1984/9 No.6
1. 左右性について

2. 中国技術交流の記

3. ルーバーによる道路騒音対策 4. 震動ピックアップの絶対校正 5. 音響インテンシティ法による応用計測例 6. 聴力と年令
       <研究紹介>
 ルーバーによる道路騒音対策

騒音振動研究室 山 本 貢 平

1、はじめに
  道路交通騒音の対策といえば通常、遮音壁やシェルターのような道路施設を思い浮かべます。高速道路の利用者にとって、このような施設は景色が見えない、圧迫感があるなどの理由からあまり有難くないようです。もっとも沿道地域に住む人にとっては環境保全上なくてはならないものであることは言うまでもありません。もし、高速道路の利用者から周囲の景色一遠方の山なみ、船の浮かぶ海、地域特有の家なみなど―を自由に楽しむことが出来、しかも周辺地域に対する道路騒音を最少限に止めることができるような道路施設が開発できたなら、さぞかし、高速道路の旅も楽しいものとなることでしょう。ここに紹介する自動車道ルーバーはこのような期待からは残念ながら益々遠ざかるような道路施設です。

2、自動車道ルーバーとは
  暗順応という言葉を御存知のことと思いますが、明るい場所から急に暗い場所に入ると、人間の目はすぐには暗やみの中の物体を見ることはできません。人間の目が暗い場所の弱い光に順応するのに要する時間は、照度の差にもよりますが、数秒から数十分と言われています。暗順応は極めて緩徐な反応であるため、高速道路などでトンネルに入ろうとする場合、運転者の目は急激な照度変化のために一次的な盲現象を起こすという極めて危険な状態に置かれることになります。このようなことを防ぐために、トンネルには坑口部を明るくし、奥に行くに従って徐々に光を弱めるような電気照明装置が設けられているわけです。
  ところで、快晴の日中の照度が約10万ルクス、曇りで数千ルクス、一方トンネル内部では数十ルクス程度であることを御存知でしょうか。トンネル内外の照度差は最大何んと104にものぼるわけで、電気照明設備を用いてこの差をカバーすることはランニングコストを含めて大変な費用がかかることになります。しかも、トンネル外の照度はその日の天候や時刻によっても変わるため、それにうまく対応できる照明装置が本来必要なわけです。前置きが長くなりましたが、ここで登場するのが自動車道ルーバーです。ルーバーの一例について、その見取り図を図1に示しました。ルーバーはちょうどオフィスなどの窓のブラインドを思い浮かべていただければ理解しやすいと思います。但し、ブラインドとの違いは、太陽光が直接、道路面に達して光の縞模様が路面上にできることがないよう設計されていることです。ルーバーは外部の照度に対して一定の比に相当する照度を道路内に提供できるため、人工照明装置と呼ばれることもあります。また、斜材部の形状や光の反射率を変えることによって、道路内の照度を変えることができるため、目の暗順応をうまくフォローできるような設計も可能です。このようなルーバーに対してその光学効果は実証済みです。また、換気についても自動車排気ガス拡散を特に妨げるものではないことが確かめられています。自動車道ルーバーはこのように照明装置として或いは換気装置として優れた道路施設であるということができます。
図1 ダブルルーバーの見取図(縮尺比1/10模型)
3、自動車道ルーバーの音響効果
  さてそれではルーバーの音響効果についてはどうかという期待がでてきます。まずルーバーの形状をみると、オーディオスピーカ、特にドライバーユニットの前面に取り付けられる音響レンズと呼ばれるものによく似ていることに気付きます。音響レンズは中高音域の音の指向特性を良くし、どのような場所で音楽を聞いても自然な感じを与えるように設計されたものだそうです。もっとも自動車騒音を自然な音で聞いても仕方ありません。また一方、格子状に配置された斜材は道路をほぼ遮蔽するため、ルーバーを介して道路内を見通すことはほとんどできません。逆に道路から外部を見ることも、もちろんできません。この意味から、ルーバーは道路騒音を少しでも遮音するのではないかと期待されました。特にトンネル坑口部や半地下構造道路では壁間或いは天井と路面間で騒音が繰り返し反射するため、通常の道路よりも騒音性状が特殊なものとなることから、これらの影響を多少でも低減できるのではないかと考えられました。しかし、音響模型実験(縮尺比1/10)を行ってこの一点を詳しく検討したところ、残念ながらルーバーは騒音の低減にはほとんど寄与しないことが明らかとなりました。すなわち、道路内の騒音はルーバーの斜材間で反射を繰り返しながら、ほとんどエネルギー的な損失を受けることなく外部に抜け出して行ってたわけです。しかしこのことは当然と言えば当然かも知れません。すき間だらけの構造物が音を通さないわけがないからです。
