1984/9 No.6
1. 左右性について

2. 中国技術交流の記

3. ルーバーによる道路騒音対策 4. 震動ピックアップの絶対校正 5. 音響インテンシティ法による応用計測例 6. 聴力と年令
   
 中国技術交流の記

所 長 時 田 保 夫

 中国計量測試学会(Chinese Society for Measurment)の招待で、リオンの大熊課長と同道して6月下旬から7月にかけて、約半月の中国訪問をして帰国した。大熊氏は3度目であるが、私は初めての訪中である。隣国ではあるが、中国語の会話が出来ないため、通訳と、勘と、度胸を頼りに無事役目を果して来たつもりである。
 そもそもこの招待は、一昨年開かれたISO/TC108の東京会議に、中国から大挙参加した振動計測の専門家が小林理研及びリオンを見学した時に端を発し、振動・音響に関する技術交流を目的に行なわれたものである。
 このために我々が用意したものは、我々が手がけた仕事を中心に、振動校正や計測ばかりでなく、環境行政までも包含した10数項目に及ぶ資料を用意し、その一部は中国語に翻訳して持って行った。但し、講演項目は連絡をしていたとはいえ、先方の求めているものと合致しているかどうかは明らかにできず、現地での打合せの時点でやっときまったようなものもあった。終ってから準備の周到さについては感謝された。
 今回の訪問の主な目的は、技術交流と称する講演会を北京と上海で行うものであったが、両地でそれぞれ3〜4日の日程ですませた他の日には、北京及び上海における大学や研究所を訪問し、研究者や研究施設を通して、中国における音響、振動に関する研究の一端を見せてもらうことも目的とした。また、学術技術ばかりでなく、体制の違う社会の日常生活や、長い歴史の遺跡を通してすばらしい隣国を見ることもできればと思って出発した。全部の紹介をするスペースはないので、一部について簡単に説明と所感を記してみたい。

 技術交流会
 北京での講演会は、市内から少し離れた所にある中国計量科学研究院(日本では、工業技術院の計量研究所に相当する)の会議室で行なわれた。参加者は、泊り込みで遠方から参加した人もあったが、多くは北京の人で総計65名の小じんまりした集会であった。
 上海は、上海計量科学院と上海ホテルの特別室を使って、約40名の参加で開催した。
 参加者は、いろいろな方面の技術者、研究者であったが、世話をした担当の方が、振動校正の専門家であったためか、機械振動をはじめ地震計測や振動ピックアップ製造等の振動に関係する人が目についた。
 環境問題の騒音・振動に関しては、我が国に於て我々が問題としている程度と、中国に於ける現実との間にはギャップがあるため、切実な話とは受取らなかったように見受けられた。中国の騒音の環境基準がLeqで設定されていることは知られているが、騒音問題の中心はむしろ作業環境に於ける聴力保護にあるように感じられた。
 計測を主体に話を進めたが、現在中国で盛んになってきているTQCに関係していた人もいて、品質管理や品質保証にまで質問が拡大していくのには、専門外なので困った。
 参加者は熱心に質問をし、討論の時間を毎日1時間半取ったが、延長もしばしばあり活発であった。
 通訳は、主に担当したのが計量科学院の石陽さんという若い女性である。昨年大熊さんが中国で技術交流をした時に担当した人で、その時は、騒音・振動についての通訳がはじめてだったので、相当難儀をしたそうである。今回は、勉強をしてきたようで、事前に熱心に質問にも来、北京、上海を通して殆んどを担当してくれて大活躍であった。若い人の仕事ぶりを知る一端にもなった。

 中国計量科学研究院  
  この組織は1600名という大規模なものであるが、上海や西安の組織も含めてのものであるらしい。我々は北京の振動と音響の所を見学した。日本でいえば、計量研究所の振動部門及び電子総合研究所の音響部門にあたる所である。全国音響学標準化技術委員会副主任の干渤(Yu Po)氏のもとに、振動・音響の研究員、工程師(技師のことか)がおり、日常業務としての標準の測定、維持、管理のほかに、研究や新技術の開発を行っている。
 振動校正の設備は見事なもので、大体の系統はNBS(米国基準局)にならっている。校正はレーザー干渉法であるが、コンパクトに設計された干渉計を架台の上に簡単に設置できるようになっており、エアベアリングシェーカ(中音域用)、セラミックコイルボビン、セラミックシェーカ(高周波用)、低周波用ダイナミックシェーカ(鉛直用と水平用)などと共に、すべて中国製ということで、10数年かけて作りあげた努力と技術には感心した。
 校正の光学系と加振機は一体として、外乱振動の影響を除くため、巨大な吊基礎(68Ton)上に設置してあった。校正系と加振系を分離して支持するISO方式と違う点が気になったが、すばらしい設備である。現在NBSを中心に行なっている標準振動ピックアップの持廻り校正試験にも参加しており、校正精度には自信を持っている。
 音響関係は、これからという感じが強かったが、超音波、水中音にも力を入れていたのが印象的であった。

