1984/3 No.4
1. 震動計測の標準と基準

2. 日本における航空機騒音問題

3. 母と子の教室 4. 屋根材料の雨音実験 5. 光散乱式粒子計数装置について 6. 欧州音響研究所訪問記
    
   
 欧州音響研究機関訪問記

山 下 充 康

 パリで開催された第11回国際音響学会議に参加した機会を利用してヨーロッパの音響研究機関を訪問する計画をたてました。とは言っても7月から8月にかけてヨーロッパはバカンスの最中で研究機関も開店休業が懸念されました。それでもエヂンバラのインターノイズやパリのICAの会期中に色々な方々にお目にかかり御紹介いただいたり打合せをさせていただいていくつかの研究機関を見学することができました。ここでは私どもの訪ねた西ドイツの音響研究機関のいくつかをご紹介したいと思います。
 ベルリン・テーゲル空港着
ICAの最終日、シァルルドゴール空港からベルリンに向いました。途中デュッセルドルフでドイツヘの入国手続を終え、西ベルリンのテーゲル空港に夕方着きました。以前ベルリンでお世話になったFTZ(Forschungsinstitut der Deutschen Bundespost beim Fernmeldetechnischen Zentralamt)のBrosze氏の夫人が空港に待ちかまえてくれて居たのには感激しました。Brosze氏は一昨年停年退職されるまでFTZの音響研究部のボスで、現在は高等学校の物理の先生をしておられます。
  パリのICAでFTZのDr. W. C. Reinickeに会い、西ベルリン以後、訪問を希望していたさまざまな音響研究機関に連絡を入れてくれたことが大変助かりました。
 ベルリン工科大学(Technische Universitat Berlin)
 東西ベルリンの境界で有名なブランデンブルグ門から西へ「Strasse des 17, Juni(1953年6月17日 ベルリンで起った大暴動を記念して名づけられた6月17日通り)」を4qの地点にエルンストロイター広場があります。広場の南東の一画が工科大学の敷地で、菩提樹やニセアカシヤの樹々の間に教室の建物が分散しています。奥まった建物が音響学教室で、あちらこちらと訪ねまわってやっと見つけることができました。パリでアポイントをとっておいたM. Heckl教授が待ちかまえておられ、実験室を詳しく案内してくれました。ここの無響室は容積もさることながら特徴的な吸音構造で知られて居ます。Heckl教授の前任者L. Cramer教授が設計されたものですが、図1(A)に示すように多孔質材料をちぎりとったようなかたちでワイヤに通し、無数にぶら下げてあります。楔型よりも吸音性能に指向性が無いことが利点とのこと。うまい方法です。ちなみに小林理研の無響室の吸音構造を図1(B)に示しました。これも楔型で懸念される指向性を避ける工夫のひとつです。

図 1 (A)TU-BERLINの無響室 吸音構造
 
(B)小林理研の無響室吸音構造

 TUには大きな残響室はありません。そのかわり飛行機の格納庫のような天井の高い大きな室があってその中で様々な実験が行われるようになっています。室の一画には垂直入射吸音率測定装置が置かれ、他の一画には固体音実験の小部屋が造られており、また他の一画では遮音実験用の開口部を持った続き部屋があるといったように多目的実験空間です。その片隅で自動車のタイヤ音の研究準備が進められていました。実車にとりつけた実験用タイヤの振動性状観測のために考案された様々な工夫が興味をひきました。
 無響室の内部とタイヤ実験の説明をするHeckl教授の写真を図2に示します。

図 2

 夏休み中ですから学生は居ません。教授たちもあまり居らず、closedの室が殆んどでしたが、沢山の鍵のついたキイホルダをガチャガチャと鳴らしながらHeckl教授の案内で主な設備を見ることができました。
  1時間半ほどをTUで過ごし、次の見学先のFTZに向うことになりましたが、教授が御自身の車で送って下さったのには恐縮しました。
  FTZ
 今は軍用機しか使わなくなったテンペルホーフ空港は大型旅客機が屋根の下から離着陸できることで有名でした。その空港のすぐ近くにFTZが在ります。
  R. Wehrman博士を訪ねました。一度日本に来られたときに小林理研を御案内したことや彼の前任者がさきにのべたBrosze氏であることもあって大変親切に迎えてくれました。ここは日本で言う郵政省の総合研究所にあたります。電気通信に関係する技術の研究のひとつに音響グループがあり、R. Wehrman博士は音響研究室の室長をされています。音響研究と言ってもここで推進しているテーマは多様をきわめ、通話の明瞭度の向上に係る研究郵政関係の建物の音響性能の基準作りから公衆電話ボックスの音響設計、各種機器の騒音対策等々音響研究全般にわたると言えるほどの内容です。
 パリでお目にかかったW. C. Reinicke博士はここで騒音関係のチーフをされています。残響室や無響室がいくつか設備されていましたが、FTZの建物(9階建のビル)の中に作られているので大寸法のものではありません。無音響―残響室の窓遮音試験が小規模ですが行われていました。
 窓の遮音と言えばこの建物は空港に近いので窓がすべて厚いガラスの二重窓になっています(図3)。