  ところで、ルーバーの光学効果の方にもう一度戻ってみると、ルーバーの照度調節は斜材の形状を変えることの他に、斜材表面の光反射率(表面塗装)を変えることによって行えることがわかっていました。光反射率を100%にすれば道路空間はかなり明るくなるわけです。一方、音響模型実験でルーバー斜材に使った材料は薄い鉄板であり、これは実は音響的には完全な反射物、すなわち光に置き換えるとちょうど鏡の役割をする材料だったわけです。つまり音響的に鏡相当の材料を斜材に使う限り、ルーバーは騒音の低減効果を持たないことになります。では音を吸収する材料を斜材に使えば良いじゃないかという単純な発想がここに生じてきます。しかし、ルーバーはそれだけを製作するとしても実際上工作が極めて難かしいものです。まして模型のような細かなものだと気の遠くなるような作業が予想されました。それでもとにかく作業を開始したわけですが、予想通り大変な苦労で斜材の一枚一枚に模型用吸音材料の一つである5o厚ウレタンフォームを日が暮れるまで貼り付け続けたのを記憶しています。
  このルーバーの騒音低減効果は良好でした。ルーバーの挿入による騒音の低減効果、すなわちインサーションロスは道路上空のあらゆる位置で観測して4〜5dBとなったのです。これに気を良くして、まず吸音率の異なるいくつかの模型吸音材(ボール紙、2o厚ウレタンフォーム)を用いて実験を繰り返しました。当然のことながら、ルーバーのインサーションロスは斜材部の吸音特性に深く関係しており、吸音率の低い材料では十分な効果が得られません。次に斜材の幅(depth)を変えてみました。すなわち音の波長と斜材のディメンジョンの関係をつかもうとしたのです。しかし結果は今一つ明確ではなく、斜材の幅が広いものも狭いものも効果は同じでした。これはルーバー設計が光学効果を主体としているため、斜材幅が広くなると斜材間のすき間も広くなるということに原因があるものと考えられます。実験をさらに繰り返し、今度は斜材の断面形状を3種類に変えました。斜材形状は吸音材の付いたルーバーの効果には大いに関係しますが、吸音材のないルーバーの効果にはほとんど関係しないことが明らかとなりました。最後に吸音材の貼り付け量をいろいろ変えてみました。すなわち斜材の下半分だけ、斜材の片側だけ、あるいは両側、さらに縦材にまで吸音材を貼り付けたわけです。斜材の吸音面積が広い程、騒音低減効果が大きくなりますが、ここで、ルーバー装置1m2(道路への投影面積)に対して斜材の吸音面積4m2までがコストパフォーマンスなどの点を考え合わせて最も効果的であるという結論が得られました。
  さて、このような実験結果の中から、インサーションロスの指向特性を図2に示しました。これはダブルルーバーと呼ばれるくの字型に折れ曲がった斜材を持つルーバーについての結果です。インサーションロスは堀割道路中央部で周辺地表から1.2mの高さに相当する位置を中心として、半径20mの半円周上で観測されました。なお吸音材は高速道路等で用いられる吸音パネルと吸音率はほぼ同程度のものです。図の(a)は吸音材のない通常のルーバーの結果であり、水平方向に対してインサーションロスの最大値が4dB程度観測されていますが、上空方向に対しては0dBであり、全く効果がないことを表わしています。これに対し、(b)、(c)は斜材の片側及び両側に吸音材が付いた条件です。インサーションロスは(b)で10dB以上、(c)で15dB以上得られました。
  ルーバーの特長は図2の(b)や(c)に見られるように、道路上空のいろんな方向についてほぼ同程度の騒音低減効果が得られていることで、これは従来の騒音防止施設として用いられる遮音壁にはないメリットです。

図2 ダブルルーバーのインサーションロス指向特性

4、ルーバーの利用方法
  自動車道ルーバーは人工照明装置として、自然換気装置として、騒音防止装置として使うことのできるユニークな道路施設であることを理解していただけたことと思います。特に騒音の面では道路自身の騒音放出量をルーバーで調節できるという点で従来の遮音壁とは基本的に異なります。また騒音防止構造としてのシェルターでは坑口付近での排ガス問題が常につきまといますが、ルーバーではその心配もありません。図3には自動車道ルーバーの利用例を示しました。道路建設地が狭いという理由から都市内においては今後、堀割構造や半地下構造の道路が計画される機会が多いと思いますが、道路沿線に中高層住宅をかかえるような場合には、このようなルーバーが環境問題の解決に役立つものと考えられます。

図3 ルーバーの設置例(都市内の掘割道路)

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