1984/3 No.4
1. 震動計測の標準と基準

2. 日本における航空機騒音問題

3. 母と子の教室 4. 屋根材料の雨音実験 5. 光散乱式粒子計数装置について 6. 欧州音響研究所訪問記
       研究室紹介
 母と子の教室

室長 金 山 千 代 子

 母と子の教室の経過
 母と子の教室は、昭和41年から聴覚障害児の聴覚補償について、早期発見、早期教育の臨床的研究活動を行ってきました。昭和57年4月までは新宿(渋谷区代々木)の池田ビルにおいて、幼児の聴力検査法、聴覚および補聴器の活用、両親教育に関する研究を行い、その研究成果は日本国内、外の教育、オージオロジー学会に発表しその他両親教育用テキスト、教材などの開発も手がけ好評を得ております。
 昭和58年3月までに当教室に来室した乳幼児および学童は2,441名に達しています。
 昭和57年5月に(財)聴覚障害者教育福祉協会の招請により、新宿区西早稲田の全国心身障害児福祉財団内に移転し、同協会の活動の一部として従来の研究活動を続行しております。ただし、3才以上の幼児・学童の補聴器フィッティングは、設備その他の関係から新宿にある補聴研究室に委託しています。現在、母と子の教室ではつぎのような研究課題にとりくんでいます。
 聴覚障害児の早期発見における教育的診断法
 早期教育における受容感覚の用い方
 早期教育における母と子のコミュニケーション指導
 早期教育における両親教育の方法
 以上の課題について、来室する聴覚障害児とその両親を対象として、臨床的研究活動をすすめています。

図1 母と子の教室の機能

 母と子の教室の機能(図1)
1. 相談受付
 耳鼻科や教室を利用された両親の紹介や、教室の出版物を通して来室する例が多い。相談の内容は、聴力検査補聴器のフィッティング、乳幼児期の教育、教育進路などであります。
2. 教育的診断
 来室する対象児は聴覚障害のみでない場合もあり、また聴覚障害児の教育上の処置を行う必要から、各種の教育的診断を行っています。内容としては、発達診断 聴力検査 言語検査 祉会性検査 親子関係診断検査などであります。医学的診断を要するケースも多いため専門医師との連携も必要です。特に聴力検査に関しては、耳鼻科医の診断と対応して行うようにしています。当教室としては乳幼児の覚醒時における聴力検査(行動観察法、条件詮索反応聴力検査法、遊戯聴力検査法)を中心としています。
3. 補聴器のフィッティング
 聴覚障害乳幼児の補聴器のフィッティングの困難性は聴力検査時における本人自身の自覚閾値が得られにくいことにあり、従って長期にわたって観察や検査を継続しながら補聴器の選択・調整を行うようにしています。当教室では一定期間補聴器を貸出しながら、右左の聴力差や聴力障害のタイプや聴力レベルを確認し、個々の子どもの実態に合わせて補聴器のフィッティングを行っています。乳幼児の補聴器のフィッティングは細心の配慮を要するものですが、それと共に見落してはならないのは、聴覚障害児を育てる両親自身の補聴器への心理的フィッティングの指導の重要性です。
4. 両親教育プログラム
 両親教育プログラムは以下のようなものであります。
両親講座:はじめて聴覚障害児を育てられる両親に対して必要な知識や情報を伝達する講座で、従来は8〜10種の専門的講義を用意し、年2〜3回の開講を実施してきました。
ビデオ学習:教室の指導内容や方法の一部は、聴覚障害者教育福祉協会の製作による映画やビデオに数本撮影され、また当教室へのNHK放送文化基金の助成によるビデオ教材も製作されているので、それらを用いて学習できるようにしています。また母子コミュニケーションの指導方法として、母子活動場面をビデオ撮影し、それを視聴しながら助言を得るという学習も行っています。
出版物紹介:両親教育用として出版されたテキストや教材を紹介することにより、両親の自己学習の一助としています。
見学:専門家の指導によるデモンストレーションや、同じ障害児を持つ両親が努力する姿や、また障害を持ちながらもいきいきと成長している子どもの様子を見学することは百万言にもまさるものがあります。教室ではそのための見学を認め相談の動機付けとしたり、また対策助言の一助としています。
5. 母子指導プログラム(早期教育研究対象児)
 このプログラムは、現在は0〜1才に失聴が発見され小学校就学までの一貫教育を希望する対象児を中心としてすすめています。
 当教室の規模では、希望者のすべてを受けとめることは不可能であるため、早期教育に関する研究上の必要性に合わせ、随時対象児をとらえるようにしてきました。過去17年間における母子指導プログラムの対象児人数は昭和59年1月現在で257名に達しています。表1に対象児の聴力レベル別に見た人数を示します。聴力レベルが90dB〜130dB群が70%以上をしめているのは45年度以降の研究上の意図によるものであります。この結果からはかつては聾と言われた子ども達の聴覚の活用効果や補聴器についての貴重な資料を得ることができました。
表1 指導対象児の聴力分布

 257名の対象児の指導期間は、失聴発見年令とも関連し生後6ヶ月から6年間にわたる長期間や、就学前の3ヶ月間といった例もあります。17年の歩みの中で特徴的なことは、昭和51年から55年の一時期に3才未満児の来室の激増に合わせ、すべての対象児を1才、2才の早期教育のみで終了し、その後は地域の聴覚障害児教育の公立機関を利用してもらうようにしましたが、結果としては公立機関における早期教育の体制の不十分さや、教育方針のくいちがいなどが発見され、当教室の早期教育の結果を十分に見届けることが困難に感じられたので、再び小学校就学までの一貫教育を行うことにしました。
 表2、図2、図3、図4は昭和45年より51年まで1〜2才からの早期教育を実施した対象児の教育結果の一部であります。図2の言語発達(理解)は対象児が5才頃から正常児の発達に接近し、項目によっては正常児よりも早い発達が発見できます。図3の単語了解度検査(聴覚)結果からは、同年令、同聴力損失のろう学校在籍児と比べ対象児の了解度が高いことがわかります。図4の学級適応診断検査の結果は1、2の例を除き殆んどが十の領域に属し、普通小学校、中学校において好ましい適応を示しています。

表2. 研究対象児
教育開始年令と聴力レベルの分布
 
図2 言語能力発達質問紙
(田口氏)の結果
〔理解〕
 
図3 単語了解度検査
 
(プロフィル)57年5月現在 7才1ヶ月〜14才8ヶ月
図4 SMT学級適応診断検査結果

 おわりに
 聴覚障害児の残存聴力の活用と補聴器が動機となって開設された母と子の教室は、当初のテーマについてその可能性を実証し大きな成果を残し得たと確信しています。しかし研究成果の分析にあたっては、より科学的手段の導入の必要性を痛感しています。また、〈関係の障害〉といわれる障害児問題とかかわる母と子の教室は、今後どのような方向を目指すべきか、現在運営面と共に大きな転機を迎えようとしており、新たな決意に燃えています。

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