図 3

 FTZはベルリンの研究所の他にダルムシュタッドにもあって、そこでは大規模な実験もできるとのことでした。
 通話明瞭度向上に関する研究では音質評価が重要な要素になります。多勢の被験者を使ってイヤホンの性能評価をしたり、音質評価をすることのできるシステムとその設備には目を見張るものがありました。通話に関係する音響機器自体の開発研究、衛星通信システムの研究などハードの分野に合せて音質評価のようなソフトなものまでをきめ細く手がけているのが印象的でした。
 BAM (Bundesanstalt fur Matelialprufung)
 
FTZからさらに南へ下り、西ベルリンの市内が終ろうとするあたりに材料試験所BAMが在ります。総合的な材料性能試験を行う役所で、一部に音響材料試験室があります。残念ながら今回は休業中との事で見学はできなかったのですが、以前訪ねたときに水道のバルブ発生音に関する試験およびバルブ音の低減対策研究に力を入れていました。もちろん、材料の吸遮音性能の試験も行われていましたが、DINの測定方法に準じて作業が進められており、研究機関と言うよりも評定機関としての性格が強いところのように記憶しています。(図4)

図 4

 ベルリンは東ドイツの中に飛び地のように存在する西ドイツの特別都市で、ドイツでありながらルフトハンザ航空は路線を持つことができません。Brosze夫人と、Reinicke博士に見送られてフランス航空機で次の訪問地ハノーバに向いました。
 PTB (Physikalisch Technische Bundesanstalt)
 ベルリンから30分程のフライトでハノーバーに着きます。ハノーバは鉄道の合流点で、古くから交易で栄えた都市です。ベルリンから早期ハノーバ入りしてホテルに荷物を預けた後、鉄道でブラウンシュバイヒに向いました。この鉄道ブラウンシュバイヒから先、東ドイツに入り、マグデブルグ、ブランデンブルグを経てベルリンに行きます。荷物を沢山かかえ込んだ老人の多い列車でした。おそらく東ドイツの人々でしょう。
 30分で列車はブラウンシュバイヒに着き、駅前からバスに乗って目的のPTBに。PTBはバスの終点の折り返し点近くに入り口があります。小さな遮断ポールのあるゲートから中は深い緑の森林で建物は全く見えません。ゲートわきの受付で面会を求めるとReinicke博士から連絡を入れておいてもらったのですぐに音響部へ通してくれました。エヂンバラでコンタクトしたMartin教授からも紹介をとりつけてあり、音響部のチーフをされているDammig教授が待ちかまえて居られました。ゲートからゆるやかに左にカーブすると建物が少しづつ樹々の間に見えかくれします。音響部の建物はHelmholtz館と呼ばれる建物を中心に構成されています。
 PTBは総合的な物理工学研究機関で、機械、電気、熱、光学、核物理、放射線物理、基礎物理、音響学の8部門から構成されています。この他にベルリンにも一部門が別室で置かれており、医療機器等の研究をしているとのことでしたが、主たる機能はブラウンシュバイヒに集められています。
 音響部門はDiestel教授を部長として9研究室から成っています。(表1)研究の範囲の広さ、密度の濃さ、設備人材の豊富さには羨望あるのみでした。研究活動の他にも測定機の型式認定作業、研修生の受け入れ等も行われており、研修生の長期滞在用宿泊設備が敷地の一角に造られています。

  第5部 音響部   5.14 超音波
    Pro. Dr. H. D. Diestel     Dr. K. Brendel
  5.1 物理音響   5.2 聴  覚
    Dr. W. Kallenbach      Prof. Dr. R. Martin.
  5.11 音響解析、信号解析   5.21 音響標準
    Dr. H-J. Schroder     Dr. K. Brinkmann
  5.12 室内音響、計測技術   5.22 騒音、振動計測
    Dr. P. Damming     Prof. Dr. R. Martin
  5.13 固 体 音   5.23 音楽音響 
    Dr. B. Fay     Dr. J. Meyer
表1 PTB音響部の研究室構成と室長

 大型の回転拡散板を持った残響室とこれに続く広い音響実験室は多目的実験空間となっていました。騒音振動研究室のR.Martin教授は休暇中でしたが彼の共同研究者の一人であるH. O. Finke氏が居られ、彼自身の研究主題である空港周辺の騒音監視システム、予測方法について説明してくれました。6年前に訪ねた際にも彼は航空機の騒音を熱心に研究していたのを記憶しています。西ドイツの最大の研究機関PTBをたっぷり見学し、Dammig教授の運転でブラウンシュバイヒの旧市街の中央まで戻りました。

図 5

 あ と が き
 今回の旅行で見学のできたのはベルリンのTU、FTZ、そしてブラウンシュバイヒのPTBの3ヶ所でした。完全に内容を理解するには時間的なゆとりに欠けておりかなり駆け足的な訪問となってしまいましたが、どこの訪問先でも親切に案内してもらえたことが印象に残りました。各々の研究機関でそれぞれに感銘を受ける部分がありましたが、とくに強く感じたことが二つあります。それは、実験室、研究室が整理整頓されており、清潔な雰囲気であったこと。物理・工学分野の研究者である一方で例えば騒音対策の経済的側面、住民反応を含めた論議などの社会的な要素を基盤とする考え方の中で、自分の研究の位置づけをしていることでした。西ドイツにはこの他にもすぐれた音響研究機関がたくさんありますが、限られた旅程の中で訪れたTU、FTZ、PTBはとくに代表的なものとして私たちにとって大きな感銘を得るに十分なものでした。

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