏とがあり現在では混じり合っているのだといわれています。伊勢神宮系と出雲大社系とがもともと民族が異るというのもうなづけます。この様な実用的使用でない縄が大部分右巻らせんであることは不思議なことと思います。おそらく最も実用的なものの一つであるネジが、右ネジに世界的に統一された経過も興味あることです。

 人間や生物にとって右巻らせんが好きである例を述べてきました。無生物のらせん、例えば台風は北半球では右巻らせん南半球では左巻らせんですが、地球の自転等の影響で決定されるので小さな渦は左右等しい確率で生じます。らせん構造をもつ高分子物質も人工合成によって得られたものは左右両方の等しい率の、らせんをもつ物質を生じます。味の素を人工合成で作っていた頃右巻構造のものだけを取り出して使用した話は有名です。左巻らせん構造のものは人間の食料にならないのです。

 人間が食料として摂取する物質は特別なものを除いて生物そのものか生物を加工したものです。生物を構成している蛋白質、澱粉、繊維素脂肪等すべて右巻らせん構造をもっています。左巻らせん構造をもった物質ができても食料になるか疑問です。自然界には右水晶左水晶といって、右巻左巻の物質が等量ありますが、生物を材料として作った砂糖、ロッセル塩等は右巻しか存在しません。従って生物を構成する物質は右巻らせん構造をもつ基本的物質からすべて成立っているのです。DNAも蛋白質の一つです。

 何故生物は右巻らせん構造であるかという疑問については何も答えられません。また、この様な生物は右巻らせんを好む傾向のあるのは何故か。これにも答えられません。

 対称性という見地から生物を見るとDNAをも含み右巻らせん構造を持つ物質を含んでいる以上、如何に等方性物質と称しても鏡面対称が存在することはありません。鏡面対称が存在しなければ、歪力があれば歪と電気変位を生ずるし、電場を加えれば電気変位と歪とを生ずると考えるべきです。生体の力学は独特な挙動を示すと考えられます。これに加えて生体の本質である不平衡で非直線という状態がより興味ある問題を我々に数多く提起されて来ることが予想されます。

 これを書きながらこんな夢想が過りました。騒音もうずの生成消滅が主なる原因とすれば、騒音という自然現象ですから右巻らせん渦と左巻らせん渦が生じるであろうと思います。右巻らせん渦だけが発生音の主な原因であればあれ程不快な音にはならないのではないかと。人間は右巻らせんを好むということを無理矢理拡大解釈しました。

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