 中国科学院声学研究所
 この中国最大の音響研究所は、我が国から中国を訪れる音響研究者の殆んどが訪れる代表的な研究機関である。馬大先生をはじめ、所長、陳副所長ともども出迎えて下さり、名古屋大学に2年間居られたさんが帰国して研究に着手した所だったので、通訳をしてもらいながら詳しく案内をしていただいた。
 音響の各分野に関連する研究を見せていただいたが、InfrasoundはGeoacousticの部門で扱っており、遠地の核爆発や火山爆発の観測、台風の進路予測など、我々が扱っている範囲とは異なる研究をしており興味深かった。
 片や中国の古代楽器の研究から、音声の研究、騒音の対策に関連する基礎研究や野外調査はもとより、水中音響や超音波研究では、信号処理を有力な武器として研究を進めている。
 単結晶の育成方法や、圧電セラミックの研究が、水中音響のスピーカやマイクロホンヘ応用されたり、超音波を用いた非破壊検査の研究に使われている様子は、規模は異なるけれどもいろいろな分野で研究を進めていた昔の小林理研の様子に酷似しており実になつかしかった。
 所長の先生はその後7月に日本に来られたので、研究所にお連れし、又、筑波の電総研、機械技研への御案内をした。どのような御感想を得られたか、詳しく御聞きしたかった。
 今年になってから、福田(山口大)、北村(九州芸工大)先生が私共より先に御見えになっており、更に太田(広島大)池谷、久野(名古屋大)先生らの来訪も予定されていると聞いた。現在、我々の知る範囲で、日本語の話せる中国の若手の音響研究者は、さんと、清華大学の王さんしか居ない。将来とも、深いつながりで御付合をしたい二人である。

 上海交通大学
 動力工程系の徐副教授に面識があったことから、見学を希望し、上海到着の日の午後に時間をとることができた。上海計量測試学会の主だった方々が、交通大学の先生方であった事もあって便宜をはかっていただいた。
 騒音振動に関連した研究や学生実験をはじめて、まだ5〜6年との事なので、大がかりな研究は特には行なっていないようであったが、騒音振動技術センターと船舶研究センターの案内をしていただいた。
 羽根の形状を研究した低騒音大風量送風機やタービンブレードの振動実験など、興味を引かれるものがあった。
 現在、この大学は信号処理に力を入れており、振動計測+信号処理の系列の整備を標榜しているため、デンマークをはじめ日本のメーカーもこの大学で技術交流の場を作っている。10月には機械振動の国際会議が交通大学で開かれることになっている。中国の工業の一つの中心は上海地区であり、この地区を代表する工科系大学が交通大学なのではなかろうか。城戸(東北大)先生が、未年訪問されると聞いている。

 中国唱片公司上海分公司  
  中国の工場を見たいという希望を出した所、次の日に早速この工場を見せますと返答が来た。レコード会社であると聞いていたので、小規模の工場を連想していたが、従業員1500名の中国最大のオーディオ関係の会社であった。計量測試学会からの申入れであったために、最初は品質管理の説明が詳しかったが、小生が音響、振動の専門と知って、設備を中心に工場の中の案内をしてくれた。
 小規模のオケが入る位の録音スタジオ(25×15×8.5m)を持ち、ディスク(ソノシートが全盛である)とカセットテープを生産している。ディスクのカッティングシステムやダビング機械は輸入のものを使っているが、放送設備等は自力で生産をしているそうである。古い工場群の中に10階建の新しいビルがあり、放送設備の生産工場であると説明していた。近代的な設備への大型投資が盛んであるように思われた。
 以上のほかに次の機関を訪問した。

中国予防医学センター衛生研究所:作業環境における騒音、振動の計測、低減、評価等の研究
清華大学建築系:石井(東大生研)先生の所で研究した王氏が講師で、音響設計、環境設備、材料開発等の研究同済大学音響研究所:中国に於ける音響研究発祥の所と自負しており、ユニークな残響室、無響室を持つ
上海地震局:特に希望されて行き、低周波域振動校正を討議した。北京計量院と同じ低周波域校正装置を設備している。

以上は簡単な技術上の見学記である。今回見学をして各大学、研究機関とも、国際的なレベルで音響又は振動の研究をしているのを目のあたり見て来た。近い隣国をもっと良く知ることが必要だと思うし、これからも両国間の役に立つような事をしたいと痛感している。充実した半月であったという感慨で一杯である。

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